第五話
闘病が長引き遅くなりました……。
お暇な時にでもご一読いただければ、作者も元気になるかもです。
ガタンゴトンと、馬車は小気味良い音を奏でながら帝都アングリアに向けて車輪を回している。
べリングで数日過ごした一行は、アディ自ら先導するかたちで帰路についていた。
先頭にネックスが騎馬で先行し、帝国騎士団が隊列を組み護衛している。その光景を窓から見ながらカインが独り言ちる。
「まるで逃がさないよう監視してるみてえだな……」
空気に溶けるような呟きをしっかりと聞いていたのは、カインの向かいに座っているアディだ。
「あら。この程度の人数に囲まれただけで緊張しているのかしら? 随分と可愛いところもあるのねぇ♡」
何故かカインと同じ馬車に乗り込み、妖し気な視線を送り続けている。
そのようなアディに反発するのはカインではなく、その両脇に座って腕に抱きついているシャルティとサージュだ。
「お、お言葉ですが! お父様は緊張しないといけない場面ですら緊張しない人です! ニブチンなんですっ」
「……それ庇っているようで貶してない……?」
「ん! パパの辞書に緊張の二字はない! だって何も考えてないからっ! むふー!」
「ちょっとパパ悲しくなってきたんだけど……?」
カインのツッコミをフル無視して威嚇の眼差しをアディに向ける二人。
だがその視線すらも涼しい顔で受け止める。扇子で口元を隠しながら冷静に分析していく。
「シャルティちゃんは強い口調だけど根底には恐怖が見え隠れしてるわね。あたくしを畏怖しているのかしら……それとも大事なパパを取られそうで怯えているのかしら?」
「そ、そ、そんにゃことないもんっ」
「サージュちゃんは俯瞰して物事を見てるわね。あたくしを警戒しつつ、カイン様の庇護下から出ないよう立ち回っている」
「ん! お姉さんはアブナイ感じがする」
両者の反応から、真に警戒すべきはサージュの方だと確信するアディ。先日の奇妙な力ーー魔法らしきものーーを行使できるのも厄介だ。
計略を妨げる要因に最もなりうる存在こそが、この眼前で眠たげな顔をしている幼女。
年頃のシャルティならまだしも、まだ十に満たないサージュでは肉欲の檻に捉えることはできない。
なにか他に誘引させるものはないかと考えていると、カインから鋭い声が投げかけられる。
「ったく、バレバレなんだよ。俺の娘たちに手を出して見ろ。この国を地図から消してやるからな」
「あら。なら白紙となった世界で、一緒に悦楽の同衾でもしましょうか♡」
「エッチなお誘いはありがたいが、俺にも選ぶ権利はあるんでな」
お互い口では軽い調子だが、その視線は、取り巻く雰囲気は剣呑さを帯びている。
果たしてシャルティとサージュにとっても気まずい空気が払拭されることはなく、一行は帝都アングリアに到着する。
待ち受けていたのは割れんばかりの歓声と、カインを讃える喝采の声。
「え、すごい人……っ!?」
「みんなパパのずばーんを知ってるみたい」
耳を劈く大音声に顔を顰めながら、驚きの表情をする二人。他方カインは煩わしそうな顔をし、アディに軽く睨みつける。
「皇族のイメージアップに俺を使おうってか……?」
「んふふ♡ 厳密には共和国との印象差で、相対的にこちらに傾けたいといったところかしらねえ」
「この女狐が」
「あら、尻尾プレイがお好みかしら? 大丈夫よ、あたくしお尻も経験豊富だから♡ お掃除する時間だけいただけるかしら?」
ドギツイ下ネタに顔を赤らめるシャルティ。耳年増の彼女の脳内では様々なプレイが展開されていることだろう。
そして突如始まるは英雄カインの凱旋。
帝都の大通りに群衆が並び立ち、カインが乗っている馬車に労いの声や激励の声を投げかけていく。
それを居心地が悪そうに応えていると、アディが馬車から降り、拡声器を使ってパフォーマンスを行う。
ーーその手に宝玉を持って。
「帝国の臣民たちよ! かつては敵であった共和国において、海竜王を討伐せしめた英雄が、ここに凱旋したわ!」
「「「「「おおおおおお!!!!」」」」」
大地が震えるほどの民衆の声。
「さらには! 大結界の補修に必要な宝玉すらも手に入れて来たわ! これで帝都の安全は盤石のものとなる!」
両手を広げて演説する姿に既視感を覚えるシャルティとサージュ。
「なんだか戦勝式典の時のお父様みたい」
「ん。あたしも思った。真似した……?」
その疑問に答えるのはカインだ。
「まがいなりにもアディは皇族だからな。帝王学を学んでるからできる芸当さ」
「てことはお父様も帝王学を?」
「パパ、ついに帝王になる?」
「なに言ってんだチミたちぃ。俺は昔から王じゃねぇか! 夜の帝王、ってな!」
はっはっは、と空笑いするカインに冷めた視線を送る二人。
もうこんな茶番早く終えて家に帰りたいと思っていると、アディがクライマックスに入ったのか、宝玉を天に掲げる。
「さあっ! 英雄の凱旋を大結界の完成で祝いましょう……か……?」
上手いことマッチポンプに利用されてしまったな、なんて考えながらアディのパフォーマンスを見ていると、突如彼女の演説が止まってしまう。
アディだけではない。
群がっていた無数の民たちも一様に声を失っている。
またアディが怪しげな魔法を使ったのかと思うが、どうも顔が青ざめているので違うようだ。
ふと、袖を引かれる。
視線を向けると同じく青ざめたシャルティとワクワクした顔のサージュの姿。
どうしたのかと問う前に、シャルティが唇を振るわせながら言葉を吐く。
「お……お……お父様……っ!? そ、空に……!」
「あん?」
言われるがままに空に目を向けると、天を覆う黒い影が広がっているではないか。
どこかで見たことがある影。
カインが記憶を遡る前に、ソレは叫ぶ。
「ーーぶあっはっはっは!! 待ちきれなくて来てしまったわい!」
帝都を覆う影は竜だった。
いや、そう呼称するには語弊があろう。
ーーそれは龍であった。
誰も彼もが声を失い、中には気を失う者まで現れる。
バッサバッサと大きな翼をはためかせ、黒い鱗が見たものを絶望の淵に追いやる。
「零よ! 長旅で疲れた我輩に美味しい食事でもーーあ」
慣れない飛翔だったのだろう。
バランスを崩した龍が落下する。
するとパリィンと小気味良い音を奏でて大結界が粉々に砕け散る。
皆が思ったことだろう。それをカインが代表して述べる。
「うそぉぉん……」
すぐさま体勢を整えた龍が笑う。
「だっはっは! せーふじゃ! 危ない危ない。うっかり落ちてしまうところじゃった! ほれ、零よ! 飯じゃ!」
こうして海竜王を討伐し、無事に帰国したカインの下に新たな客人が訪れた。
ーー終末の黒龍ヴォルフガング=ヴァンダーヴィッテが人間界に顕れたのだ!
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