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「はぁぁ……。これが〝英雄〟ですのね。まさに絵物語のような――ッ! 五点鐘⁉ これは有事の鐘ではありませんこと……?」
連続した五回の鐘は帝都に危機が迫っていることを知らせる鐘。訓練以外にはなる事のない鐘。それを耳にしたリップルが警戒心を露にする。
「ああー……。そういえば魔物討伐、ほったらかして来たんだった……」
シャルティを抱きながら、鐘の音の原因が思い当たるカイン。
「……お父様……。でも、駆け付けてくれたことはとても嬉しいです」
照れながらもしっかりとカインの目を見ながら感謝を述べるシャルティ。
「――シャルティ。俺は今から〝ハエ〟の残党を狩る。しっかり横で見とけ」
「はい……ッ!」
「……ということで、そこのお嬢ちゃん。シャルティを探してくれてありがとな! 必ず礼はする」
「――っ! は、はいっ! あ、いえ。〝友人〟として当然のことをしたまでですの……!」
「フォグガーデン様、本当にありがとうございました! まさかあなたが動いてくれたなんて」
「ふ、ふんっ! 貴族が下々の民を救うのは義務ですので? お礼など不要ですわ」
カインとシャルティの言葉に、頬を染めながらそっけない態度をとるリップル。
「後のことはレイラに任せる。本当にありがとな!」
言ってカインは、シャルティを抱えて大きく跳躍する。
そして来た時と同じく城壁の上に降り立ち南へ向け走る。
「――シャルティ。俺は今までお前にちゃんとした剣技を教えてこなかった。せめて、剣士としての心構えとか最低限の技術だけでも教えておくべきだった。悪かったな……」
「……謝らないでください。私に剣の才能がないからですよね? いくら頑張ってもお母様のようにはなれないから……」
「違うッ! ……そうじゃない。シャルティに剣を教えることが、昔あいつに教えたことと記憶が重なって、辛いからなんだ……。シャルティのことを考えて教えなかったんじゃない。ただ、俺が辛くてこれ以上後悔したくなかっただけなんだ……! すまなかった……」
カインは己の弱さを吐露する。
シャルティに剣を教えようとはこれまで何度も思った。
しかしエカテリーナとの日々を思い出してしまい、己の無力さも思い出す。いっそのこと彼女に剣を教えなければ一緒に逃げてくれたのではないか、教授の時間を己の鍛錬に注ぎ込めばあの結末を防げたのではないか、と。
「そう……だったんですね。お父様は強くて、女性のことが大好きだから、私のように苦しんでいないと思っていました。――でも違ったんですね。お父様も過去を後悔して、あの燃える城を忘れられないでいたんですね……っ」
お姫様抱っこの形で抱えられているシャルティが、カインの胸に顔を埋める。
「……ああ。でもこれからは違う。シャルティに剣技を教えるし、俺も今以上に気を抜かねぇ。もう、愛する者を失うのはごめんだ……ッ」
カインは強くシャルティを抱く。そして帝都の南、城壁の上に到着する。
「まずはその手始めに、一対多の剣技を教える。しっかり見ておくんだぞ? エカテリーナも多用した技だ」
「――ッ! はい‼」
剣を振り回し華麗に戦場を駆けていたと聞く母の技。
意識せずともシャルティの体に力が入る。
――もう、恐怖は無かった。
「まずは護るための剣――『四斬護剣』だ。これは四季を模して四つの型がある」
もう魔物は目前まで迫っている。マルド近郊で主力を落とし、雑魚が群がっているだけ。しかし数は厖大。軽く百や二百はいるだろう。しかしカインは動じない。
「今から春の型『春曙の嵐』を見せてやる」
カインは白い直剣を抜く。そして右手で持ち、まるで双節棍のように手首を柔軟に回し、自らの体の周囲を取り巻くように振り回す。
「――剣を体の周囲に巻き付くように振ることで、敵の攻撃を防ぎながらこちらも攻撃できるという攻防一体の剣閃の結界ができる。このまま敵の集団に突っ込むよし、待ち構えて〝後の先〟を狙うもよし。そして――」
カインは説明しながら振り回す速度を徐々に上げていく。魔物の大群が帝都を襲来するというまさにその時――、
「――この状態で斬撃を飛ばすことで、全方位遠距離攻撃が可能となる……!」
カインの剣戟の結界から斬撃が迸る!
縦横無尽、無差別に魔物を切り裂いていく斬撃の一斉放射。
魔物によって遮られていた月の光が、再び顔を覗かせる。
一分にも満たない短時間で魔物の大群、それも空を飛んでいる無数の軍勢は地上に墜とされた。
「――ま、これが初歩の技だな! シャルちゃんは可愛いから、変な男に群がられてもこの技で一掃できるってもんだ!」
敵を掃討したカインが後ろに控えていたシャルティに笑顔で振り向く。
さぁ、これで君もできるだろう? と言わんばかりの顔で……。
「……お父様……」
シャルティがわなわなと震えながらカインに詰め寄る。
――お? これはあまりのカッコよさに感動して咽び泣いているのかな? とカインが思っていると、
「――っ! 斬撃は……! 飛ばせるものではありません……っ!」
シャルティ、決死の指摘。ある意味ではまともな意見。それに対しカインは、
「ああぁぁぁ……⁉ そうだったぁぁぁ……ッッ⁉」
うっかりしていたことに驚愕の声を上げ頭を抱える。
月明かりに照らされて、城壁の上で頭を抱えるカインとシャルティ。
大事なところでポンコツを発揮してしまうこの親子。
血の繋がりは無くとも似た二人だった。
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