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ズズズッと先ほど斬り倒した竜の尻尾の先を右肩に担いで引き摺るカイン。
その前にはるんるん気分で今やスキップでもしそうなサージュと、肩を落としたシャルティという対照的な二人の娘が視界に入る。
「――サージュ。あなた随分とご機嫌じゃない」
シャルティはニマニマしたサージュの顔にジト目を向ける。
「……ん! パパが倒したこの竜で研究が進む。文系学会のみならず理系学会すらも席巻するあたしは魔性の女。いずれは歴史に名を刻む……!」
ふんすっ! と意気揚々に語るサージュに気圧された様子でシャルティは弱音を漏らす。
「そう……。良かったわね。私は今回も怖くて動けなかったわ。これじゃあ今度の総合訓練で評価落ちちゃう……」
二人の会話で少し気になる所があったカインはシャルティに問う。
「そういえばシャルティ。『帝校』の試験は今年どこでやるんだ?」
カインの問いかけに対し「うっ」と息を詰まらせながら、肩越しにカインを見ながら答える。
「……『中央大魔圏』です。……外縁ですけれど」
「――えっ。早くないか?」
「私もう四回生ですよ? 高学年からは実践訓練が始まるんです……」
「そうだっけ? しっかし『中央大魔圏』ねぇ。あそこは魔物の強さが別次元だぞ?」
「みたいですね。一応安全に配慮して中隊規模ではあるのですけど。ああぁぁぁ……どうせ恐怖で体が動かなくなってポンコツになっちゃうんだろうなぁ……」
先ほどよりもさらに肩を落としうなだれるシャルティを微笑ましく眺めながらカインは思う。
中央大魔圏――大陸中央部を占領する魔物の楽園。
生存競争が激しく、都市郊外で遭遇する魔物と同種であっても、その危険性・強暴性は段違いとなる領域。したがって当然、討伐難易度も比例し困難なものとなる。
さらには竜種を筆頭に魔物の上位種による展覧会の如くであり、その全容や総数、分布などが一切不明のまさに魔境。
一般的には外縁から中心部に行くにつれて魔物の強さは上がっていくものとされている。
ゆえに大陸東部の国々との貿易では、危険な中央大魔圏を横切ることを避け、北と南に広がる大海を越えなければならない。
つまりこの大陸は中央大魔圏を中心に東西に二分されているといえる。
そのような、まるで危険が腕を広げて待ち構えているような場所で試験だなんて。
「なぁシャルティ。その試験さぁ、俺も付いて行っちゃぁ――」
「――ダメです! ダメですからね、お父様! 去年の騎士職務体験授業に勝手に付いてきたのをお忘れですか⁉ すっごく恥ずかしかったし、皆からもからかわれたんですから……っ!」
「うっ……。でも去年は街の中だったけどよ、今年は外、それも魔圏に行くんだろ? シャルティが怪我するかもって思うと……」
「心配してくださるのは嬉しいですけれど、私もいずれは騎士として立身するつもりです。いつまでもお父様に護られているわけにはいきません」
「シャルティ……」
しっかりと未来を見据えている娘の姿に成長を感じていた矢先、
「……ねぇね、竜にビビッて内股で震えてたよ? たぶん漏らしてた」
とサージュからのタレコミが。
「…………っ! サージュ! そんなこと今言わなくてもいいじゃない!」
「ねぇねに騎士は向いてない。料理が上手なんだからルビーママの店で働いたらいい」
「……いやよ。あの店にはスコッティがいるわ。それに……お母様は剣がお上手だったらしいから、私も頑張りたいの。ですよね? お父様」
サージュと言い合っていたシャルティが、母親譲りの長い金髪を振りながらカインに問いかける。
「ああ。この俺が手取り足取り教えたからなぁ。でもサージュみたいに我儘だったし、よくサボって遊んでたぞ」
「それは、あれです。……好奇心が旺盛だったんですよ」
「ま、そうとも言うな……というかあいつとシャルティは立場も背負ってるものも違うんだ。無理にあいつの影を追わなくてもいいと思うが……」
「――いえ。剣を握っているとお母様と繋がっている感じで楽しいんです。敵を前にすると怖くなっちゃうのですけどね」
ペロッと舌を出しながら笑って空気を軽くするシャルティ。
その姿に返す言葉が見つからず、カインはサージュに話を振る。
「そうか。ま、あまり無理はしないようにな。ところでサージュ、『帝院』の試験はどうだ?」
「教授と共同で執筆した論文を発表する。だから……審査会にはパパにも来て欲しい」
自信に満ち溢れ、しかし少しはにかみながら、審査会の同伴を申し出たサージュに対してカインは担いでいた竜を放り投げサージュに抱き着く。
「当ったり前だぁ! 可愛い娘を一人、批判の海には晒させねぇ! 勿論行くぜ! パパが付いてるから頑張れよ……!」
「……ん。ありがとう、パパ」
勢いよく抱き着いたためズレてしまった眼鏡を直しながら礼を述べるサージュ。
カインはシャルティにも笑顔を向ける。
「シャルティも、何かったら俺に言うんだぞ? 家でも山でも切り裂いて駆け付けてやるからな!」
「ありがとうございます。――でも他人様のお家を壊したりしたらダメですからね!」
「は、はい……」
頬を染めながら礼を言って、しかししっかりと注意をする姿が母親そっくりで気圧されたカインの雰囲気はもはや、父親というより子供のそれであった。
笑い合い、揶揄い合って、時には照れながらも、カイン一行は家がある帝都に帰還する。
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