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「――あれぇ? もう着いちゃった? いやいや、なわけねえよな。んじゃなにか? あいつらの進軍速度が異常に早かったのか? それとも情報が遅かったのか……」
月夜。
マルドまで早馬で駆けたカインを始めとする冒険者一行は、馬を潰さない為にマルドで乗り換えオルドシーを目指していた。
このままいけば夜明け前には着けるな、と考えていた矢先、遠方の空には魔物の大群。
不測の事態ではるが、冒険者であれば不測の事態が常。ゆえに討伐隊の冒険者は速やかに迎撃態勢に移行する。
そんな彼らに対しカインは問う。
「見たところ魔物の飛行高度は然程高くねぇ! 遠距離攻撃ができる者はどれだけいる?」
「――はいっ! 私の弓は〝風属性〟です! 羽を破って落とせます!」
「……英雄殿。某の槍には〝炎弾〟を付与しております。あの程度でしたら容易いかと」
「俺サマの槌は〝土槍〟が入ってるぜ! 槌なのに土で、しかも槍ときた! がっはっは!」
数名、カインの問いかけに応えるものが出てきた。
この「魔法が消えた時代」においては、人間は魔法という奇跡を自ら起こすことができない。
――しかし魔物は別である。魔物は体内に魔石を有しており、それに魔力を流すことで魔法を使用してくる。それが、魔物が脅威たる所以である。
そしてこの魔石は、魔物の死後も利用することができる。
つまり人間も魔石を使うことで、魔法の奇跡の一端に触れることができるのだ。
しかし魔石は魔物の体内にある。そして戦闘に用いることができるような汎用性のある魔法を使える魔石は希少。買い取り価格は約家一個分。
ゆえに冒険者は命を懸けて魔物と戦い、魔石を獲得する。
それを武器に埋め込むことで魔法を使い、更なる強敵と戦うことができる。
それがこの時代の戦闘方法――武技。
大気に魔力が満ちていた過去とは決定的に異なる事象の一つ。
「頼もしいな。初撃は俺が打ち込む。〝一番槍〟なんてふざけた名誉は俺がいただくが、それ以降は諸君らの出番だ。期待してるぜ?」
そう告げたカインは馬を降り、白い直剣を両手で持ち、上段に大きく構える。
先日シャルティがアロガンに対して繰り出した最後の技と同じ構え。
横隔膜を下げ、深く息を吸う。
酸素を血液に乗せ身体中に行き渡らせる。そして胸の奥底に眠る魔力を熾す。
――炎を出すことも水を生む出すこともできないから遥か昔には迫害の原因だった。
――生国を出奔し、大陸を横断する過程で境地に到達したソレ。
目に見える変化はない。
されど確かに、カインは有象無象と住まう次元を異にする。
その腕には一騎当千の如き膂力が、その脚は万夫不当となり、その掌には愛情が、その聲は勇気を与え、そしてその眼には――覇が宿る。
今は無き奇跡の顕現、その極地――固有魔法〈覇道を征く者〉。
迫害と喪失の少年期、中央大魔圏での死闘の日々、エカテリーナという愛すべき主君との出会い、そして離別。カインの人生におけるあらゆる事柄の原因。
しかしこの力があるから、愛しのシャルティとサージュ、レイラやスコッティ、ガッツやエルキュールといった者たちを護ることができる。
敵を殲滅し味方を守護する。
矛であり盾にもなれるという、貪欲なカインの本質の具象化。
その固有魔法〈覇道を征く者〉によって強化された躰が軋み、熱を持ち、そして――、
「――――『獅子……縅』…………ッッ‼」
上段から真っ直ぐ剣を振り下ろす! 次いで、返す刀で左から右に素早く振る!
剣先で十文字を描くような軌道。
初撃の振り下ろしによって刀身より遥かに大きく、太い斬撃が前方上空に飛んでいく。さらに次撃の横凪の一閃によって初撃よりも細く、しかし鋭い斬撃が素早く飛んでいく。そして次撃の横撃が初撃の縦撃に追いつき、飛行型の魔物の眼前で衝突し斬撃が弾けるッ!
上空で衝突し弾けた斬撃は、まるで散弾銃の如く縦横無尽に斬撃の幕を張る。
その小さな斬撃は見かけによらず強力な貫通力を持って、翼のみならず魔物の体も貫き殺していく。
たったの一撃。たったの二振り。
それだけで、空を覆い尽くさんとする魔物の大多数が地に落ちてくる……。
「敵の主力は落とした! あとは残兵処理のみ! 野郎どもぉぉ! 蹂躙だぁぁッ!」
「「「うおおおぉぉぉ……ッッッ‼」」」
カインの奇跡の御業を目にした冒険者たちは、カインの号令によって大群にむかって各々攻撃を繰り出していく。
些か予想外ではあったものの、このままいけば一、二時間で終わるな。
そう思いながら後方から戦況を眺めていると――唐突に、何の予兆もなく、しかし絶大な危機感が去来する!
「――――――――ッ!」
カインは遥か後方に位置し、薄闇の中、篝火によって浮かび上がって見える帝都アングリアを向く。とてつもなく嫌な予感。証拠はない。あるのは確信のみ。
この感覚は今まで二度あった。
一度目は幼少時、二度目は王国のクーデターの時。そして今が三度目。
「シャルティかサージュになにかあったのか……ッ⁉」
エルキュールとレイラは何をしてるんだ! 二人を信じて残してきたのに!
しかし今は戦闘中。冒険者たちだけでは敵の殲滅は叶わない。本来ならここで敵を全滅させ状況を終わらせてから帝都に戻るのが常識。
――しかし親馬鹿のカインにとって、娘のことは全てに勝る優先事項。世界の常識はカインにとっての非常識。だから、
「――お前らぁぁぁ! 俺の娘たちが危ねえ! あとは任せたぁぁ‼」
カインはそう言い残し、来た時より比べ物にならない速度で帝都に向かって走っていく。
そして残された冒険者たちは、土煙を起こしながら早馬よりも速く駆け去っていくカインを見て、
「「「ええええええぇぇぇぇ……ッ⁉ うそぉぉぉぉぉ……⁉ この状況でぇぇぇッ?」」」
顎を落とし目を見開き、戦場に響き渡るほど驚き叫んだ……。
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