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「はぁっ……はぁ……はぁぁぁ……。ちょ……ちょっと休ませて頂戴。これ以上は腰が砕けちゃうわ」


 ――もうダメェ! や、壊れちゃうぅ! は女の男心を揺さぶる常套句。


 つまりそれは、もっとやれ! ということに他ならない。しかし、今カインの目の前で尻だけ上げてうつ伏せになっている女――レイラの発言は、本当に小休止を求めるものだった。


「まぁ、もう夕方だもんな。流石に昼飯も食わずにぶっ続けじゃあ、レイラも疲れるわな!」


 そう言って笑いながらレイラの丸くて大きい尻を叩きながら、休憩を許可するカイン。


「――ん……っ! もう、休ませてって。今敏感だから……」


 ただ軽く尻を叩かれただけなのに、体を震わせ絶頂を迎えるレイラ。


「悪い悪い。下で水取ってくるから休んでな。なにか口にするものも取ってこようか?」

「……いえ、結構よ。どうせまだするのでしょう? なら胃は空にしておきたいわ……」

「おっ、やる気だねぇ。そんなにも良かったか?」


 タオル一枚身に着けずに階下に降りようとするカインは、レイラに先程までの情事の感想を求める――鼻の下を伸ばしに伸ばしながら。


「あなたほどの強い雄に抱かれて、良くない雌なんていないわよ……」


 息も絶え絶えに、率直な感想を述べるレイラに満足したカインはそのまま部屋を出ていく。


 そして幾ばくかの時間が経ってから水と少しの食べ物を取って来たカインは、ベッドで横になりレイラの肩を抱きながら休息をする。


「あー幸せぇ……。最近女を抱いてなかったからなぁ」

「ふふ。それはあなたにとって水を飲まないようなものね。北の方では娼館に行かなかったの……?」

「……ん~もともと俺は依頼中には女断ちをするタチでなぁ。だから今回もそういう場所には寄ってねぇのよ。それに……」

「それに?」


 会話の途中でカインが詰まり、レイラが続きを催促する。


「シャルティが怒るんだよ……。あいつが学校に行ってる時とかはいいのに、依頼とかで一緒にいる時にそういう所に行くと、そりゃぁもう烈火の如しってな」

「ふふふ。可愛いじゃない。それはたぶん妬いてるのよ」

「妬いてる、ね。……最近シャルティがあいつの母親に似てきてなぁ。変な感じだ」


 カインは頭を掻きながら、最近のシャルティを想う。


 例えば夜中トイレに起きた時。特に雷が鳴っている時は必ずといっていいほど、寝てるカインを起こす。三十歳になっても雷にビビッてた彼女の母エカテリーナとそっくり。


 例えば寝ているとき。枕の耳を齧っているところとか。


 例えば風呂上り。髪を拭きながら裸で家をうろうろするところ。そして俺の視線に気が付いて恥ずかしがるポンコツなところまでそっくりだ。


 街を歩いていて綺麗な女に目を奪われているとジト目を向けるとこや、野菜が嫌いで食べる様に言うと恨みがましい顔するところ、などなど……。


 ――化粧を覚えたシャルティはますますエカテリーナに似てきた。


 思わず父親ということも忘れて押し倒してしまいたいと思うほどに……。


 しかしその思いが去来すると、失った彼女との思い出がよみがえり、彼女の願いが胸を打つ。



『これからは私の娘を護ってあげて』



 この言葉はもはや呪いだ。


 ありとあらゆることに優先してシャルティを、そしてサージュを護るために行動してしまう。彼女への恩はすでに返し終えているのに、なお彼女の思いが、願いが、カインの行動原理になっている。


 ……まったく、惚れた弱みってのは強敵だな。


「ふふ、私だってシャルティやサージュに妬いているのよ? 知ってた?」


 カインが物思いにふけっていると、胸に頬擦りしていたレイラが、上目遣いに告げる。


「ん? なんでだ?」

「――だって、あなたと家族なんだから」

「――ッ」


 そういうレイラの顔は、切なげの一言に満ちていた。


 長い付き合いの二人だが、所詮体だけの関係。お互い頼り頼られ、レイラは冒険者ギルドの職員として、カインは冒険者として生きてきた。体を交えた回数など百や千では足りない。


 しかしレイラは感じているのだろう。カインの心の中には、ただ一人の女性がいることを。それを分かっているからともに暮らし、カインたちの家に割り込むようなことはしない。


