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「え? なに? まだ訓練してるのか? 今どきの学生は真面目だなー」
「……お父、様……?」
なぜ勝手に帝校に入ってこれるのか。
そもそもなんで訓練場にいるのか。
様々な疑問がシャルティの頭に浮かんでは消え、残るのは安心感と羞恥心。
己の不甲斐なさに失望していたからこその安心感。
そして無様に負けたところを見られていたのかという羞恥心がシャルティを襲う。
「おっ、シャルちゃ~ん! 迎えに来たぞー」
シャルティを迎えに来たと大きな声で宣うカインに、年頃の娘は羞恥に顔を染め上げる。
「……この年になってもお迎えなんて……恥ずかしくて死にそう……」
「えへへ。シャルシャル愛されてるねぇ」
顔を手で覆い隠すシャルティを抱きしめるローラ。
「え、え、え! 英雄カインだ! 本物だぁぁ……」
口を開けて感動するアンバー。一体この男は何がしたいのか……。
そんな娘の心情など露知らず、部外者でしかないカインは訓練場に下りてくる。
優雅に下りてくるカインの姿は威厳に満ちており、訓練場の誰もが視線を奪われる。そしてその内の一人であるネックスがカインの名を呼ぶ。
「――カイン殿」
「おー? ネックレスじゃねーか! どうして帝校に? 騎士団クビになったのか?」
「……ネックスです。いい加減名前を憶えてくださいよ。仕事で来てましてね。それにクビになんかなってません。今は副団長です」
「ほー。出世街道まっしぐらだな。今日F級依頼すら失敗した俺とはえらい違いだ」
はっはっは、と一笑に付すカイン。
「本来であれば、私の功績の大多数はカイン殿のものなんですがね……」
「知らねぇな、んなこと。昔の戦争だってお前が隊長、俺は一兵卒。順当な評定さ」
「――変わりませんね」
「……変わったさ」
お互い思う所があるのだろう。中年同士、遠い目をしている。
そしてふと、ネックスが提案する。
「そういえばカイン殿。ちょうど今、学生同士のトーナメントが終わったところなのですよ。ですのでせっかくだからエキシビションマッチとして私と三秒、剣を交えてくれませんか?」
「えぇぇー? 早くシャルちゃんを連れて帝院までサージュちゃんを迎えに行きたいんだけどぉー……?」
ネックスの学生のためを思った提案を受けて気持ち悪い駄々を捏ねる中年親父に対し、
「――ちゃんと娘さんに剣を教えてあげたらどうですか?」
と、暗に本気で娘と向き合ってやれと発破をかける副団長。
「ちッ……ふぅー。わあったよ! 三秒な! それ以上は怪我さしちまう」と指を三本立てて強調するカイン。
「感謝します、カイン殿」
そして突如始まる帝国が誇る武の極点と、大陸最強の男による須臾の交錯。
「みなさん! これより三秒だけ英雄カインと私が剣を交えます。たったの三秒ですが、世界最高峰の領域を垣間見てください。瞬き厳禁ですからねっ」
ネックスが学生を集め口上を述べる。
「――シャルティ、この三秒はお前の母親――『エカテリーナ』の剣だ。よく見ていなさい」
カインもまた、後方で見ている娘に告げる。
お前の目標とする剣技の完成形を魅せてやる、と。
「…………っ! はい‼」
対峙する二人。
「では、このコインが地面に落ちてから、ということで」
「ああ、それでいいぜ」
キィンとネックスがコインを親指で天高く弾く。
――ネックスは速やかに抜剣、持ち手を顔の右側に持っていき、剣先をカインに向ける〝霞の構え〟をとる。
対してカインはいつもの如く、白い直剣を鞘に納めたまま腰から抜き、右手に持ってだらりと剣先を下げ、構える。
コインが落ちるまでの刹那、二人から発せられる緊張感・緊迫感は、未成年の、それも実戦経験がない学生たちにも〝死の予感〟を与えるほど重厚なもの。
だれかの唾を嚥下する音がやけに大きく聴こえた。
そしてコインが地面に落ち――、
