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「オラオラァ! この程度かよォ! 英雄の娘ってのはァ‼」
右、左、上、下、はたまた斜めから。まさに縦横無尽に奔る剣戟がシャルティを襲う。
「――うっ! くッ、うぅぅ……っ!」
こちらは両手で柄を握り対応するのに対し、相手は片手で握り、まるで飛び交う虫を払うかの軽快さで攻撃を繰り出してくる。
もちろんこれは訓練である。よって刃を潰した木剣を使用。真剣とは比べ物にならない重さであり、その衝撃は高が知れる。
――はずなのに、アロガンの剣戟は一撃一撃が体力と精神を削るほど重厚なものであった。
体に当たれば軽く骨が折れるだろう、とシャルティは剣戟を潜りながら思案する。
ーー恐怖の度合いでいえば竜の息吹の比ではない。
しかしあれはどこか現実離れした脅威であったが、自慢の金髪数本を断ち切ってくるアロガンの一閃も、薄ら寒いものを感じる。
「どうしたァ! 防いでばっかじゃねェか。ほら、来いよ! ほら……ッ!」
嵐のような剣戟をぴたりと止め、それこそ凪のような静けさを齎すアロガン。
両腕を広げ「かかってこい」と謂わんばかりに隙を見せる。
舐められている……!
息も絶え絶え。身体中に汗をかいて不快感も極まっている。
これ以上戦闘が長引けば確実に負ける。ゆえに次の一手に残りの体力すべてを注ぎ込む。
この不愉快な戦いに決着を付けるべく、シャルティは上段に大きく構える――しかして脱力は忘れずに。
「――スゥー……っ!」
息を吐き、精神を集中する。
ーー皇族がなんだ。
左右真っ二つ、唐竹割にするつもりで後ろに引いた右足に力を籠める。そして跳躍。左足で力強く踏み込みそのエネルギーを腰、腹、胸、肩と伝達して腕を振り下ろす。さらに剣先が相手に当たろうかという瞬間を狙って、腕と両手にも力を入れる。
――決まった、と刹那、シャルティは油断したのを自覚する。そして、
「……遅ェ」
上から振り下ろすシャルティの一撃を、下から振り上げた一撃で弾き返す。
本来、上段の振り下ろしと下段からの振り上げでは前者に軍配は上がる。それなのに、両手を使ったシャルティの全力の攻撃は、アロガンの片手の攻撃に容易く敗れた。
「――ううッ……っ⁉」
余りの衝撃に、シャルティは手から剣を手放してしまう。
そしてその隙をついてアロガンは追撃しようと、左肩上方に回っていた剣を止まることなくそのまま反転、横凪に振るおうとして、
「そこまでッ!」
騎士団副団長のネックスが試合を止めた。
「チッ……」
「勝者、アロガン殿下!」
「……はぁっ、はぁ……っ」
「ふんッ。オレの勝ちだ。やっぱり弱ェな、お前」
徹底的に嬲りたかったのか、どこか不満げな顔色でアロガンが剣を投げ捨て、場を後にする。
「くっ……!」
息一つ切らさずにアロガンは圧勝した。
勝負の結果と己の弱さに悔しくて泣きたくなるが、ここでは人目に付く。なにより負けた程度で泣くなんて許されない。シャルティが望むのは母親のように強く気高い女性。
しかしその目標が如何に遠いことか……。
「シャルシャルぅ! 大丈夫……⁉」
「――シャ、シャルティ! ……さん!」
さくっと初戦で敗退し観戦モードだったローラと、呼び捨てにできないアンバーが駆け付ける。
先ほどの戦いは決勝戦だった。
ゆえに敗退したとはいえシャルティは準優勝。だが同級生は優勝者の元に群がり口先だけの称賛を送る。そんな群衆から離れたところで打ちひしがれるシャルティたちの元に、一つの影が近づく。
「――シャルティ、と言ったかな? 君はカイン殿の娘だそうだね」
影に気が付き見上げると、その正体はネックスのものだった。
「……はい」
きた、とシャルティは思う。
そしてどうせ、『どうして英雄の娘なのに弱いのか?』と訊いてくるに違いない。
カインを知っている者はみんな勝手に期待して、勝手に失望するのだ。
ーーそれでどれだけ傷つくかも知らないで……。
しかし、蔑みと失望の言葉を聞かされると思い地面を見つめていたシャルティの耳に届いたのは、思いもよらないものだった。
「君の剣技だが、どうも体と合っていない気がするんだ。カイン殿から教わったのかい?」
「――え? あ……いえ。父からは教わっておりません。幼いころに目にした母の技を見よう見まねで……」
予想したものとは違う問いかけ。戸惑いながらも答えるシャルティにネックスは、
「……やはり。剣の一振りで一個大隊を壊滅させるカイン殿だが、その根底には底知れない基礎訓練の跡が見受けられる。なのに君の剣技はちぐはぐだ。熟達した剣捌きなのに、体の使い方や目線の動きが合っていないし、直線すぎるんだ。だから殿下のような技巧系の剣技に翻弄される。なにかこだわりがあるのかもしれないが、一度カイン殿に相談するといいよ。彼ほど強く、教えの上手な人はいないからね」
と、正鵠を射る指摘と親切なアドバイス。
「あ……ありがとう……ございます」
「なに。いずれこの国を担う騎士への先行投資だよ」
なんとか礼を述べたシャルティと、白い歯を輝かしながらさらりと返すネックス。
決勝のみならずいずれの試合も白熱し、ネックスが丁寧にアドバイスを施していたため既に課業時間は超過している。
最後になにか訓示でもして解散しようかという頃合いに、シャルティの視界の端には誰よりも見た、愛する家族の顔があった。
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