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第三話

 アングリア=ナハト帝国最大の港町ーーべリング。


 要塞としての機能も有しており、常駐の騎士の数も多い。ゆえに交易と防衛の拠点としての二面性を有する町。


 その港にカウナスの快速帆船は着岸する。


「ーーうぃ〜、やあっと着いたか。危険がないのはいいけどよ、船旅ってのも暇なもんだな。当分海の景色はいいや」


 首をゴキゴキと鳴らすカイン。口には出さないがシャルティとサージュも似た思いだ。


 下船の準備を終え、いざ陸地に足を下ろすと眼前には港を覆い尽かさんばかりの群衆。カインの姿を認めると、ワッと歓声が上がる。


「ーー共和国で海竜を討伐したそうじゃないか! 流石は我が国が誇る英雄だ!」

「あいつらが長年倒せなかった化け物を帝国の英雄が倒したんだ! 俺たちも鼻が高えってもんよ!」

「お兄ちゃぁん! 大きくなったらケッコンして〜」

「サインください! あと討伐の詳細について取材を!」


 老若男女とはまさにこのこと。


 海竜王を討伐したことはすでにこの国にまで伝わっていたようだ。


「ブレイドもやっぱやる時はやる奴らだよな! S級ももうすぐにでもなるんじゃないか?」

「あたいの依頼も受けてくれたことがあるんだよ。高位の冒険者は偉そうな人が多いけど、あの人たちは立派でねえ」

「ブリジットさまぁ! 目線くださーい!」

「イシュバーンの旦那! 握手してくれー!」

「きゃー! レティ様は今日も麗しいわ〜!」

「……あ、ドイルは今日も陰キャだな」


 賞賛の声はブレイドたちにも向けられる。群衆の声が港町を包み、天まで届きそうなほど。


 だが突如絶頂していた声がピタッと止まる。


 それは()()()()がその場に現れたからだ。


「ーーーーうふふ。長旅ご苦労ね、カイン様♡」


 長く白い美髪が特徴的な色気に溢れる女性。


 ーー第一皇女アディがカインたちを出迎えに来たのだ。


 側には護衛として帝国騎士団副団長のネックス・ヴォルラーンが控えている。


 しかし異質なのはこの場そのもの。あれほど熱気が渦を巻いていた町が、夜半の如き静かさに支配されている。


 人々は虚空を見つめ棒立ちに。護衛の騎士たちはアディの色気に目を奪われている。


 唯一()()なのは、苦虫を噛んだような顰めっ面のネックスぐらいだ。


 あまりに異常な景色に、シャルティとサージュはもちろん、乗船していた皆が得体の知れない恐怖に包まれる。


 だがカインだけは違う。


「まったくだぜ。俺は砂漠越えの方が性に合ってるな」

「うふふ、自らの足で踏破したいのね。いつかその足で踏まれるかと思うとーー濡れるわ♡」

「その"いつか"がいつになるかは知らねぇがな」

「あら、つれないわね……」


 極めて平静に会話を繰り広げている。だがその足は一歩ずつアディに近づいていき、


「ーーあんっ♡」


 その豊満な胸を鷲掴みする。


「ーーちょ! お、お父様!?」

「わーお。パパだいたん」


 カインの背後で二人の娘が驚きの声をあげる。しかしそれを無視してアディの耳元に口を寄せ囁く。


「……コチョウの嬢ちゃんを嗾けたのはお前だな。ひょっとするとカウナスの野郎もか。俺の家族に手を出すと火傷じゃ済まねえぜ……?」

「〜〜〜〜♡」


 ドスの効いた声にアディは恍惚の表情を浮かべ身悶えする。頬を上気させながらなんとか口を開くアディ。


「な、なんのことかわからないわぁ♡」

「ーーふんっ」


 恍けるアディに侮蔑の視線を投げ、軽く押す。それだけで股に手を当て内股になり、濡れた眼差しをカインに向ける。


 しかしそれに一瞥することもなく、ネックスに向き直る。


「正気なのはお前だけだなーー()()()()

