零前、或いは零後 1
「ーーーー行け。もうお前の仕事はねえ。後は俺が引きつける」
「しかしカインさんっ、あれほどの数を一人でなんて!?」
湿地まで撤退した殿部隊は考えうる限りの策を弄して、共和国軍を迎え撃っていた。しかし、やはり物量に押され始め劣勢に陥っていた。
そんな折、幸運の女神とやらがいるのなら、それは確かにカインたちを手助けしたといえる。
ーー進出鬼没な幻想湖『クイーン湖』が突如湿地に現れたのだ。
夜が明けると海と錯覚するほど広大な湖が出現。殿部隊は速やかに木を切り倒しボートを作り、湖上へと引き下がることを決定。
残されたのはカインとエルキュール。計略を駆使した罠をエルキュールの指示の元、カインが設置していたのだ。
迫り来る軍勢。
大地を割った力はもう出せない。
しかし部隊を国に帰すと決めたのだ。
少ない魔力を体内で回し、敵を視認しようと目を凝らしていると、側で抗議していたエルキュールが息を呑む。
「……そ、そんな!? いくら戦争だからといってあんな非人道的なことをするなんて!」
カインも同様に視界に敵を捉えた。
ーー女子供を盾にして進軍する共和国軍を。
「おそらく湿地帯の村から連れてきたのでしょう。なんて汚いっ」
エルキュールの言葉が遠く響く。
疲労や枯渇した魔力、主君との離別などが続いていたカインはポツリと呟く。
「…………ちげえだろうが」
「カ、カインさん……?」
小さくとも瞋恚に満ちた声にエルキュールは身震いする。
「そうじゃねえだろうがっ!」
ついにカインがブチ切れる。
「戦争は主義のぶつかり合いだ。それは分かる。けどな! 民は消耗品でも駒でもねえんだ! 民あっての国がそれをするのはちげえんだよ!!」
言うや否や弾丸の如く飛び出し敵陣へと切り込んでいく!
首を刎ね、胴を裂き、血の雨を降らせ屍山を築いていく。
そして瞬く間に肉の盾となっていた子供たちを救い出したカインは、赤い髪が特徴的な少女の頭を撫でる。
「怖かったな、もう安心していいぜ」
「…………っ」
少女は下唇を強く噛み、大きく頷いた。
それを見届け、エルキュールに託す。
「この子たちを頼む」
「カインさんはーーいえ、これ以上は野暮ですね。ご武運を……っ!」
涙を浮かべ恐怖に支配された子供たちに、カインはぎこちない笑みを送る。
「いいもん見せてやるからな」
そうして手に取るは敵兵から簒奪せし汎用的な槍。
そこになけなしの魔力を注ぎ込み、告げる。
これで魔力がすっからかんになるが知ったことではない。
「ーーーー煉獄炎槍」
それは未来を守るための業火の槍。
白く燃え上がった槍を下段に構え、後方の大軍に向け突き刺す。
「一天衝ォォォッッ」
巻き起こるは熱と光による世界の破壊。
爆音の後、焼け野原となった湿地帯を見定め、エルキュールたちに背中を向けたまま言葉を投げる。
「帝都で会おう」
振り返ることなく足を前に出し、咆哮と悲鳴が鳴り止まない戦場に突き進んでいく。
心の中で涙を浮かべたシャルティの顔を思い浮かべながら。
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