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第四話

「ーーーーで? 詰まるところどういうこった?」


 太陽が大地に溶け、月が空を支配する頃。べリングの街の外れ、大海を見下ろせる高台にカインとネックスは対峙していた。


 いや、厳密にいえば対峙ではない。


 一人黄昏ていたネックスの後方にカインが立っているのみ。ゆえにネックスの顔を伺い知ることは叶わない。


「……"至天の座"という言葉に聞き覚えは?」

「なにそれ……?」


 カインの質問に質問で返すネックス。首を傾げるカインをよそに、訥々と語り始める。


「人が神の領域に到達することを指すようです。それこそがこの国の建国理由であり、今なお続く国家目標……」

「お、おん」


 例の如くカインは頭をフル回転させて話について行こうとする。


「人が神になってどうするのか、なにがしたいのか、そもそも神なんて存在するのか……。疑問だらけのものになぜそうも固執するのか」

「…………」


 つい最近、神の言葉を賜われるらしい聖女に娘がなってしまったものだから、まったく理解できないわけではない。


「まあもっとも、神の領域に到達するのは民ではなく皇帝とそれに準ずる方々だけのようですがね」

「それとアディやアロガンの妙な力とどう関係がある?」

「私からいえばカイン殿も十分"妙な力"ですが……」


 ともあれ、とネックスはゆっくりと振り返る。


「ーーーー皇帝陛下は()()()()()()()()

「ま……?」

「……私も直接見たわけではないのですが、皇妃様が衆目の場に現れたことがあるのは婚姻式典の一度のみ。それ以降は体調不良を理由に公の場には現れません」

「こーひ?」

「陛下のお妃様です。皇宮ではまことしやかに嘯かれていますーー皇妃様は魔物であり、それと交わった陛下のお子は魔物の力を有している、と」

「魔物の力ーーつまり魔法か。だからアディもアロガンも魔力を操れるのか」


 カインのその言葉に片眉をあげるネックス。


「……まるであなたも操れるかのような口ぶりですね」


 それはカインへ疑いの眼差しを孕んだもの。しかし意にも介さずカインはあっけらかんと答える。


「まあな。でなけりゃ最強にはなれねぇさ。それに魔力を使うだけならお前だって知らず知らず使ってるんだぜ? 疾剣だっけ? ただの剣技を超えた力。武技は魔力を使うもんだからな」

「……私も?」

「ちょうど娘のサージュが学会で発表したばかりだ。人には魔力が宿ってるってな。これから荒れるぜ〜」


 愛娘の功績を我が事のように笑みを携え語り、胸を張る。


「ま、俺のことはいいや。で? 皇族が魔法を使うことをお前は知っていて、それを俺に黙っていたわけだ」


 カインの追求に顔を顰める。痛いところを突かれた様子。


「魔物と交わった確証がなかったから、というのが建前です」

「本音は?」

「……己の葛藤ゆえ」


 ふむ、と腕を組んでネックスの顔をマジマジと眺める。月明かりのみでもその双眸が揺蕩している。


 知り合って八年にもなると流石にネックスの人となりはわかる。正義感と忠誠心に溢れる彼の葛藤。すなわち、


「忠義と仁義の狭間ってとこか」

「……流石ですね」

「伊達に"お父さん"してねえってな」

「本当によく見ていらっしゃる。しかしそうです。騎士道としては如何なることがあろうとも、皇族に忠誠を誓い、お守りするのが正道。しかし人の道理として! 恣意的な理由で魔物の力を民に振るい、神の領域とやらに行くのは皇族のみ。それは間違っています!」


 カインは肯定も否定もしない。これは彼個人でケリをつけなければならない問題だからだ。


「ですが私には立場があり、部下もいます。貧しい家庭出身の私を特待生として教育させていただいた大恩もあります……」

「つまりはあれか、騎士として生きるのか人として生きるのかってことか」

「言ってしまえばそうなりますね」


 ふーん、と一言漏らし踵を返すカイン。


「悪ぃが野郎のお悩み相談は受け付けてねえんだわ。聞きたいことも聞けたし帰る」

「ちょっ、え!?」


 居を突かれたように慌てた様子でカインに手を伸ばす。


「カイン殿ならどうしますか! 私と同じ立場、状況であったなら!」


 その問いかけに足を止める。


「俺はお前とは違う。そもそもそんなことで悩まねえしな」

「悩まない……」

「要するにあれだ、"二兎追うもの一兎も得ず"が怖いのさ、お前は」

「……」

「だからアドバイスなんかしてやらねえ。それは自分で考えなきゃならねえからだ」


 でも、と二の句を継ぐ。


「一つだけ教えておいてやる。"二兎を()()()()()()()二兎は得られねえ"んだぜ?」


 俺みたいにな、と言い残しその場から去っていくカイン。


 一人残され俯き、思案するネックス。


 ーーその理論は強者だからこそ言える言葉でしょうが!


 カインの教えは理解はできる。だが納得はできない。それができないからこそ悩み、踠き、口を噤んでいたのだ。


 騎士の道を貫くか。


 人の道を貫くか。


 いま、人生の岐路に立っていることを実感する。


 だからこそネックスは後悔のないようにしたい。思い描くは憧れの姿。


 仲間のために一人、砂塵舞う地獄に戻った男。


 友のために大地を割った英傑。


 困ったときだけ愛嬌を振り撒く人たらし。


 自然と人が集まり、笑顔にさせるカリスマ。


 ……ネックスの脳裏にはカインの姿しか思い浮かばなかった。


「まったく。これが女性なら"恋"や"愛"と呼べただろうに。相手が男ならなんと呼べばいいのやら」


 月を見上げて呟く。言葉こそ文句と取れそうなものだが、その顔には一切の翳りはなかった。


「やってやるさ。憧れを憧れのままで終わらせたくはないっ」


 一歩足を踏み出す。


 決意に満ちた足取りは、力強く大地を踏み締め主人の元へ歩を進めるのだった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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