第二話
遺跡に入ってウロウロしながらも、大した時間をかけることなく最深部へと到達したカイン。
殺風景な部屋を腕を組んで見渡す。
「ーーコチョウの嬢ちゃん曰く転移で跳ばしたらしいが……」
石でできた大きな祭壇のようなものしかない部屋で首を傾げる。
転移なんて個人でできるものではない。そもそも現代の人間には魔法は使えない。
となれば魔石を使ったとしか考えられない。
ーー武技か遺跡のトラップか?
一見なにもないように見えるこの部屋がなんとなく怪しいと感じる。ゆえにコンコンと壁を叩いたりしてグルグルと回る。
すると横たわる石の裏に文字が刻まれているのを発見する。
「……お? 懐かしいなあ! 昔カーチャに教わった言葉じゃねえか。ん? でもなんでこんなとこに古王国の言葉が刻まれてんだ?」
むむむぅ、と唸りながら文字を読もうと頑張るカイン。
真面目に学んだ訳ではないからよく覚えてなかったのだ。
「えぇと……"シェリ"は"人"だろ? "モン"ってことは男の……違え。女性名詞だ。てことは"モンシェリ"で"愛する人"になって……? んん? こらぁ男から女への言葉か」
そうして解読ーーというよりも思い出しーーを終えたカインが刻まれた文字を音読する。
「ーー"ディゾーレ・モンシェリ……?」
すると文字が光り、部屋が揺れる。
しかしそれだけ。
拍子抜けしたカインは眉間に皺を寄せる。
「んだよ! 期待させやがって!」
ガンッ、と怒りを込めて石を蹴りつける。力が強すぎたのか、石が台より外れてズレてしまう。
「あ、やっべ!? 遺跡壊しちゃダメっていわれてんのに……ん?」
すぐに直そうと石を触ると、底と面していた床に同じような文字が刻まれているのを見つける。足で埃などを払ってよく見てみると、
「……ふっ、いくらなんでもこの文字は忘れねぇよ」
瞳を閉じる。
それは昔、僅かな時を、しかし煌めいていた日々をともに過ごした可愛い弟分の名前だった。
『ーーへっへっへ。今日は自分の名前を書けるようになったぜ! ほらっ、どうだ!』
『うおおぉぉ! スッゲー! 強いのに頭まで鍛えるなんてカッコ良すぎますよ、カインの兄貴!』
『ふっふっふ。まあチミも賢くならないとな。聖女を口説き落とすんだろ?』
『はい! 兄貴みたいにカッコいい男になってアンジュを惚れさせるんです! するとあのおっぱいを……ぐへへ』
『お主も悪よのお……ぐへへ』
『ーーあ、そういえばこれ俺の名前なんですよ! 上手く書けてません?』
『……え、なんでお前まで文字書けるの?』
『聖女様からマンツーマンで教わってるんす!』
『こんの裏切り者ぉぉ!?』
『ぎゃー! いいじゃないですか! 兄貴だってお姫様のおっぱい見て勉強してるんだし〜!』
瞼の裏に浮かぶは懐かしい記憶。
瞳を開けて、刻まれし名を呼ぶ。
「なあ? 聖女の守護騎士ーーセルヴァ」
その言葉で全てが揃った。
文字が、部屋が、遺跡が光り、転移陣が発動する。
「お? これで海底神殿とやらに行けるのか? ほんと今日の俺はツイてるなあ!」
一際強い光が瞬いたのち、カインの姿は遺跡から消え失せた。
ーー偶然か必然か。こうしてカインは深海にいる娘たちの元へ向かう。
目を開けるとそこは……質素でありながら上質なことが一目でわかる調度品に溢れた部屋だった。
埃ひとつなく、先ほどまで人がいたような感覚さえ覚えるほど清潔な部屋。
机の上に置かれた一冊の書籍。それを手に取りパラパラと捲ると、この部屋の主人が誰か判り、眦を下げる。
「セルヴァの名前が刻まれてたからもしやとは思ったが……やっぱりアンタの部屋かーーアンジュ」
書籍に書き込まれた一文。そこを指でなぞる。
『慈愛こそパワー!』
