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第三話

「ーーーー覚えてるか? 初めて出会った時も、お互いこんな濡れ鼠だったんだぜ……サージュ」


 その声は誰もが待ち望んだ声。


 その姿も誰もが待ち望んだ姿。


 ピチャンピチャンとゆっくり歩いて近づいてくる英雄に、シャルティは、サージュは、ブレイドは、二人の騎士は、心からの安堵で深いため息を放つ。


 シャルティは涙以外にも鼻を垂らし、その胸に抱かれているサージュは土気色の顔をしながらもぎこちない笑みで再会を寿ぐ。


「……パパ、会いたかった……っ」

「ーーああ、俺もだ!」


 幼い娘の奮闘を陰ながら応援していたカインは、労わるように、愛を確かめるように、サージュの頭をワシワシと撫でる。


 次いでシャルティの頬に指を当て、涙を拭う。


「今は休め。俺がいる」

「……はい」

「んみゅ……」


 カインの言葉で糸が切れたように意識を失う二人。娘たちを抱えて他の面子にも声をかける。


「よくぞ俺の娘たちのために……いや違えな。ーー立派になったなお前ら」


 娘のためにありがとう、と述べようとしたが改める。それはブレイドが欲しい言葉ではないからだ。


「お姉さんらはなにもしてないよ……結局シャルティとサージュちゃん、ミニョンとアドラーが一番の功労者さ」

「……うむ。我らはただ勝手に盛り上がって敗北したのみ」

「武器も失い、カインさまが贈ってくださった水晶も消えましたわ……」

「怪我は治っても寿命は減ったままっす。これで帝国最強なんて口が裂けてもいえないっすよ」


 それぞれが自虐的な笑みを浮かべ目線を下に向けている。言葉の選択を間違えたのかもしれない……。


 だからこそカインは脚色なしの本音を伝える。


「お前らが色んなものを失ったとしても、俺の思いは変わらねえ」


 二人の愛する娘を抱いてその場を後にするべく足を動かす。視線どころか顔さえ向けずに声だけ投げる。


 ーー脇目も振らず俺の背中だけ見てやがれ。


「それでもまだ落ち込んでんのなら、次頑張りゃいいんだよ。命さえあれば負けじゃねえ。いいか、お前ら?」


 立ち止まり、少しだけ顔を横に向ける。


「ーー深くしゃがまねぇと高くは飛べねぇんだ。覚えとけ」


 四人が息を呑むのが背中越しに伝わってくる。それを感じながらミニョンとアドラーに視線を投げる。


「お前らもありがとな」

「……っ。だ、大丈夫なの。あ、いや、騎士団として当然なの」

「……み、右に同じです〜」


 冷や汗をかき、顔を青ざめて首肯する二人。よくわからない力を使った反動なのだろうか。


 ーー俺を恐れてる感じがするが、まあいいか。


 敵意がないのなら問題ないと判断し、来た道を戻る。後ろをブレイド、ミニョンとアドラーが続く。


 探索と戦闘、疲労と安堵という乱高下する状況に翻弄された面々は口数少なく、というより無言で足を進めていく。


 そうしてピラミッドが聳える広場まで戻ると同時に、ドゴッと轟音を伴ってイシュバーンが塞いだ天井の穴が再び開く。


 絶え間なく流れ込んでくる海水を借景にして、高台で休息を取る一行。胡座を組んだカインの右腿にはシャルティの、左腿にはサージュの頭を乗せてご満悦の様子。


「今はお前らも休んどけ。ここらには魔物もでねえだろーー知らんが」


 カインの慮った言葉に嬉しそうな顔をするも一瞬。すぐに凛々しい顔に戻るブレイド。


「ありがたいお言葉だけどね、お姉さんらはこれからについて話し合わなきゃならないんだ」

「そっすよ! カインさんが来てくれても、ここが難攻不落の海底神殿であることは変わりないんすから!」


 イシュバーンとレティはそれぞれの持ち物を確認している。


「思いの外食糧には余裕があるが、問題は水か……」

「海水を沸かして蒸留しましょうか?」

「設備がないだろうが……」

「ですわよね〜」


 少し離れたところではミニョンとアドラーも話し込んでいる。


「……力が使えなくなったのは聖女様が未熟だからなの?」

「どうなんでしょうね〜。なにせ三百年ぶりの聖女様なので〜」

「まいったなの。もし制限付きの力であるならば、ミニョンたちの動きも変わってくるの」

「ですね〜。騎士団の面子では巡礼を果たせない可能性すら出てきましたよ……」


 それぞれの会話を右から左へ聞き流しながら、膝に乗せた娘たちの髪を優しく指で梳くカイン。


 ついこの間まで竜を見ただけで震えていたシャルティは勇敢に戦い、物事を良くも悪くも俯瞰的に見すぎていたサージュは感情を爆発させた。


 ーー可愛い子には旅をさせろってのは本当なのかもな。


 愛する娘たちの成長を感じられて自然とニヤけてしまう。嬉しくて仕方ないのだ。


 シャルティとサージュが涎を垂らしズボンが濡れ、それが冷たく感じてきた頃。ふと思い出したことを口に出す。


「ーーあ、そういえばよ。お前らに渡した水晶、別に寿命なんて削らねえぞ?」


 カインの言葉はブレイドの話し合いを止めるだけの威力があった。


「「「「…………は…………????」」」」


 目をひん剥きバッとカインに振り向く四人。その姿が妙に不気味だった。


「……ん? 聞き間違えたかな? 寿命がなんとか、と」

「カインさま、仰ってましたわよね? "お前らにこれを託す。俺の力を込めた水晶だ。命と引き換えに絶大な力を宿すことができる。ま、所謂切り札だな、無闇矢鱈と使うなよ"と?」


 スラスラと暗唱するレティの瞳は暗く濁っていて怖い。


「お、おお? そんな一言一句まで覚えちゃいねえが?」

「カイン殿……?」


 ブリジットの瞳が痛い。


「いや、言ったような気もしなくはない……かな……」

「まあ、あの時は修行を終えて別れる時だったすからね。酒も飲んでたし」


 ドイルの言葉に、それだ! と指を指す。


「たぶん酔った勢いで適当なこといったんだよ。カッコつけたかったんだろ!」

「……まったく、お姉さんらの覚悟はなんだったんだい。あと人を指差さない」

「はい……ごめんなさい」


 ブリジットにピシャリと一喝されてシュンとなる。その掛け合いでシャルティとサージュが目を覚ます。

お読みいただき、ありがとうございます!


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