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第一話

「ーー以上の経緯より、長年我が国を脅かしていた海竜王が討伐されたことは民の安全が確保されるのみならず、国の更なる発展に寄与するものである。よってーー」


 長々と語られる面白味に欠けた書面の読み上げにカインは欠伸をし、シャルティは緊張したように口を真一文字に引き、サージュは目を擦っている。


 いま、カイン一家は大統領府において海竜王討伐の褒章式典に参加していた。


 どうしてこうなったのかは、海底神殿より脱出した日まで遡る。



『ーーーーおお〜い! 大丈夫ですか〜?』


 海竜王を倒し紺碧の海に揺蕩っていたカインたちの耳朶に、安否を尋ねる声が飛び込んできた。


 声の方に視線を向けると、先鋭形をした帆船がこちらに近づいてくる。だんだんとその影が鮮明に見えてくると、声の主は船首で手を振っている男だとわかる。


「……あ、カウナスさんだ」

「ああ? あのロリコン成金小太り野郎だと?」


 サージュの言葉に眉を寄せる。まさかこんな所で娘を毒牙にかけようとしている男に出会うなんて。せっかく盛り上がっていたところに水を差され不機嫌になるカイン。


 しかしカウナスはそんなこと露知らず、テキパキと縄梯子を下ろし救助する。


 全員が甲板に引き上げられ、毛布を肩から掛けて、温かい飲み物で暖を取る頃になってようやくカウナスに問い詰める。


「……で? なんでこんなとこにいんだよ?」

「それが、ワタクシがパトロンをしているバーント教授が共和国で研究したいことがあるとのことで、先に帝国に帰ろうとしていたところでして」


 カインの言葉に困った顔をするカウナス。命を助けた相手から糾弾されては誰でも困ってしまうというもの。


「パパ、いかなるけーいがあろうとも、助けてもらったのは事実。ちゃんとお礼をいわないと」

「お、おう。ま、引き上げてくれたことは感謝するぜ。だがな! そのいかがわしい視線をサージュちゃんに向けるのはやめろ!」

「し、し、し、してませんよ! そのような視線など!」

「いーや、してるね! だって鼻の下が伸びてるし!」


 サージュに諭され形式的な感謝のみするも、すぐに突っかかるカイン。甲板の上でガヤガヤとしていると、ふと気がついたようにカインがカウナスに指示をする。


「あ、そうだ。この海竜王の死骸だけどよ、ユガまで運んでくれよ」

「はいぃ?」


 これほど大きな魔物をなぜ運ぶのか。そういった疑問をありありと顔に浮かべ怪訝な表情をしているカウナスに答えるように、カインは海竜王を親指で指す。


「いいか? それでこのバケモノを討伐したのは"英雄"カインとその家族、それにA級冒険者パーティー『ブレイド』だと喧伝して回れ」

「なぜそのようなことをーーいや、なるほど」


 カインの言葉で得心がいく。一を聞いて十を知らなければ海運の世界における王などにはなれはしない。


「長年この国を悩ませていた海竜王をカイン殿が討伐したことで、"英雄"に対する評価を好感に向けたいのですね」

「違うけど……?」

「……あっれぇ?」


 キリッと決め顔をしていたのに間違えた。顔を真っ赤に染めるカウナス。


「俺がしてぇのはよ、"俺の家族に手を出すな"ってことを知らしめたいのさ」


 カインの口から出た"家族"という言葉に、ブレイドの面々は目を見開き涙を浮かべる。初めてその言葉を口から吐き出したからだ。


「俺らは海竜王だって倒せる。だから近づいてくんじゃねぇって意味を込めてな」


 カインは優しげな眼差しを娘たちに、そしてブレイドに向ける。


「それに海底神殿での戦いで武器が壊れちまったからな。素材や金が入り用だろ?」

「……ああ、そうさね。これだけの魔物からなら、立派なものができそうだっ」

「ギルドや国からも報奨金がでるが……いいんですかい?」

「わたしたちに名誉だけではなくお金までいただけるなんて……」

「ただでさえ命を救ってもらってるっすからねえ〜」


 カインの粋な計らいに戸惑いの色を浮かべるブレイド。護衛依頼を完璧に果たしたとは言えないから、それだけの報酬を受け取ることに遠慮があるのだろう。


 しかしそんなことカインは気にしない。


「もし貰うことに引け目を感じるならよ、今度美味い酒でも奢ってくれよ」


 ニカッと笑うカインに毒気が抜かれた四人は、静かに首肯する。敵わないと感じたからだ。


「てことだ! それで海竜王の肉は共和国の国民に振舞ってやってくれ」

「……帝国の人間である貴方がそこまでする理由をお聞きしても?」


 唐突な質問に、あ? と首を傾げる。


「このまま魚の餌になるよりもみんなで食べた方が良いじゃねえか! これだけ立派な海竜王の肉だ。焼いても煮込んでも美味いだろうさ」


 腰に手を当てドヤ顔をし、それに、と二の句を継ぐ。


「……腹が膨れりゃ戦争する気も起こらねえしな」

「…………っ」


 ただの豪傑かと思えば、統治者の如き俯瞰と長期的な視点を持っている。そのことに驚きつつも頭を下げるカウナス。


 ーーこれが真なる王の器というものですか。


 カウナスの敬服する人間も負けてはいないが、武力では圧倒的な差がある。


 単騎では無敵。


 王の器に人も集まる。


 ーーこれは強敵ですねえ。


 末恐ろしいものを背中に感じ、身が引き締まるカウナスだった。



 こうしてカインたちは悠然とユガの街に戻ったのだが、歴史的偉業を成したカイン一行は国を揺るがす騒ぎの張本人として良くも悪くも祭り上げられていた。


 その最たるものが大統領からの褒賞授与であり、冒頭に戻る。


「ーーーー以上より、討伐者代表には『名誉勲章』の……」


 二日酔いで具合が悪いカインは、式典を終わらそうと式次第を述べている文官に手を差し出し発言を止める。


「ーーーー長え」

「は? ……え、あの、その」


 会場がどよめきに包まれる中、カインは耳に小指を突っ込んで述べる。


「報奨金は俺とブレイドで分割。牙や鱗といった素材の取捨権はブレイドに。勲章諸々は辞退するから大会議場の屋根の修理を急いでくれ。あと娘のサージュが提示した理論研究を国を挙げて進めてくれーー以上だ」


 言いたいことを述べたカインは娘たちの手を握る。


「ほら、帰るぞーーシャルティ、サージュ」

「え? ちょ、お父様っ?」

「……ん。帰ってお昼寝する」


 踵を返し広間から退場する間際、ともに列席していたブレイドに言い残す。


「あとは任せたぞ」


 そのことが嬉しい銘々。


「「「「はい!」」」」


 どよめきが非難と怒号に変わる頃にはカインたちは帰路を歩いていた。


「まったくもう! じっと待っていられなかったのですか!?」

「無理だ。頭痛え」

「あたしも眠いから帰りたかった」

「ほら!」

「ほらじゃない!!」


 いつものように会話しながら宿に戻る三人。少しだけ違うのは、シャルティが手を離したがらないこと。


 サージュは変わらずとてとてと歩いている。だが公衆の面前にありながらシャルティは手を離さない。そのことが嬉しいカインは口角を上げる。


 つまらない時間を過ごすくらいなら、家族と過ごしたい。


 熱砂と太陽に焼かれつつも、家族の絆は枯れることなく、歩みはしっかりと大地を踏みしめていた。

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