「カイン殿……」

「後で詳しく聞かせてもらうぞ」


 端的な言葉だけ吐き、ああそれと、とサージュに声を投げる。


「サージュ。例のものを」

「ん!」


 背中に背負ったバッグから布に包まれた物を取り出し、とてとてと歩いて持ってくる。それを受け取りネックスに放り投げる。


「ちゃんと()()は手に入れたぜ」

「……流石です」

「これで帝都の大結界は補修できるだろ。約束の期間内でもある。お互い首の皮一枚残ったな」


 己の首を右手の手刀で軽く叩く。ネックスの定めた期限は、そのまま罰則なく事を納めるためのタイムリミット。それが守られたことでお互いに安堵の声を漏らすべきところ。


 しかしそれでもネックスの顔は晴れない。


 ーーアディがここに来たことがマズいのか。いや、この状況そのものか。


 おそらくアロガンに通ずる魔法らしき力。それをこの場で披露したことが彼の悩みの種なのだろう。もしくは"知っていたこと"をカインに知られたことか……。


 いずれにしてもカインはこのあとエッチな用事が控えている。ゆえにこの体に纏わりつく魔力を跳ね除けるべく魔法を発動する。


 体表から赤銅色のオーラが湧出する。海底神殿から脱出するために使った魔力はすでにユガでの滞在中に回復させている。


 主に娼館に通うことで……。


 あとはこの覇王の威圧で町に蔓延る力を払拭するのみ。右足を軽く上げて地面を踏み締めようとするが、ふと思い改めたように優しく足を下す。


 そして傍にポツンと立っているサージュの頭を撫で、王の力を流し込む。


「……サージュ」

「う〜? なにパパ?」

「流石に潮風には嫌気がさしてきた。ちょっくら空気を綺麗にしてくれ」

「ん? それってーーああ、そーゆーこと。ん、任せて」


 言うや否や、サージュは両手を上に掲げる。サージュ自身も感じていたからだ。この異様な空気に。


 サージュだけではない。聖女の力を目の当たりにしたシャルティやミニョンとアドラー、ブレイドの面々にも浄化の力は作用していた。


 だからこそ正気を失うことなく、アディの登場に不気味さを覚えていたのだ。


 やり方もなにもわからないが、なんとなくいける気がする。サージュは声を上げる。


 いるかどうかわからない()に聞こえるように。


「綺麗になーれっ」


 それだけ。


 それだけでズワァァァァと清浄の力が町を包み、アディの淫気が払拭される。


「…………っ」


 神託を受けずとも、聖句を述べずとも、サージュはいとも簡単に聖女の力を行使する。


 そしてそれができることを確信していたカイン。いつもの如く不敵な笑みを浮かべ、アディを煽る。


「ーー俺の家族は一筋縄にゃいかねぇぜ?」


 カインならなんとかできると予想はしていたのだろう。しかし実際は十に届かない幼子がアディの力を跳ね除けた。


 驚きのあまり声すら上げられないアディ。あたりはざわつきを取り戻していく。


 カインは肩越しに後ろへ声を投げる。


「じゃ、俺は用事があるんで後で宿に集合なっ」


 鼻の下が伸びていることからその用事とやらが容易に想像できてしまう一行。


 だからこそシャルティはカインの腕にしがみつく。


「い、いかがわしいお店はダメですからね! 子供の情操教育に悪いです!」

「お? また難しい言葉を覚えたな。シャルちゃんが賢くなってお父さんは嬉しいぞ」

「そ、そんな笑顔で誉めたってなにもないんですからねっ」

「ねぇねだけずるい。あたしもぎゅーする」

「でへへ。サージュちゃんもかわい〜な〜!」


 再び喧騒が盛り返してきた港町。親馬鹿率いる三人家族は群衆に溶けて消えていった。


 アディの凍てつく視線をその背中に受けながら……。

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