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「――そこの君たち! 第二倉庫から大型弓の矢を取って来てくれ! 東の城壁まで頼むよ!」

「おい! そこの坊ちゃん! これを兵站部隊の受付に持って行ってくれ!」

「す、すいません学生の皆さん……! これから厩舎の馬を移動させるので、何名か手伝ってくれませんか……?」


 ――通常は入場が許可されない帝宮。


 その外郭に位置する騎士団の宮殿は久々の実践ということで周章狼狽の様相を呈していた。騎士といえどもその実態は自警団に毛が生えた程度の活動が実情。魔物を討伐することなど滅多にない。


 そして騎士団員の大多数が貴族出身。家督を継げずとも贅を尽くしてきた生活。剣技に優れようとも、その実態はお坊ちゃんお嬢ちゃんたちの慣れあい団体であった。


 そんな中で適確に騎士団への支援に邁進していたシャルティは、数時間ぶりの休息を取っていた。


「……ふう。流石にちょっと、疲れましたね……」


 すっかり日は落ちたが、宮殿の喧騒は一層膨れ上がっている。


 魔物の襲来という情報だけで、すでに騎士団はパニックに近い。実際帝校の学生や教官たちの支援を受けても未だ準備が整わない。


 これでは本当に魔物が帝都まで進軍したならば、迎撃などできるのだろうか? と一抹の不安を覚えながら水をちまちまと飲んでいると、ある一人の少女から話しかけられる。


「――シャルティさん。少しいいかしら?」

「コチョウ……様……?」

「もうっ。何年も同じ学校で学びを共にしているのですから、様など要りませんのに」


 休憩室で寛いでいたシャルティの元へ来たのは、第四皇子アロガンの臣下にしておしゃべり友達のコチョウだった。


「……いえ、そんな……っ。辺境伯様のご令嬢にそのような口は聞けませんよ……!」

「ふぅ、真面目なのもいいけれど、そんな口調では距離を感じてしまいます……よよよ」


 残念そうに顔を曇らせる、紫色の髪をした少女。


 なにかとちょっかいを掛けてくるアロガン配下の人間だが、サイモンと違って見下すことはせず、折を見てアロガンやサイモンの発言について謝罪までしてくれる優しい友人。


 それがシャルティのコチョウに対する認識であった。


「――とまぁ、いつものやりとりも終えたことですし、本題にはいりましょうか」

「本題、ですか……?」

「ええ。本当ならいつものようにお化粧とか新作のお洋服に付いて語り合いたいのですけれどね。今日は違います。実は騎士団の方にお願いされた用事を手伝って欲しいのです」


 最近のコチョウとの会話では、化粧について盛り上がっていた。


 高位貴族の中でもさらに高位の〝辺境伯〟ともなれば、毎夜の如く舞踏会に参加している。ゆえに女の武器を最大限活用する術も当然知っている。それは化粧であったり、流行のドレスであったり、男を誘惑する話術であったり……。


 しかしそのような華やかな内容ではないことが、コチョウの雰囲気から察せられた。


「なんでも指定された卸問屋に赴いて、酒を取りに行って欲しいとのことでして」

「酒――ですか? こんな状況で、ですか?」


 酒を飲む余裕などあるのか、と訝しむシャルティに対して、


「いえいえ、飲むためではないですよ……! アルコールが高い酒は消毒に使えるという事で、万が一に備えておくそうです」


 淀みなく、すらすらとコチョウは回答する。


「なる、ほど? 分かりました。そういうことでしたら、喜んで協力します!」

「ありがとうございます……! 既に先方には話を通しているそうですので、さっそく向かいましょうか」

「あっ、はい! あの、馬車などは要りませんか? 私たちだけでは運べる量にも限りがありますし……。他の人にも協力してもらいませんか?」

「ふふ。本当に機転が利く人ですね。その点は大丈夫です。馬車は向こうが用意していますし、宮殿まで運んでくださるそうです。それにもちろん、この命令を受けたのは私たちだけではないみたいですので、とりあえず向かいましょう?」

「そうなんですか? 分かりました。出過ぎた物言いをして申し訳ありません……」

「もう、やめてくださいってばぁ!」


 そうしてシャルティは、コチョウに連れられる形で騎士団宮殿を、そして帝宮から出ていく。



「ごめんくださぁい! 騎士団の依頼で来たのですけどぉ!」


 シャルティとコチョウは帝宮の北にある、古びた酒卸問屋に来ていた。


 すでに日は落ち、また魔物が迫っているということで、都民も流石に食べ歩き飲み歩きは控えているのだろう。通りには人っ子一人見当たらない。


 そんな闇景色の中、シャルティは店の主人を呼ぶ。


「――はいはいはいはい! 話は聞いております! まだ準備に手間取っておりまして、しばしお待ちいただけますかな?」

「はい。分かりました!」


 卸問屋という割には店には酒の在庫がほとんどない。もしや在庫すべてを運ぶつもりなのだろうか? と店を見渡しながら考えていると、すぐに主人が戻って来た。


「大変な時にワタシのところを贔屓立てしていただき、誠にありがとうございます。なにもお渡しできるものがありませんし、学生さんに酒を飲んでいただくのも気が引けますし……。どうかお茶でも飲んでお待ちください」

「そ、そんな! お気遣いいただかなくても結構ですのに……!」


 慌ててシャルティは、断りの旨を口にするが、


「これは東国の希少なお茶でしてな。疲労回復と肌の調子がよくなるそうで……。お美しいお嬢さん方に是非とも飲んで欲しいのですよ……!」

「ですが――」

「――シャルティさん。ここは善意を頂戴いたしましょう?」


 体に良いお茶ということとコチョウの勧めもあって、飲むことにするシャルティ。


「……分かりました。では、お言葉に甘えて……」


 そしてコップに口を付ける。

 さらにはせっかくだからと飲み干してしまう。すると、


「あ……れ……?」


 世界が回る。意識が混濁する。


 視界には同じく頭を抱えながらふらついているコチョウの姿。


 聡明なシャルティは瞬時に悟る。


 ――これはなんらかの策略だと。しかし時すでに遅く、意識が薄らいでいく……。


「――お、父……様……ッ‼」


 落としたコップの割れる音すらも、もはや聴こえない――。

お読みいただき、ありがとうございます!


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