 それでは誰も幸せになれないから。


 レイラが身を引き、今以上の関係性を望まないから、カインやシャルティやサージュは笑っていられるのだと。レイラがより大きな幸せを希望することで、カインの笑顔が曇ることを分かっているから……。


「わる――」

「――謝らないで。それだと私、惨めになっちゃうから」

「お、おう……」


 悪いな、と一言告げようとするも、レイラの力強い言葉に阻まれた。


 男と女の甘い空気から一転、なんともいえない重苦しいものになってしまった……。もちろんカインの下半身も萎えてしまった。


 しかしここで引いたら〝覇王〟の名が廃る! と考えたカインは自分の左半身に抱き着いているレイラに手を伸ばす。


 すなわち、左手をレイラの豊満な尻へ!


「――あんっ! もう! ちょっと空気が悪くなったからといって、すぐにおっぱじめるなんてムードが無さすぎよ……?」


 非難の意思をカインに向けるが、レイラの瞳は早くも濡れている。


「……嫌か?」

「嫌よ! 私はそんなに軽い女じゃ――んむ……っ⁉」


 ぐだぐだと建前を並び立てる女の口を、同じ口で塞ぐ。


「……ぷはっ。お堅いことを言う割には随分と柔らかいな。レイラの唇は」

「――もう。あなたって人は――」


 ズルい人ね、とでも続いたのだろうか。彼女が二の口を告ごうという時、


「――本部長! レイラ本部長……っ! お休みの所申し訳ありません……! ですが冒険者ギルドから非常呼集です! レイラ本部長……っ‼」


 ドンドンドンと、入り口のドアを叩く音と焦りを滲ませた女の声が聞こえる。


「――っ! 非常呼集ですって……⁉」


 ギルドの召集という事で睦言の空気を投げ捨てて、レイラは瞬時に理知的な顔に戻り勢いよく階下に降りていく……全裸で。


「まったく。仕事人というかなんというか……」


 せっかくのお楽しみをぶち壊されたカインも少し苛立ち、そして裸で駆けて行ったレイラに嘆息しつつ、階下に降りていく……これまた全裸で。


「非常呼集ってどういう事……っ⁉」


 バンッともはや体当たり同然に玄関口を開けるレイラ。


「どぅわっ! ビックリしたぁ! じゃなくって! レイラ本部長、魔物が――」

「魔物? 魔物がどうしたの? 正確に伝えなさい!」


 カインも玄関まで出てくると、


 ――そこには腰に手を当てて詰問する全裸の女と、尻もちをついて顎を落とした小動物のような女。


「レイラ……せめて服を着ろよ……」


 カインがレイラに人としての節度を教えてやると、


「へ? ――――っ! きゃあっ……!」


 体を抱きしめしゃがみ込む。


「い、いやカイン様もっすよ! なんでレイラ本部長と一緒に……? というかなんで裸?」

「なぁに、レイラを抱いてただけさ。それに俺は見られて恥ずかしい体なんてしてないからな! むしろもっと見るがいい! はっはっは!」


 レイラより前に出て、筋骨隆々な体を見せつけるカイン。


 古傷もアクセントになっているカインの裸を見て驚愕している女は、徐に下半身を見て、


「――デッカ……っ!」


 始めて見る男の体。それも英雄の体。興奮によって徐々に顔が赤くなっていくギルド職員。


「お? お嬢ちゃん興味あるのか? どれ、今からでも……」

「――ひひ、非常呼集です! 魔物の大群が東から帝都に向かって進軍中! 帝都及び周辺都市にいる冒険者は全等級強制参加、職員は全力で支援だそうです……っ! た、確かに伝えましたからね!」


 カインのカインを直視しながら要件を伝えきった女は、鼻血を出しながら走って去っていった。


「――まさか魔物(デスパ)行軍(レード)⁉ こうしちゃいられないわ! カイン様! 私と一緒にギルへ向かいましょう……!」


 すっかり仕事モードのスイッチが入ってしまったレイラ。カインに対する呼び名も〝様〟付けになる。


 こりゃ今日はもうレイラとイチャコラしてる場合じゃねぇな、と思いながら一つの指摘をする。


「うん。まずは服を着ようね」

「――――っ! カイン様もですよ……!」


 太陽が南中を過ぎた頃、カインとレイラは軒先で言い合う。


 ――全裸で。

お読みいただき、ありがとうございます!


この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。


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