第九話
「わ、私では無理です! ただの海竜にすら傷をつけるのが精一杯なのに、その王だなんて!」
なんとかできるものならしてみたい。しかしそれを為すだけの力はない。託され、期待されても、出来ないものは出来ないのだ。
だからこそ、唯一この状況を打破できるカインに縋ろうと涙目で訴える。だが返ってきたのは辛辣な言葉。
「んなこと当たり前だろうがっ! なに調子乗ってんだ!」
「えぇ〜……」
バッサリと一蹴される。しかも叱られるというおまけ付きで。
「一体なにを見てた。妹はしっかりできることを果たしたぜ。シャルティにもあるはずだーーできることが!」
「……っ」
カインの厳しくも優しい声色。その視線。それで悟る。
ーーいつも一人でなんでもできるサージュがしたこと。それは……
「ーーっ。お父様! 私に剣を貸してください! お母様の剣をっ!」
シャルティの言葉は、考えは、正しかった。カインはニヤリと笑みを浮かべ右手に持っていた慈愛剣をシャルティに投げ渡す。
「よく言った! 抜けっーーシャルティ!」
「はいっ!!」
投げ渡された勢いそのままに、シャルティは柄と鞘を握りしめ一息に引き抜いた。すると、
ーー晴れ渡る大空に虹が顕現した。
四方八方に七色の光を放つそれ。神が鍛造し、グナーデン王国に代々継受されてきた儀礼剣にして神剣。
あらゆる物理法則を無視する破邪の聖剣。
神なる力を抑えていた鞘は綺羅星の如く空に溶けて消えていく。
だがそれだけだ。シャルティがこの慈愛剣を振り下ろそうとも彼の深海の王は倒せない。深手を負わせることはできても倒しきれないだろう。なぜかシャルティにはその確信があった。
だからこそ姉は妹を真似る。
「私だけでは足りません! 助けてください! お父様!」
「ああ、もちろんだ……!」
助けの声に呼ばれるように、シャルティの背後に周りそっと抱きしめるカイン。
「え、ちょっ!? そ、そ、そう言う助け方ではーー」
顔を真っ赤にして狼狽えるシャルティをよそに、右手を被せるようにして柄を握る。
初代国王の血統を継ぐ者のみが扱える剣。
それをカインが継承者の手越しとはいえ握ることは許されない。ゆえに、
「……っく。いつも俺の腰に挿さってるくせに……!」
「お父様! 手がっ!?」
ジュゥっと肉を焼いた音と匂いがする。継承者以外が抜身の剣を握ったことで、剣が拒絶反応を示しているのだ。
このままへし折ってやろうかと考えていると、もう一人の家族が血相抱えて両手をカインの右手に向ける。
「パパ!」
「お? こらぁ回復の……へへ、ありがとよサージュ!」
「ん! あたしせーじょだから!」
鼻の穴を膨らませつつカインの体をよじ登り、背中におぶさる。そして左手で背中の服を掴みながら、右手はカイン・シャルティが握る剣の柄に手を伸ばす。
いま、カイン・シャルティ・サージュの三人家族は一振りの剣を高く掲げる。
「俺がきっかけをつくる。だからシャルティ、この慈愛剣を解放しろ」
「私が……お母様の剣を……」
「ねぇね! 技のなまえも! カッコいいの!」
サージュの子供らしい要望に、ふっ、と顔を綻ばせる二人。
「なに、難しくはねえさ。剣は抜けたんだ。あとはこいつを叩き起こして下の竜を切るだけ」
「はい!」
シャルティの顔はいつものツンデレから一介の騎士の顔になる。それを見届けてからカインは下半身にある生命の根源を犠牲にして魔法を発動。
その全てを慈愛剣ミール・タンドレッサにぶつける!
「俺の可愛い娘が力を求めてんだ! たまには働きやがれっ」
四周に撒き散らしていた虹の光が消え、代わりに剣身が小刻みに鳴動し始める。
瞼を閉じて剣と向き合っている間にも、カインの右手は焼かれ、サージュの回復魔法によって急速に治され、また焼かれ……ということを繰り返している。
鼻腔に突き刺さる不快な匂いは、父が背中を支えてくれている証左。さらにその背中には妹もいてくれる。
近づいている海面には海竜王が顎を開いて待ち構え、そのさらに下方には憧れの冒険者たち、妹を守護する騎士たちがそれぞれ己のできることを果たし、落下している。
状況だけ見れば最悪だ。せっかく海底神殿より脱出できた喜びも束の間。さらなる脅威が迫っている。
だがカインに抱きしめられているからか、それともこれまでの経験によるものか。
動揺も不安もあれど、恐怖はなかった。
むしろ落下による風で髪が崩れているのを、カインに見られたくないという年頃の可愛い悩みが気になるほど。
だからこそ、脅威は排除せねばならない。
ーーもっとみんなと、お父様と一緒にいたい!
