第十話
これにて第五章は終わりです。
またお時間をいただいたのち、第六章『その家族、大海を断つ』を投稿していきます。
よろしくお願いします!
跪き、首を垂れ、黒い剣の柄をサージュに差し出すミニョンとアドラー。
「これまでの非礼を詫びるの。そして許されるのなら、聖女様をお守りする"騎士"に任じてほしいの」
「さすれば聖女様の巡礼を完遂するための力が、貴方様のものとなります〜」
二人の言葉を受けて、いや受ける前から、サージュは何をすべきなのか理解してしている。
だが、サージュは理解よりも感情を優先した。
まずはミニョンの差し出した柄を握り、剣身を彼女の肩に乗せる。
「ーー汝をあたしの騎士とする。その愛、その威を持って"家族"を救って」
「……っ、仰せのままになの」
サージュが騎士として認めることは、すなわち神が認めたことと同義。どこからともなく煌めく星が降り注ぎ、ミニョンを祝福する。
伝承とは異なる宣旨が下り一瞬戸惑うも、一段と頭を下げて拝命する。
次にアドラーの剣も同様に肩に乗せる。
「ーー汝もあたしの騎士。みんなを助けて」
「謹んでお受けいたします〜」
ただ剣を肩に乗せただけ。
しかし聖女が己を守護する騎士に任じたことで、神の力の一端が行使できるようになる。
「……アドラー。ミニョンは少し時間がかかるの。任せたなの」
「了解です〜」
それだけで己に宿った力を理解する。
立ち上がり、足を引いて反転。苛立った様子の海竜に向き直る。サージュに捧げた黒剣を両手で握り、顔の前で掲げる。
口から吐き出すは神への、そして聖女への宣誓だ。
「ーー穢れなき慈愛の騎士団・第七階梯パワー、アドラーが誓います〜。己が足で奇跡をなすことを〜」
気の抜けた言葉ではあるものの、詠唱によって黒剣はみるみる形を変えアドラーの足に纏わりつく。
「聖技解放ーーーー〈破邪の蹴具〉」
それは闇を凝縮したかと錯覚するほど黒い、脚先から膝までを覆う甲冑であった。
神の力を宿したからか、双眸にはサージュと同様に星が瞬いている。
「せいやっ……と!」
腰を落とした次の瞬間には、アドラーは漆黒の流星となって海竜の胴体に飛び蹴りをかましていた。
「GYUGOOO……ヅヅ!!??」
鱗が硬いことは百も承知。であれば"衝撃派"を体内に響かせれば良い。ついさっきまで何度も目にしてきた。それを再現するだけの力も今はある。
ーーまさかイシュバーンさんが参考になるなんて。この出会いすら運命なんですかね〜。
海竜の胴体が波紋状に凹む。鋼鉄よりも硬い鱗を貫通するだけの突破力はまだない。しかしいずれはそれすらも可能になる手応えがある。
ーーこれが神の力。これが聖女を守護する騎士の力ですか〜。僕でこれなら、ミニョンさんは一体どれほどなんでしょうね〜。
蹴り込んだ反作用すら海竜に叩き込むアドラー。膝を曲げ、一度距離を取るものの再度飛び蹴りをかます。
なんの気も衒わない純粋な蹴り技の連続。しかしそれだけで着実に海竜の体力を奪っていく。
ーーこのままいけば僕だけで倒せそうですけど、ミニョンさんの力も見てみたいですしね〜。
S級の魔物すらも圧倒できることに油断していたのだろう。
突如飛来する水の刃がアドラーを襲う!
