2
カインが道を歩けばよく声を掛けられる。
南部戦役のみならず、帝国の英雄として認知されているカインの姿を認めた民衆は、時に声援を、時に握手を、時にはサインを貰おうと殺到する――時もある。
そういった事態でも決して民衆を蔑ろにすることはなく、一人ずつ丁寧に対応することを心掛けているカイン。
なぜなら――罪なき民に恩を売ることで、カインが有名になることで、いつか誰かがどんな些細なことであっても、娘たちを助けてくれるかもしれないから。
もちろん有名税という言葉のように不利益を被ることもあるが、決してこの行いは無駄ではないはず。ゆえにカインは声を掛けられたら笑顔で対応するのだ。
今日に限ってはスケベな顔をしていたためか、誰にも声を掛けられることなく目的地に着いてしまったが……。
「おーい! キュイソンの婆さんやーい……! 屋根を直しに来たぞー!」
帝都の北にある、これまた馴染みの店が依頼者の家屋兼店舗だった。
「――ああん? 若造が何の用だい?」
カインの呼びかけに応じ店の奥から出てきたのは、皺が顔中に刻まれた老婆――キュイソンだった。
魔女を自称し、人族ながら百歳を優に超えており、誰も彼女の年齢を知らない。そんな「生きた辞書」こと、妖しい老婆が営む怪しげな魔導薬店。
「だから屋根の修理だって。冒険者ギルドに依頼出してただろ? ほらこれ」
そう言ってカインは依頼書をキュイソンに見せる。
「ああ、そういえばそんなものも出してたっけねぇ。で、今頃カインの坊やが来たのかい」
「遅くなって悪かったよ。すぐに直すからさ」
「――まあまあ、その前にお茶でもしていきな。屋根は逃げないさね」
そう。この老婆は何かにつけて人を呼ぶ。
年だから、という理由で買い出しに行かせたり、今回のように屋根の補修など。
そして毎回、お茶をすすめて長話。その日に依頼が達成できずまた次回。そしてまたお茶を飲んでお話に興じる。その繰り返しなのだ。
寂しいのか暇なのか、老婆はおしゃべり相手を望んでいる。
他の者ならさっさと依頼をこなすのだろうが、カインは違う。人との繋がりを重んじるカインは、キュイソンとしっかり会話に応じる。
「……ったく、少しだけだぜ?」
頭の後ろを搔きながら、しかし顔には笑みを浮かべつつ、キュイソンの案内に従って居間に入っていく。
儲けの少ない仕事でも、カインはしっかり依頼者と向き合う。
――人は石垣、人は城。国は人がいて初めて国である。故に人を大事にすべし。
それが〝彼女〟から教わったことだから。
だからカインは真摯に〝人〟と向き合うのだ。
それが娘のためになると信じて。
お読みいただき、ありがとうございます!
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。
よろしくお願いします!!