「むんっ!」
「――ふッ!」
両者が消えたかと思うと、両者が立っていたちょうど中間地点で〝花火〟が上がった。
辛うじて二人の姿は視認できるがしかし、二人の周囲には数多の剣戟の衝突により無数の火花が散っている。まるで花火大会のクライマックスのようだ。
――干戈の音が鳴りやまない。
二人の顔や体はぼんやりと見える。しかし剣を握っている腕がブレて見えない。まるで腕が何本もあるかのような錯覚をも引き起こす。
瞬間の衝突であるのにも拘わらず長時間戦いを見せられている感覚に陥っていると、「カインは剣を鞘に納めているのになぜ鍔迫り合いで火花が散るのか?」という疑問がシャルティの頭に浮かぶ。
そしてまさにその瞬間、カインが声を発する。
「――終わりだ」
「グ……ッ!」
一際大きな火花が起こり、ネックスが衝撃を受け流すため後ずさる。たぶんカインが最後に強力な一撃を放ったのだろう。それを受けたネックスが軽く吹き飛ばされた、とシャルティは推察する。
「はぁはぁ……ふぅ、さすがは英雄カイン殿。僅か三秒で何度死を覚悟したことか……」
ネックスが額に汗を浮かべ、納剣しながら感想を述べる。
「ネックレスも偉くなったわりには剣の腕、落ちてねぇじゃねぇか」
カインは剣を右肩に担いで、にかっと笑いながら相手を称える。
「あなたにそう言っていただけると年甲斐もなく喜んでしまいますよ」
「喜べ喜べ! 人生楽しまねぇとな」
――そんな武の祭典で幕を下ろした騎士団視察の一日。
初めて目撃した〝武〟の熱に当てられた学生たちに取り囲まれて戸惑っているカインを見つめるシャルティの耳に、不穏な声が聴こえてきた。
「――英雄……………………カインンン……ッ!」
声の方向へ視線を向けると、下唇を嚙みながら嫉妬に包まれた顔をしているアロガンが佇んでいた。そしてなにやら取り巻きのサイモンやコチョウに告げ、訓練場から去っていく。
その姿を認めたシャルティの胸には、一抹の不安が芽生えていた。
ネックスの有難いお言葉の後、シャルティはカインとともにサージュが学んでいる帝院へと向かう。
ローラを始めとした同級生たちの揶揄いの声を背に受けながら、シャルティは目の前を先導するカインの背中をじっと見つめる。
窮地という状況ではなかったが、敗北感に包まれ心寂しいには違いなかったあの瞬間。
視界に闖入してきたカインの姿はまるで姫を助けに来た騎士のように感じられた。たった一目見ただけで心の寂寞は払拭され、安堵感が満ち満ちる。そして無精髭が目立つ顔を笑みにして、シャルティを見て、声を掛けてくれただけで顔が熱くなる実感があった。さらには誰もが認める剣技のお披露目。胸が高鳴るのも無理はない。
しかしこの気持ちは、貴族でもないのに学校まで迎えに来た過保護な父を恥ずかしいと思う反抗期の娘の感情だと自分を納得させる。
顔が赤いのも、遠く後ろから聞こえる同級生の揶揄によって。胸がドキドキするのも模擬戦をしたから……。
このまま鼻歌を歌うカインの背中を黙って見つめていてはいけないと、己の気持ちから逃げるために父の背中に問いを投げる。
「……そういえばお父様」
「んー?」
「どうやって帝校に入って来たのですか? 守衛さんに止められませんでしたか?」
「ああ、それな! シャルちゃんを迎えに来たって言ったら、『英雄カイン様ですか⁉ ファンです! サインください!』って言われてな。サインして握手したら通してくれたぞ」
「ええぇぇぇ……?」
「いやぁ、保護者に理解ある学校だなぁ!」
親馬鹿な父も父だが、それを通してしまう学校関係者も如何なものか、と学校の警備問題を案じるあまり、まるで参考にならなかった母の剣技と、不穏なアロガンのことについて伝えるのを忘れてしまうポンコツなシャルティだった。
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