第一話
第六章『その家族、大海を断つ』始まります!
よろしくお願いします!
ーー時は遡る。
コチョウの誘導によって疑念が生まれたカインは、宿へハンカチを取りに戻り、中央オアシスの遺跡に向かっていた。
今は湖畔で釣りをしていた爺に船頭を頼み、オアシスを越えているところ。
「ーーにしても珍しい人もいるもんだなぁ。あすこの遺跡はなあんもないんだで?」
「ないならないでいいさ。ちっと気になることがあるもんでな」
「ほんだかぁ。兄ちゃんが許可書ぉもっとるだで、運ぶんだかぁな?」
「おう! ありがとよ爺さん」
ギコギコと爺の動かす櫂が音を鳴らす。
「そういえばよ、ここいらの景気はどうだい? 戦争が終わって八年経つが」
小舟の中でリラックスした様子のカインが爺に問う。興味本位の質問であり、時間つぶしの軽い雑談のつもりで。
「景気ぃ? まあたすかに戦争が終わっでカネは回るけんども、心の方はどうにもなぁ……」
「……知った顔でも亡くしたのか?」
「孫を、なぁ」
遠い目をした呟きに、カインはかける言葉がなかった。
「知ってるがぁ? いまぁ、この国にカインっぢゅう男がきとるでよ」
「……まあ、名前はよく知ってるな」
「みぃんな殺気だっでよ、ピリピリしとる」
「だろうなあ」
頭をぽりぽりとかいて、空を見上げる。下りはじめた夜の帳が憎たらしいほど透き通っており、カインは目を眇める。
戦役で一番命を奪ったのは間違いなくカインだ。おそらく眼前の爺の孫を殺めたのも己だろう。それがこうして同じ舟に乗っている。
呉越同舟とはまさにこのこと。
ーー奇妙な縁もあるもんだ。
話の展開としては、これからカインへの恨みつらみが始まるのだろうと予想していると、思いもよらない台詞が爺から紡がれる。
「みぃんな、"カインを許すな"や"帝国に攻め入れ"ぢゅって血気盛んだでよ。だけんど、おらぁ思うで」
「ーーん?」
「……おらぁたちだっであちらさんを殺めたんだで。孫は下っ端だっだけんども、あちらさんの下っ端さんを害してないとはいえん。どっぢもどっぢだぁ」
「ま、それが戦争だからな」
「んだぁ。どっぢが正しいとかそんなんないでよ。みぃんな傷つけ合っで、みぃんな失っだ」
ギィコギィコと櫂を漕ぐ爺。遺跡がある小島はもうすぐだ。
カインは首を回し、努めて優しい口調で告げる。
「……そうだ。だから生き残ったものたちは、散っていったものたちを忘れちゃならねぇのさ。失ったものばかりでも、失っちゃならねぇものもある」
「なんだが小難しいこどいうなぁ、兄ちゃん」
小舟の中で立ち上がる。もうここまでで十分。あとは飛んで行ける距離。
舟の淵に片足を乗せて、爺に伝える。
「大切な人を覚えてる限り、その人は生き続けてるってことよ。ともに語り、ともに過ごしたことを胸の中で糧として、人は生き続ける。あんたの孫はどういう人だったんだい?」
「……臆病で体が弱い子だっだ。だけんども人一倍愛国心があっで、弱い人の味方ができる優しい子よぉ」
「そうか。ならそいつはあの世でも誰かを助けてると思うぜ」
「あの世ぉ? 死んだら神に召されて魂は浄化されるんだで?」
「俺の生まれた国では、人は死んだらみんな神や仏になって子孫を見守るのさ」
天からな、と空を指差す。
「ほんだかぁ……! そだっだらええなぁ」
「自慢の孫だったんだろ? なら忘れちゃならねえ。それが"失っちゃならねえもの"だと、俺は思うぜ」
「んだ!」
ふっと口角を上げて、舟から飛び降りるカイン。一足飛びで小島に着地し、感謝を告げる。
「ありがとよ爺さん! 帰りは自分でなんとかするから、ここまででいいや。気をつけてな!」
「おぉ、そうがぁ! 兄ちゃんごそ、気をつけるんだで〜」
そうして舟を回そうとして、ふと爺は疑問を口にする。
「そうだば兄ちゃん、名前はなんていうんだぁ?」
「ーー俺ぁカイン! 奇妙な縁もあるよな! じゃ、ありがとうっ」
後ろ手に右手を振りながら答えた名に、爺は目を見開く。小島に消えていった男の背中を見送りながら独りごちる。
「カインって、あのカインだかぁ? あれが孫を……っ」
孫の宿敵をタダで舟に乗せ、和気藹々と話したことを恥じ、顔を赤らめるがそれも一瞬だけ。すぐにいつもの眠たげな顔に戻る。
「いんや、孫だっで敵さんを倒したんだで。その人に家族だっでいたはず。どっぢもどっぢだぁ」
そうして再び櫂を漕ぎ出す爺。
「……しっかし今のがカインかぁ。確かに"犯罪者"っぢゅうより"英雄"の方がしっぐりくる男だで。嫌いになれんとこがまたムカつくけんどのぉ」
もう少しで陽は完全に沈み、夜の帳が下りてくる。闇に包まれる前に戻ろうと櫂を大きく漕ぐ。
「孫への土産話が増えだなぁ」
老い先短い人生。このまま無為に時間を過ごして死ぬものと思っていた。
しかし孫の怨敵に諭されてしまった。
ーー死後に孫に会えるかもしれないと。
ーー忘れなければ胸の中で生きているのだと。
爺は孫と過ごした日々を思い出し、歯抜けになった口を開けて笑みを浮かべる。
今日はいい夢が見れそうだ。
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