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「――ですから! 今、騎士団は戦時警戒態勢なのです! そして帝校の皆様にはその支援にあたってもらっております! 皇族の御命令で厳戒態勢を構築せよ、ということで現在は高位貴族の縁者の方でも入城はご遠慮いただいております………!」
「だぁかぁらぁ! たった一言言伝をしたいだけなんです! 依頼人を〝英雄カイン〟とする正規の案件ですし、私は冒険者ギルドの本部長を任されております……っ! これがどれほど緊急を要するか、お分かりですかっ⁉」
「何度も言いますが! あなたがどこの誰でも! よほどの方ではない限り! 入城は認められておりません! もし本当に喫緊の案件でしたら、ギルドマスターからの紹介状かそれに準ずるものをご用意ください!」
「この切迫した状況で書状って、何考えてるんですか⁉ これだから役人は……ッ!」
取り付く島もないとはこのことだ――と考えながら、レイラは帝宮へと続く階段の前に立つ騎士団員を一度睨みつけ、冒険者ギルドの方向に体を向ける。
カインが出立してから、レイラは今回の作戦にあたって予想される被害やそれに伴う賠償金、冒険者への報奨金、オルドシーで滞在する彼らの食料や寝床の手配に追われていた。
さらに魔物が南から来ているということで、隣接する国や地域の文献を漁り、似たような事例がないかも職員たちと手分けして捜索していた。
それら一連の対応がひと段落着いた頃、レイラはカインの願いを叶えるために彼の家に赴いた。しかしそこにいたのはサージュのみ。一人寂しくポトフを食べていた。
そこで事情を話しギルドへ来てもらうように説得するとともに、シャルティの置手紙を読み、サージュを連れて帝校に行った。
だが帝校にはシャルティはおらず、その足で帝宮に行き冒頭の口論に繋がる。
「……サージュちゃん、一度ギルドに向かいましょうか。――ごめんね、連れまわしちゃって……」
レイラは手を繋いでいるサージュに謝罪する。
シャルティには可能ならギルドにいて欲しいがそれが叶わないのならばせめて一言、カインがどういう状況にいるのか伝えたい。
「……ん、問題ない。――レイラお姉ちゃん」
「なあに?」
「ねぇねはたぶん、騎士団で頑張ってる。それなのにそこまでしてパパのことを伝える必要があるの?」
サージュが眼鏡越しに問いかけてくる。
――娘の独り立ちの為にも、わざわざ父の動向を伝える必要はないのでは、と。
「……これはね、私がカイン様に頼まれた大事な用件なの。確かにシャルティももうすぐ成人になる年だけどね? まだまだ親に甘えることを許される年齢なの。カイン様が置手紙を読んでいないことも知らないだろうし、すれ違いになっているからちゃんと伝えてあげないと」
「……ん、分かった」
そう言った会話をしながら二人は冒険者ギルドに到着する。
そして執務室で総指揮を執っているエルキュールに事のあらましを告げる。
「――ということですので書状をお願いできないでしょうか? お手数おかけして申し訳ありませんが……」
「いやいや、それは全然いいんだけどねェ! こんな非常時に紙っテ! Paper……ッ! ホンット緊張感の欠片もないんだからァ……!」
ボヤキながらもさらさらとレイラを入城させる書状をしたためるエルキュール。
「はぁイ、これネ! それとサージュちゃんはここにいなさぁイ。ワタシといればカインちゃんも安心でしょォ」
「ん、お願いする。できれば書庫に行きたい」
「どうぞご自由に見て行っテー! そしてカインちゃんに優しくしてもらったって伝えてねェン!」
「ありがとうございます、マスター。私はこれから帝宮に向かいシャルティに言伝をした後に戻ってきます。――ちなみに状況はどうですか?」
気持ち悪いエルキュールに対し、ちゃっかりと要求を通したサージュは地下に向かう。
他方、書状を受け取りながらレイラは状況の確認を図る。
「魔物は現在『サライズ』の辺りヨ。今のところ被害報告はなシ。冒険者も早馬で向かったから、今頃『マルド』を超えた辺りじゃなぁイ?」
「……そうですか。マルドで馬を乗り換え、休息を一、二度挟むとすると夜明け頃にはオルドシーに到着しそうですね」
「そうねぇン。そこから態勢が整うのが昼頃、それで明日の夕刻に衝突といったところかしらン」
魔物の襲来という緊急事態でありながらも、特に慌てた様子を見せないエルキュールとレイラ。それもそのはず、冒険者ギルドの主たる任務は〝魔物の討伐〟である。
飛行型が大群で迫っている――という状況は珍しいが、することは変わらない。各自が磨いてきた技量で魔物を討伐するのみ。
戦後処理などの事務作業や面倒な些事が、ギルドマスターや本部長の仕事。ゆえに今は束の間の休息。冒険者が戦いを終えてからが、レイラたちの戦いが始まるのだ。
――その時までは、そう思っていた。
「ギ、ギルドマスター‼ た、た、大変です……! マルド郊外にて、魔物と冒険者が衝突しましたぁぁぁ……ッ‼」
「――なんだってぇぇぇ! ……オホン、失礼。――なんですってェェェェ……ッ⁉」
唐突な情報に驚くあまり素が出てしまうエルキュール。続いてレイラも、
「どういうことっ? オルドシーで接敵する予定だったでしょ! 魔物の飛行速度が上がったっていうの……っ?」
予想よりも異常な速さで進軍する魔物に対して未知の点があったのかと、伝令係に詰問する。
「そ、それが、あまりに突発的であったために、ヘミングからの伝令が遅れていたそうです! ヘミングでの魔物の視認は三日前! よって当初の情報から二日ほど、帝都に近づいていると思われます! 実際にマルド郊外にて冒険者が衝突! 戦闘開始の狼煙が城壁からも視認できます‼」
「――マルドで戦闘ならあと半日もせずに帝都に到達するワ! 平和ボケした貴族の責任よォ、コレ! レイラちゃぁん! さっさとシャルティちゃんに伝えてきなさイ!」
「し、しかし! このような状況で私が離席するわけには――」
「おだまりShut Up‼ カインちゃんに頼まれたのなら、それはSS級依頼! 正直あなたの出番は今じゃないワ! だからお行きなさいナッ!」
カインの頼りよりも自らの職務を全うしようとするレイラに対して、発破をかけるエルキュール。事実、今ここにいてもレイラができることは少ない。肩書は本部長といえども所詮幹部の中では末席。
ゆえにレイラを向かわせる。それがたとえカインの言伝だとしても。
――決して後からカインに怒られるのが怖いからではない……。
「――ッ! ありがとうございます!」
言うが早いか、レイラは執務室から駆け出す!
書状は手に入れた。魔物が迫ろうともカインがいる。
サージュはすでに冒険者ギルドで保護した。残りはシャルティのみ。
しっかりと頼みを聞いたのだから、今度の休日にはまたカインに抱いてもらおうと浮足立ちながら帝宮に到着。ばばーん! と書状を衛門の騎士団員に突きつけ入城する。
そしてシャルティを探し、
「――いな……い?」
ごたついている騎士団宮殿を駆けずり回っても、同級生らしき学生に聞いても、誰もシャルティを見ていない。聞けば辺境伯のご令嬢も行方不明。薄ら寒い汗がレイラの背中を走る。
カインの予感が的中したのだ。
『今回の皇族の決定には少し違和感を覚える。帝都のことは任せたぞ……?』
まさかの事態に、レイラは視界が暗くなるのを自覚した。
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