「うおっと〜!? 腐っても竜ですか〜。魔法の精度も威力も桁違いですね〜」
キィンッと、半月状の水刃をソルレットで弾き飛ばす。
イタチの最後っ屁か、はたまたアドラーを強敵と認め"戦闘"を始めたのか。
いずれにしても、海竜はその巨体を用いた強襲から魔法を主とした攻撃に切り替える。
「GYAAAAAOOOOOO!!!!」
「うわッ、ちょッ、まッ、多いですって〜ッ」
水弾、水槍、水刃。
ありとあらゆる水属性魔法がアドラーに注がれる。それを躱し、蹴り飛ばして対処していく。
怒涛の如き猛襲を潜り抜けた先には……、
「"咆哮"……ですか。それも本気と書いてマジと呼ぶやつじゃないですか〜」
顎に蓄えられしエネルギーの塊が待ち構えていた。
流石のアドラーも冷や汗をかく。
どうしたものかと考えていると、背後より心強い声が聞こえてくる。
「……アドラー、待たせたなの。あとはミニョンに任せるの」
「じゃ、お願いします〜」
振り向きはしない。背中に感じる熱で十分だ。素早く傍に後退する。海竜とミニョンが一直線に並ぶ。
ーーそこには天使がいた。
「……穢れなき慈愛の騎士団・第二階梯セラフ、ミニョンが誓うの。神なる炎で奇跡をなすことを」
それは太陽だった。
日輪を背負い、白炎の翼を広げ、無表情のミニョン。
すでに足元の海水は蒸発している。空気中の水分も加速度的に消え失せていく。
「聖技解放ーーーー〈裁きの天炎〉」
手には書物を抱えている。黒剣が本の形となったのだ。
一度本の表紙を撫で、海竜を仕留める言の葉を告げる。
「……『聖炎剣の墓標』」
言葉とともにミニョンの頭上に千の、いや万の白炎でできた直剣が出現する。その全ての切先が海竜の命を狙う。
「聖女様の誕生を祝福する贄となるの」
右手を軽く掲げ、前に振る。それだけで万の炎剣は海竜に向かって怒濤の勢いで降り注ぐ。
もはやそれは流星群だった。
「GYURAAAAARARARARA……ッッッ!!??」
ハリネズミと見間違うほど全身を炎剣に包まれる。断末魔を上げ炎上しながらその身を横たえる海竜。
鱗を焼き、身を焦がし、骨を溶かしてもなお業火は消えぬ。
「これは裁きの炎。魂さえも燃え尽くすの。神の力によって滅ぼされることを光栄に思うの」
青白い空間がミニョンの炎によって明るく照らされる。
九死に一生を得た一行は、それぞれサージュのもとに集い笑みを浮かべて抱き合う。
「サージュ! あんた凄いじゃない! なによその力!」
「んみゅ。あたし聖女でした、えへん!」
シャルティがサージュの体をペタペタと触りながら問う。
「ははッ、まさか一番若いサージュちゃんに助けられるなんてねぇ。さすがはカイン殿の娘ってことかい。お姉さんたちの面目丸潰れだよ、まったく」
「英雄の娘もまた英雄、か」
「聖女なんて眉唾でしたけど、本当にいるのですわね〜」
「俺の捻れた腕も治ってるんすよ。マジ感謝っす」
ブレイドも武器は壊れたままだが、怪我や疲労がさっぱり消え爽やかな顔でサージュを褒める。
そうしてピラミッドがある広場まで戻ろうとすると、岩壁を貫いて新たなる海竜が出現する!
「「「「「「「「「「JURARARARA!!!!」」」」」」」」」」
「「「ーーーーっ!?」」」
その数十体。
神の力を持ってして滅殺せし海竜と同等の成体が十体、空間に闖入してくる。
目を見開き狼狽える一行だが、ミニョンとアドラーが庇うように前に出る。
「……安心するの。海のトカゲ風情に聖女様を穢させないの!」
「力も馴染んできましたしね〜。僕たちが抑えるのでその隙に広場まで戻ってください〜」
そう告げて、ミニョンは白炎の翼を広げ、アドラーは蹴具の踵を鳴らす。
そして眼前の敵を屠ろうと意気込んだ瞬間ーー、
「ーーえ?」
「あれ〜?」
炎は消え、蹴具も溶け、二人の傍に黒剣が横たわる。
ドサッ、と音がする。
振り返るとそこには顔面蒼白のサージュが倒れ、シャルティに抱き抱えられているではないか。
「……まさか……時間切れとか、そんな感じです〜?」
「確かにこれほどの力をノーリスクで振るえるのは問題なの」
「いやいや、この状況こそが問題ですって〜!」
再び絶体絶命の危機に陥る一行。
二十の海竜の瞳に狙われ動くことすらできない。
すわ万事休すか、と皆が死を覚悟し身を固める。
まさにその時ーー、
「「「「「ーーGZYAGYAGYAJURAAAAA!!」」」」」
その場にいた十体の海竜全てが切り刻まれた!
海竜が海水を纏っていたことと、岩壁の外が深海であることも相まって、空間には大量の海水が流入していた。
そのような中で絶命した海竜が次々に伏していき、波が起き、雫が散り、霧雨が降る。
サアァッと極小の海水が降り注ぐ中、一人の声が空間に響き渡る。
「ーーーー覚えてるか? 初めて出会った時も、お互いこんな濡れ鼠だったんだぜ……サージュ」
海水に濡れたことで前髪が垂れている。それを煩わしそうにかきあげながら男は歩いてくる。
白い直剣を肩に担ぎ、不敵な笑みを携えたその男。
皆の顔に血が巡る。安堵し、眦も下がる。
「……パパ、会いたかった……っ」
シャルティの腕の中からサージュが苦しそうに、しかし心底嬉しそうにか細く呟く。
そしてその声は確かに届いた。
「ーーああ、俺もだ!」
満を辞して真なる英雄が姿を現した!
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