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「――状況はどうなっていますか……っ?」
「帝都の南東『ヘミング』の領主からの緊急伝令によると、空を覆い尽くすほどの飛行型魔物の大群が帝都アングリアに向けて進軍中! 指揮官不明! 目的不明! 敵の総数不明!」
「飛行型⁉ なら帝都までの街が一様に蹂躙されるということはなさそうですね……」
レイラとともに冒険者ギルドに駆け付けると、一階の酒場が臨時の大会議場と変容し、職員と冒険者たちが喧々諤々討議していた。
駆け付けたレイラは本部長として取り仕切るべく、速やかに情報を確認する。
一方カインは、勝手にギルドマスターたるエルキュールの執務室に向かう。
「……ふぅむ。飛行型、ねぇ。今は魔物の繁殖期じゃねぇし、渡り鳥みたいに大陸中を飛び回るなんて習性も聞いたことがない。道中の街や村に被害が出ていないのもおかしい。魔物風情が目の前の餌に見向きもせずに目的地まで一直線っていうのも変な話だ」
執務室にはエルキュールは不在だった。おそらく帝宮に赴き折衝しているのだろう。カインは壁に掛けてある大陸地図を概観しながら、今回の異常事態を考察する。
「――となれば、帝都が目的地ではない可能性となにか危険を感じて避難していると考えるのが妥当だな」
もう一つ考えられるとすれば、より上位の存在によって統制が執られており、計画的な侵略の可能性――すなわち魔物行軍。
「ま、それはないな。知恵ある『龍』や『天』級の魔物なら可能だが、今更人間界に手を出す必要性がない」
ゆえにこれは魔物の襲来というよりも、大群の移動と考え対策したら良いだろう。それを決めるのはギルドマスターの仕事だが。
考察を終えたカインは、勝手に執務室に備え付けられている高級な蒸留酒をグラスに注ぎ、ソファーに座って時を待つ。どうせ低級のカインには帝都守護が命じられる程度だろうと目算しながら美酒に酔う。
今日の晩ご飯は娘たちと一緒に食べられるかなぁと酒を片手にぼんやりと考えていると、唐突に執務室の入り口が開け放たれた。
「カインちゃぁん! 大変よォ! 皇族の指導で全冒険者に追討命令が下りちゃったァ……ッ!」
「――――――――は……?」
一瞬、カインは理解ができなかった。そして一口酒を煽る。
「だァかァらァ! カインちゃんも出撃しないとダメなのよォ……Mustでェェ……」
カインが執務室にいることを驚いた様子もなく、エルキュールは帝宮での決定を下達する。
一般の冒険者は嬉しいだろう。討伐数に応じて報奨金が出るのだから。昇級も見込める。
しかしカインは違う。
特に金銭的困窮に陥っていないカインは、金目当てで討伐に向かう気がない。そしてなにより娘と離れるのが嫌だ。
ヘミングは帝都から歩いて五日の所にある。伝令の速度と飛行型魔物ということを勘案しても、おそらく帝都から歩いて二日の距離にある『オルドシー』での衝突になるだろう。
つまり帝都を離れるということ……それは娘との一時的な離別を意味する。
「……おい、エルキュール。そんなことをしたら帝都の防衛がガラ空きになるじゃねぇか。騎士団の弩級や投石機で守護できる程度なら、俺たちが出る必要がねぇ……! そもそも! こういう時に皇族と一定の距離を取って柔軟な対応をするのが冒険者ギルドであり! それを差配するのがてめぇの仕事だろうが……ッ‼」
「お、お、落ち着いて頂戴ナ……! 分かってるワ! カインちゃんの言い分が正しいのォ! でもねでもねッ! 『帝国の安寧を脅かす魔物は早急に討伐すべし』っていう皇族のお言葉が出ちゃったからァ……。被害が出る前に叩くことを否定できる立場じゃないのよォ……!」
娘と離れる公算が大になるということで、カインの口ぶりは徐々に怒りが滲み出るものになる。そしてその体から湧出する威圧感にエルキュールは、いつものふざけた様子が鳴りを潜め真面目に言い訳をする。
「だいたいなんで皇族が今回に限って口を出してくるんだよ……⁉ 宰相は? あいつはそんな愚臣じゃなかったはずだ。なんて言ってた……ッ?」
「〝皇族の方々の意思に逆らうようなことは臣下としてできない〟と。それと速やかな討伐を期待するって言われたわァ。申し訳なさそうな顔でねェ……」
「ふざけんじゃねぇ‼ 申し訳ない顔をする前に、やるべきことも示すべきこともあるだろうが……ッ‼」
「ヒィィぃ! カインちゃんが怖いィ……! ――でも昔を思い出してちょっとコーフンするゥゥ! Erectしちゃうゥゥ……!」
涙目になりながら、しかしなぜか前屈みになるエルキュール。
そんな滑稽な姿を目にしながらカインの怒りは収まらない。
怒号と威圧感によって、執務室全体が揺れる。
――ただの我儘だ。
カインはこの勝手な怒りが我儘であることを自覚している。しかし、こういう時に娘たちと離れない為に冒険者等級を上げず、エルキュールやレイラのような職員と太い繋がりを作っていたのだ。
さらには若手冒険者への支援という名目で多大な寄付もしてきた。その金が実際に新人に使われているのは問題じゃない。カインが冒険者ギルドの一員であり、強力なパトロンという事実が大事なのだ。
それも偏に、娘たちとともにいるため。
戦争や依頼で死と隣り合わせの冒険者の言う事ではないことも分かっている。しかしカインがそんな些末な戦闘で死ぬことは無い。
危惧しているのは、カインが傍にいないことで起こる危険に対してだ。
