第二話
「ーーすごっ!? お船ってこんなに早く進めるものなの?」
「ふっふっふ。天才であるあたしが考案した『快速帆船』! おーがたの横帆を使うことでこれまで以上にびゅーんできるすぐれもの! ……まだ理論だけだったけど」
カインたちは神の造りし熱砂を越えて帰国する通常ルートではなく、カウナス所有の高速帆船に乗って海上ルートでの帰国の途についていた。
表向きは時間も費用もかかり、危険も多い砂漠を通らないため。
本当はユガでゆっくりし過ぎてシャルティの学校再開に間に合わなさそうだったから。
当初はカインがシャルティを抱っこして砂漠を単騎で爆走する案も出されたが、シャルティ本人の猛抗議によって却下されたことは記憶に新しい。
波を切り裂くかの如く速度に盛り上がる一行。それを後ろから見ていたカインが口を開く。
「こらサージュ、天才じゃないだろ」
「……う?」
唐突な父からの言葉に、振り向き小首を傾げるサージュ。
「いえ、お父様。サージュは立派なーー」
「ーー"天才"じゃなくて"大天才"だろ! もっと自信持っていけよ!」
「ん!! あたし大天才! むふ〜!」
「いも……う、と……なんですけど。はあ、そんなことだと思いましたよ……」
妹を庇うようなシャルティの言葉を遮って盛り上がる二人。静かに肩を落として嘆息する。
「はっはっは! 俺の娘は世界一の天才だあ!」
「ちっちっち。パパ、あたし大天才なので」
「おっと悪りいな!」
「「はっはっは!!」」
サージュを高い高いしてくるくる回っている家族を見ていると、傍からブリジットが近づいてきた。
「あの輪の中に入らなくていいのかい? シャルティ」
「ブリジットさん。いいんです。今回あの子は頑張ったのでご褒美です」
「ふっ、強がっちゃって」
「そういうブリジットさんはいいんですか? "船が怖い"って言ってお父様に抱きついてもいいと思いますよ?」
「言うようになったじゃないか。お姉さんは嬉しいよっ」
バシッとシャルティの背中を一度叩いてから踵を返していった。怒ってしまったかと一瞬思うが、耳が赤くなっているのに気づいた。
ーー照れてるんだ。
ブリジットの意外な一面を垣間見たことで顔を綻ばせる。
甲板の上は風が強く吹き付けるが、シャルティの胸はポカポカと温かった。
「ーーお、そういえばよ。結局学術交流はどうなったんだ?」
「……ん? それはねーー」
カインがふと疑問に思ったことをサージュに訊くと、突如読書をしていたイゼルが会話に闖入してくる。
「なんとなんとなんと! サージュさんの提示した理論が審査員特別奨励賞を受賞したのですよ!」
「審査ーーなんつった?」
「審査員特別奨励賞です! 学術交流において、最も話題性に富み、かつ、今後新たな研究領域・対象として奨励していくという賞です!」
「あ〜、わかる言葉で頼むわ」
「つまりあたしは凄いってこと」
「なんだあ? そんな"動けば腹が減る"みたいな当たり前なこと、今更かよ」
「ふふ、パパならそういうと思った」
イゼルの難解な言葉が理解できないところをサージュに解説してもらうカイン。もう興味が失せた頃、今度は影を潜めて控えていたミニョンたちが会話に入ってくる。
「……本当に聖女様は凄いの。"魔"に関して疑問に思わないことが常識とされているこの世界を、限定的とはいえ"浄化"したのだから」
「あのよ、こう見えて俺はバカなんだよ。もっと分かりやすく頼むぜ」
「つまり〜この世界は何者かによって歪められていて、それをサージュさんが正したんです〜」
「そりゃすげえな!」
本当に驚いたようで刮目するカイン。確かに三百年前と比べ、人から魔法は消え、大気からは魔力が消失している。
他方で、昔は弱者の戦い方であった武技が広く浸透している。
"魔"が緩やかに消えていったのならば話題になるはず。しかしこの時代に飛んできてすぐに歴史書などを読み込んでも、そのような記載はなかった。
ーーということは魔が消えていったことを忘れさせられているのか。
それがカインの予想だった。
魔を消したのが誰なのかはわからない。しかし可能性として考えられるのは王位を簒奪せしめたトライゾンあたりだろう。
なぜ魔を消したのか。
なぜ今の時代になって皇族のアロガンは魔法らしきものを使えたのか。
疑問は依然疑問のままだが、サージュの聖女の力が解決の一助になるかもしれない。
カインはサージュを肩に乗せ、イゼルに問う。
「てことはだ、これから帝国と共和国では"魔"についての研究が進むってことだな」
「ええ! ええ! そうですともそうですとも! 竜の息吹などをどうして科学的に解明しようとしていたのでしょうか!? 魔物は魔法を使うのだから、魔の面から調査研究をすべきだったのに!」
鼻息荒く一気呵成にしゃべりつくしたからか、イゼルは膝を手を当てゼーハーと深呼吸している。
それを横目に大海原に視線を向ける。
今回の旅を通してカインには手がかりのようなものを漠然と感じていた。海底神殿でのこと。さらにはあのセルヴァの文字。
思わず笑みが溢れてしまうほど明るい未来がありそうだ。
そうして船上で揺られること十日ほど。船首は帝国領土でも随一の港町に到着した。
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