恨みでも恐れでもなく、ただ一念、家族との時間を望む。
それはまさしく慈愛剣の存在理由に合致するものだった。
「まだまだやりたいことも行きたいとこもいっぱいあるんです! 邪魔しないでください!」
シャルティの純粋な願いに応じ、光を消していた剣先から雲を貫く虹色の光が溢れる。
それはまるで虹色に光る一条の流れ星。
「……やあっと起きやがったか。いくぜシャルティ、サージュ!」
「はい!」
「ん! なんだかスッゴイ剣でスッゴイのする!」
三人がそれぞれ息を吸い込み、右腕に力を込める。もう海竜王は目の前だ。
「これで最後だ! 叫べーー」
天を突き刺していた虹の剣が世界を分とうと振り下ろされた!
「ーーーー絆虹一家斬!!」
「栄光の一撃……!」
「みんなでずっばぁぁぁぁぁん!!」
なぜか三人とも技名を叫び、そしてどれも一致しないまま虹剣は世界を両断する。
「「「…………ん???」」」
なんだかしっくりいかない様子の三人。
しかし眼下では物の見事に海竜王は真っ二つにされ、さらには紺碧に輝く大海原までもが切り裂かれている。
水平線の彼方から海底まで一様に切り裂かれたことで、海が戻る際には大きな波と轟音を伴う。
海竜王は断末魔すら上げずに海面にその分たれた身を投げる。その莫大な水飛沫に着水するカイン一行。
「だはあぁぁぁ! 人生なんとかなるもんだな!」
「これが……お父様が"キャニオン"を作った力……」
「あうぅ、あたしちかれた……」
各々、危機が去った実感を覚えながら大海で揺蕩っていると、ブレイドとミニョンたちも無事だったようで近づいてくる。
「やればできる子だったね! お姉さんの思ったとおりだ!」
「まさか海を分つとは……。暫くはこの話題で持ちきりだな」
「……ううう、わたくし気を失っていたので見てませんの……」
「え〜、マジっすか!? もう神話の再来っすよ! もったいないな〜」
ブレイドたちはそれぞれ盛り上がる。
「やはりまだ聖女様は力を使いこなせていないの。要訓練なの」
「え、訓練とかの問題です〜?」
ミニョンたちはこれからのサージュについて語り合う。
「というかお父様? なんだか機嫌が良さそうなのはどうしてですか?」
「確かにそれは我も感じていた」
「あ、それはわたくしもですわ! ピラミッドから帰ってきてから嬉しそうですわよね」
「……マジか。気づかなかったっす」
みなの指摘を受けて初めて顔がニヤけていることに気づいた。
「たぶんーーってぇ!?」
そう言おうとして、ゴンっとカインの頭になにかがぶつかる。球体のそれ。カインの頭頂部で一度バウンドしてからサージュがキャッチする。
「う? なにこれ……?」
海を内包しているのかと錯覚するほど澄んだ青色の真球。
ーー宝玉であった。
それを視認したカインは笑みを深める。
「人生捨てたもんじゃねえから嬉しいのかもな!」
「「「……?」」」
みなが頭を捻っていると、安否を尋ねる声が聞こえてくる。
『ーーーーおお〜い! 大丈夫ですか〜?』
声の出所は大きな帆船だった。思いがけない救助に皆の顔に安堵の色が滲む。
「な? 世の中なんとかなるもんだろ? それじゃあ帰るとしますか!」
カインの声は明るかった。
それは無事に生き残ったから。家族と再会したから。教え子の成長を見られたから。他にも理由はあるが、一つの言葉がカインの脳裏を埋めていた。
海底神殿の石棺の中に刻まれていた言葉。
『何処かの未来で会いましょうーー兄貴』
いつか……ではなく、何処か。
頭の悪い弟のことだからただの間違いかもしれないが、本当にまた会えるかもしれない。
あの骨はセルヴァのものではない確信がある。
であればアンジュも、はたまたエカテリーナとも会えるかもしれない。
新たな可能性を見出したことでカインは嬉しくなっていたのだ。
こうして長い遺跡調査を終えた一行は、ユガの町に戻る。
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