裏切者の子孫が統治するこの国は、まごうことなき敵である。
正統性有する血統の唯一の生き残りであるシャルティに、いつか皇族が気付くかもしれない。
――所詮今の皇統は虚構でしかないのだと。
そうなった時、カインが傍にいないことが問題なのだ。
だから一緒にいる。
だから過保護となる。
親馬鹿と言われてもいい。ただ娘を護るために。
「そそ、それならカインちゃァん……! シャルティちゃんたちも連れて行くっていうのはどォう……??」
「……全等級の冒険者に討伐を下すぐらいだ。帝校の生徒には帝都防衛ぐらい命じてるだろう。帝院に至っては『調査』とか言って遠目から集団観察するだろうさ。無理矢理娘たちを連れて行くこともできるが……学校での立場が不利になりかねん……親としてはその選択肢は取れない」
いかにしてこの決定を覆そうかと考えていると、いつの間にか執務室にいたレイラに発破をかけられる。
「――カイン様。〝英雄〟のあなたが出陣なさってくださらないと、冒険者の士気が上がりません。シャルティやサージュちゃんのことは私にお任せください。ギルドマスターとともに、このギルドで待っていてもらいますから。どうかよしなに……!」
「そ、そうよォ! ワタシも人肌脱ぐわ! いえ! それならカインちゃんに無理矢理剥いで欲しいのだけれどォ……ッ!」
レイラが深く頭を下げ、エルキュールがズボンを脱ぎだす。
エルキュールは無視するとして、頭を下げ続けるレイラの体は震えている。
カインが無意識に撒き散らしている威圧に恐怖しているのだ。しかし彼女は冒険者ギルド本部長。冒険者が依頼を遂行するために、誰よりも身を粉にして尽くす人間。
さらに先程まで肌を合わせていた相手だ。抱いた女には甘くなるカイン。
「……はぁ。頭を上げてくれ、レイラ」
「…………」
若干柔和な雰囲気を出しても動じない。
カインから〝出る〟という一言を引き出すまでは頭を上げないという強い意志と、女特有の強かさを感じる。
「わあった! 降参だ! 出る出る。出ますよ! ったく……」
「……感謝します、カイン様」
ゆっくりと頭を上げながら謝辞を述べるレイラ。
「――二日だ。二日で蹴りを付ける。それまでシャルティとサージュを頼むぞ」
「承知いたしました。――ご武運を……っ!」
「てめぇもレイラを見習え……ッ!」
「あふんッ! ありがとうございますゥゥ!」
パンツまで脱ごうとしていたエルキュールを蹴り飛ばし、カインはレイラを連れて部屋を出る。そして大階段の真ん中で、戦闘準備を整えている冒険者たちを睥睨する。
声を発したわけでも目立つ動きをしたわけでもない。
それなのに、各々準備に取り掛かっていた冒険者全員が示し合わせたかのように、階段上のカインの方を向く。
皆の視線が一点に注がれたのを待ってから、〝英雄〟は号令をかける。
「――勇敢なる冒険者諸君! 敵は飛行型魔物の大群。オルドシーで迎え撃つ! そしてこの作戦にあたって一つ、心掛けてくれ! ――これは帝国を護る神聖な戦いではないということを!」
「…………………………………????????」
カインの演説に聞き入っていた冒険者たちは、国の為と気合を入れてここに集まっていた。しかし告げられたのは反対の言葉。ゆえに戸惑いが広がる。
しかしカインは止まらない。
「冒険者とはなんだ? 命を懸けて国を護る仕事か? ――否! それは偉ぶっている騎士団の仕事だ! では我々の仕事とは? 簡単だ――『冒険』だ。未知の土地に行き、未知の魔物と戦い、未知の食材を喰らい、未知なる美女を抱く! 『名誉』や『誇り』なんざ気にしてちゃあ、この仕事はやっていけねぇ。だから考えろ! 敵を倒した後にくる〝今〟のことを! 倒せば倒しただけ金を貰えるんだ。美味いものをたらふく食って、良い女の尻をたくさん並べて、愛しの家族を抱きしめようじゃねぇか。行くぞ野郎ども‼」
一気呵成の号令の最後。大きく肺を膨らませ、深く息を吸う。そして、
「――祭りの始まりだぁぁッッ!!」
威圧感溢れる声で冒険者を鼓舞する。
号令がゆっくりと冒険者の身に染みていく。
しばしの沈黙を経て、
「うぉぉぉぉ! やってやるぜぇぇ!」
「狩って狩って狩りまくって、子供の教育費を稼ぐぜェ!」
「新しい武器買いたかったんだー! 頑張るぞー‼」
「……男娼……! 夢に見た男娼のために……ッ!」
「だりぃけど、酒場のツケ溜まってるし……。いっちょ気張りますか!」
「俺は娼館を貸し切りにするためにー! ふっひょぉぉ!」
――冒険者たちのやる気は爆発し、各々ギルドから駆け出していく。
「流石ねェン、カインちゃん! 八年前を思い出すわァ」
背後に立っていたエルキュールが賛美を送ってくる――パンツ一丁で。
「あの時ほど緊迫してねぇけどな。……エルキュール」
「なにかしらン?」
「今回の皇族の決定には少し違和感を覚える。帝都のことは任せたぞ……?」
「……ワタシも少し気になってるのよねェ。任せれたわンッ!」
ふざけた奴だが頭は悪くないエルキュールなら、少しは安心できる。
パンツ一枚の変態はそのぐらいにして、カインは情事の時のスケベな顔とはまるで対極の表情でレイラに向く。
「レイラ。二人の事……」
「分かっています。お気をつけて……!」
アンダーリムの眼鏡から覗くは絶大の信頼感。カインは口角をあげる。
「ああ……行ってくる‼」
一歩、脚を踏み出す。
――英雄の出陣である。
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