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「……悪ぃ。遅くなっちまったな……」
幸い、と言っていいのだろうか。
シャルティには暴行や凌辱の跡は見受けられない。
……傍に倒れている少女と違って。
「おどう……ざま……。お父様……ッ! お父様ぁぁぁ!」
怖かっただろう。綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして涙を零す。
眼も充血し、唇も真っ青だ。
しかし無事でよかった。本当に良かった。エルキュールやレイラに任せたりせずに、自分自ら迎えに行って討伐に連れて行けばよかった。
そもそも討伐なんて行かなければよかった……。
なんて後悔が大挙してくるが、今はやるべきことがある。
「英雄……カインだと……? 馬鹿な……ッ! あと半日は猶予があるはずだ!」
今のカインは〈覇道を征く者〉を発動している。悪意ある者、精神的弱者、そういった者や一定の実力以下の者たちはカインの発する威圧によって身動きが取れなくなる。それはシャルティを攫った一味もまた然り。唯一、リーダー格の男のみ口を開くことができるが、それだけだ。短剣を振るうことも、逃走を図る事もできない。
――覇王の前では拝跪するが如く。何人たりとも勝手は許さない。
男たち以外にもリップルやレイラも、おいそれとは口を開くことができずにいた。
「ちょっと待ってな、シャルティ。――すぐに終わらせる」
シャルティに笑顔――憤怒によってぎこちないが――を向けたカインは、後ろを向き〝敵〟と対峙する。
「てめぇらみたいなクズに武器を使うのは贅沢ってもんだ……! この拳と脚で、醜く無惨に殺してやる……ッ! 魂すら残さねぇ……」
そう言ったカインはゆっくりと、まるで玉座に向かう王のようにゆったりと眼前の男に近づいていく。そして――、
「――グぼッ⁉」
リーダー格の男の腹に手を捻じ込み、内臓を握り潰し引き摺り出す。
そしてカインは軽く右脚を横に振って、
「ひきゅッ……?」
男の両脚を、膝の辺りから切断する。支えるものを失くした男は血の海に沈む。しかし辛うじて息は続いている。そんな男を無視し、カインは残りの二人にも同じように内臓を潰し、脚を両断していく。そして息が絶えるという瞬間に、
「――恐怖を抱いて死ね」
頭を踏み抜く。
失血死やショック死は許さない。割れた頭蓋から脳漿が部屋に散布される。一人、また一人と頭蓋を割っていき、最後の一人――リーダー格の男の前に立って見下ろす。
「――手を出す相手を間違えたな。俺は愛する娘の為なら世界だって壊してみせる。まぁ、せいぜい俺の覇道を指くわえて見ておけ……地獄でな」
「…………ッ‼」
言い終えたカインは男を踏み潰す。
力を込めたためか、脚が地面にめり込んでいる。
――まさに惨劇。
リップルもレイラも、そして助けられたはずのシャルティすらも息を飲むほどの殺気。
部屋中にまき散らされた肉片と血潮が、さらに猟奇性を帯びている。
「はぁ……」
息を吐ききったカインは振り向きシャルティを抱きしめようとして……、
「………………ッ」
手についた血と肉片、そして怯えた顔のシャルティを見て想い留まる。
この汚れた手では娘を抱くことは叶わない、と。
「……レイラ。シャルティと……そこの少女を介抱してやってくれ……」
魔法を解除する。
暴風のような威圧から解放されたレイラとリップルは、汗を滝のように垂らしその場に腰を抜かす。あまりの恐怖に呼吸も荒くなっている。
だからカインの命令には直ぐには応じられない。それでも、
「……レイラ……!」
「はぁ! はぁ! す、すぐに……!」
――このようなことになった責任の一端はお前にもあるぞ。
そのように感じさせる声色でレイラを催促する。
そしてカインは地下の部屋を後にする。これ以上、カインにできることは無いから……。
地上に出ると多数の騎士モドキに囲まれたが、後を追って地上に出たリップルによって事なきを得る。そして空に浮かぶ月をぼんやりと眺めながら、先ほどのシャルティを思い出す。
やり過ぎたのだろうか?
しかし娘を恐怖のどん底に突き落としておきながら、生き永らえさせるという寛大な判断には至れなかった。本当なら指先から切断していき、無限の痛みを与え、生まれてきたことすら後悔させてやりたいほど。
速やかにシャルティを解放すべく迅速かつ、そこそこ無惨に殺すには、ああする他なかった。
――たしかに精神的に困憊していたあの状況でさらに骨肉を撒き散らす場を見せるのは、些か軽率だったようにも思える……。
シャルティを安全な場所に連れて行ってから殺すこともできたはす。愛する者のことになると頭が回らないのは欠点だな、とカインは自分に対し冷笑する。
そして幾ばくかの時間が経ってからシャルティが地下から出てくる。そしてカインの姿を探し、目が合うと――、
「――お父様……ッ!」
抱き着いてくる。
しかしカインには抱きしめ返す勇気がなかった。ゆえに、なすがままにしていると、
「……ごめんなさい、お父様。私を想って戦ってくれたのに、私……お父様を恐れてしまいました……! 違うのにっ! 本当は『ありがとう』って言わなければならないのに……! ごめんなさい、そして……ありがとうございます……ッ‼」
「……シャルティ……」
涙を流しながら、しかし地下で見たものとは違う思いの涙を零して、謝罪と感謝を告げてくる。
――ああ、そうだ。たとえ残虐なカインの姿を見ても、それで軽蔑され、忌避されるという事はないのだ。綺麗なところも汚いところも受け入れるのが〝家族〟じゃないか!
そう思い至ったカインはシャルティを強く抱きしめる。もう血や肉は拭き取っている。しかしそこではないのだ。娘を溺愛するカインも残酷に敵を蹂躙するするカインも、シャルティの〝父親〟には変わりない。そしてそれを受け入れて、また受け入れてくれると信じることが家族なのだ。
「――怪我は……ないか?」
「……はい。お父様が助けてくれたので、幸い傷一つありません」
「……そうか。良かった。本当に……良かった……ッ」
「うっ、お父様……! 苦しいですっ」
カインはシャルティを強く強く抱きしめる。
シャルティが抗議をするが、それでも強く、強く……。
最悪と紙一重の結果。ただ運が良かった。
これからはもっと警戒しなければ、と決意を新たにしていると、有事を伝える鐘の音が帝都に響き渡る。
魔物の襲来は、まだ終わっていなかったのだ。
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