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「ねぇねぇ! シャルシャルぅ! 竜はどうだった? やっぱり大きくて強かった?」
――早朝の帝立騎士学校。
朝の基礎訓練を終えロッカールームで制服に着替えながらシャルティは、友人ローラと竜の討伐について語っていた。
「ええ。大きいし強いし、なにより怖かったです。お父様がいなければ死んでいました。確実に……っ」
あの不条理の塊たる灼熱の業火――竜の息吹を思い出し、シャルティは自らの体を抱きしめる。
そんな顔を青ざめるシャルティを見たローラは、気持ちを明るくさせるために抱き着く。
そして着替えの途中であったため、下着姿をいいことにローラはシャルティの未成熟な体を蹂躙する。
「ぐふふふ! 大きいのはシャルシャルのおっぱいもでしょぉ! こんな凶悪なもの見せられたら、私の中のおじさんもイロイロ強くなっちゃうよぉ……っ!」
「ちょ……っ! やんっ! やめ……てよ、ローラぁ……」
いつもは凛々しいシャルティが涙目を浮かべ、柔らかい口調で懇願する姿に興奮し、ローラがついにシャルティの下半身に手を伸ばすと、
「――ちょっと、あなたたち! 朝から発情しているんじゃありませんことよ! ここは栄光ある帝立騎士学校。いくら〝英雄〟と〝女傑〟の子女といえども、最低限の慎みはお持ちになることね……っ!」
黒に近い青色の髪を左右で縦に巻いた――いわゆるドリルツインテール――いかにもお嬢様のような話し方をするシャルティたちの同級生である『リップル・フォグガーデン』が、甲高い声で二人を注意する。
「まったくこれだから平民と同じ学年は嫌なのよ……っ!」
と、捨て台詞を吐いて更衣室から出ていく。
「やな感じぃ……。そんなにも伯爵って偉いのかなぁ」
「……フォグガーデン様は、金が豊富に取れる領地をお持ちの高位貴族ですから。貴族界や帝宮での発言力も強いでしょう」
「ふーん。偉そうにしている貴族よりもみんなのお腹を満たしてるウチのお父さんとか、みんなの英雄カインパパの方がよっぽど立派だと思うけどなー」
「ありがとうございます。私もそう思いますよ。……それで、そろそろ離していただきたいのですが……?」
「んー…………あと五回ほど揉ませて?」
「ダメです!」
窓から差し込む朝日に照らされながら年頃の触れ合いを経て、シャルティたち学生は朝礼に向かう。
「――皆さん初めまして。今日一日、皆さんの実力を拝見させてもらいます。帝国騎士団副団長の『ネックス』と申します。学生とはいえ騎士を志していることから贔屓目なしに判断させてもらいますので、ご承知の程よろしくお願いします」
朝礼では帝国騎士団より視察に来ていたネックスが挨拶をしている。
――帝国騎士団。
〝武力〟と〝財力〟のみが至高とされるアングリア=ナハト帝国が誇る武の象徴。それが帝国騎士団。
その実態は爵位を継げない貴族たちの就職先でしかないのだが、「帝国」の名を冠する以上、その給金は他と隔絶している。
さらに皇族直属の戦力であることから、民からの尊敬も一手に引き受ける騎士団である。
「シャルティ、〝判断〟ってぇ?」
「優秀な生徒の確認と教官に対する評価ですよ」
「ほーん……?」
数年に一度、教育水準の確認及び将来性豊かな学生の発掘の為、騎士団から派遣された人物が査定評価に帝校を訪れる。
しかしそのようなある種お決まりの行事に、帝国が保有する戦力の筆頭である副団長が参加するなど異常といえる。
「ねね、副団長ってお父さんとかカインパパと一緒に昔戦った人だよね?」
「はい。たしか南部戦役の殿部隊の隊長だったと記憶しています。『リクオーレの奇跡』で目覚ましい出世を成されたとか……」
「だよね。まだ若そうなのに副団長だもん。団長が第二皇子の『ハプギー』様だから、実質騎士団を取り仕切っているのがあの人ってことだよね。はぁ……凄いなぁ……!」
ローラが感嘆し、シャルティが訪問の真の狙いを探りながら朝礼は終了し、午前の座学に向かう二人。
壇上から降りる副団長のシャルティたちを見る視線が気になりつつ……。
そして午後。
通常は剣術訓練の時間だが今日は視察があるということで教官も気合を入れ、急遽学生同士のトーナメントが開催されることとなった。
幸いローラやリップルとは違うグループになり安堵していたシャルティの元に、一人の青年が話しかけてきた。
「――シャ、シャルティ! ……さん! このトーナメントでぼ、僕が勝ったら――」
青年――『アンバー・バーント』が、照れながらシャルティに何かを告げようとしていると、
「どけ、伯爵モドキの雑魚」
偉そうな男を筆頭とした三人組が近づいてきた。
「うげ……ッ! で、殿下⁉ ししし、失礼しますぅ……!」
その姿を認識したアンバーは、シャルティに一瞥してから面倒ごとは御免だという風に一目散に逃げて行った……。
「くっくっく。よォシャルティ、帰って来てたんだな」
「……『アロガン様』」
帝校の制服の上から黒色のマント――皇族関係者の証――を肩に掛けている男アロガンは、帝国の第四皇子でありシャルティの同級生でもある。
剃り込みの入ったみるからにチンピラ然とした髪型、細い眉に吊り上がったガラの悪い目つきという皇族らしからぬ風貌。彼はいつもシャルティに対して、何かとつけてちょっかいをかけてきていた。
「……っ! 『アロガン殿下』だろうが! 平民が……ッ!」
と、取り巻きの居丈高な男――『サイモン』が唾を飛ばしながら恫喝する。
「よい。その程度のこと見逃せ。俺サマは器が広いからなァ」
「はッ! 出過ぎた真似でした! 申し訳ありません……ッ!」
――茶番だ、とシャルティは思う。
このやり取りをどれほど繰り返せばいいのだろうか。それとも毎回忘れているのだろうか? と少々アロガン達を哀れに思っていると、トーナメントに関しシャルティに不利な勝負を示してくる。
「なぁシャルティ。このトーナメントで俺サマに勝てたらよォ、騎士団へ推薦してやろうか?」
「………………っ」
アロガンの兄は現騎士団団長で、さらには皇族だ。推薦ぐらい余裕で可能だろう。しかし己の目標は己で叶えたいとシャルティは思う。
なにより、こんな虎の威を借る狐の力を借りたくはない。
……もっとも、アロガンの剣術の腕はシャルティよりも上であり、勝てる見込みがないという事もあるが。
しかしそれを分かっていながら勝負にならない勝負を持ちかけてくる性根が気に食わない。
本来なら毅然と立ち向かうべきだが、相手は皇族。一方シャルティはいくら英雄の娘とはいえただの平民。
アロガンの一存如何によっては退学もあり得る。だから、
「……貴重な機会をいただき感謝します、アロガン様」
負ける未来が見えていても、飲まざるを得なかった……。
シャルティの回答を得たアロガンは、ニヤァと口角を吊り上げ気味悪い笑みを浮かべる。
「受けてくれると思ったぜェ。それじゃあまた後でな」
アロガンはマントを翻して去っていく。その際、サイモンは見下す視線を、そして会話に参加していなかった取り巻きの女――『コチョウ』は申し訳なさそうな顔をしていた。
「はぁ、ままならないものですね……」
ただでさえ他人と対峙して剣を向け合うのは好きではないのに、とさらに憂鬱になるシャルティであった。
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