「優しいくせして妙なところは脳筋だったなあ。しっかしそうか。あれから三百年……俺の知ってるやつはみんな死んじまってるよな」
エカテリーナや弟分、聖女などともに過ごした友人・知人たちは軒並み土に還っている。そのことが少し、胸に去来し寂寥感に苛まれる。
「……落ち着いたらヴァヴァンのとこに行くか。シャルティ以外にあの龍だけだもんな、昔を知ってるのは」
ちょっとセンチメンタルになったカインは、一冊の本を手に取り部屋を出る。
すると眼前にはーー高く聳えるピラミッドが現れた。
「……いやいや神殿内にピラミッドて……アンジュの趣味じゃねえよな。セルヴァか? あいつ田舎生まれでミーハーだったしなあ」
このふざけた建築物について推測していると、ピラミッドの麓に大きな穴が空いていることに気づく。
ーー頂上も気になるが、あれは後にしてもいいだろう。
導かれるようにして穴に入っていくカイン。
「忘れたハンカチを♪ ちゃんちゃんちゃん」
鼻歌を歌いながら緩やかな下り坂を歩いていく。
「渡しに来〜た〜よ♪ ちゃんちゃんちゃん」
踝まで浸かった海水が冷たいのもあって歌って暖まることにする。
「私はあなたのお父さん〜ですよ〜ららら〜♪」
そうしてのんびり歩いていると、荒げた声と干戈の音が耳朶を叩いた。
『偽典ーー蒼炎槍…………『一天衝』ォォォォォォ!!!!』
『GYUOOOOOOOッ!!!!!!』
『ぐわあぁぁぁぁぁッッ』
『きゃあぁぁぁ……っ!』
穴からそぉっと様子を伺うと、海竜と戦う娘たちとブレイドの姿を認める。
「シャルちゃん! ああ!? 助けてあげたい! でもブレイドもいるしなあ……てか娘に吠えてんじゃねえよトカゲがっ」
娘が勇敢に戦う姿に胸を打たれるが、傷を増やしていく光景にだんだんと苛立ってくる。
するとブレイドの四人が水晶を割り、力の奔流を解放させる。
『『『『…………『四覇臣凱』』』』』
命をかけた最後の技を繰り広げようとしているのを見てカインはハンカチで涙を拭う。
「あいつら……立派になりやがってっ! でも"命をかける"ってなにそれ知らないんだけど……」
あれはカインの魔力と"威圧"を込めただけのプレゼント。切り札として渡した記憶はあれど、命なんて代償はない。
頭にハテナを浮かべながら事の推移を注視していると、海竜の魔法によって沈められてしまった。
そろそろ助けにいこうかとウズウズしていると、今度はサージュから光が溢れだす。
「おいおい、サージュちゃんまでなんか覚醒しちゃったんですけど? パパついていけないわ」
光が収まると、先ほど転移した部屋の主人と見間違うほどそっくりな姿になったサージュが現れる。
カインが目を見開き、口をポカンと開けている間に、みんなを癒し、ミニョンとアドラーは騎士として海竜を圧倒する。
「なんかよくわかんねえけど俺の出番はなさそうーーん?」
ピラミッドの頂上でも登ろうかな、と考え踵を返そうした瞬間、新たに十体の海竜が出現する!
サージュは倒れ、ミニョンとアドラーも力を失う。
絶体絶命の危機が家族と教え子たちを襲ったことでカインは何も考えずに腰に佩いた直剣を抜きさり斬撃を飛ばす。
海竜の遺骸が派手に倒れることで空間には霧雨が降る。
ーーデジャビュだな。
その正体は初めてサージュを見つけ、拾い、抱きしめた状況とそっくりだった。
ーーもう八年も前になるのか。
懐かしさと娘たちと会えた喜びで口角を緩めながら、歩を進める。
「ーーーー覚えてるか? 初めて出会った時も、お互いこんな濡れ鼠だったんだぜ……サージュ」
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