第八話
「ーーーー『衝撃楯突』ォォォォォッ」
「『導きの風』……!」
遺跡の一部を壊し、その瓦礫を天井の穴に向けて吹き飛ばすイシュバーン。さらにレティが風による補正をかけることでそれは狙い通り命中し、穴を塞ぐことに成功する。
海水が流れ込まなくなり、ピラミッドの周囲を堀のようにしていた荒波は徐々にその量を減らしていく。
そして脛ほどの深さまで海水が引いた後にはーー、
「……ピラミッドの下に穴がある……!」
サージュの指摘の通り、人が縦に三人ほど入りそうな巨大な穴が出現する。
「いいかい? 最優先すべきは転移陣だ。転移陣がなく、それでいて海竜がいたならば即座に退却するからね」
「「「ーー了解!」」」
堀に降りた一行は、ブリジットから改めて目的の再確認を受ける。
そうして慎重に穴の中に踏み込んでいく。
パシャパシャと音を鳴らしながら進んでいく。道は下り坂になっている。こけないよう注意しながら歩くこと数分。
ピラミッドが聳え立っていた空間と同程度の開けた場所に出る。
ここはもはや海底神殿の領域ではないのだろう。
剥き出しの岩肌と体に突き刺すほど冷たい海水が広がる空間。しかしなぜか空間全体が青白く輝いている。
警戒しながら周囲をつぶさに観察したドイルが声を顰めながら報告する。
「……目に見える範囲には転移陣はないっす。てかなんか雰囲気がヤバいっす。ここは一先ずさっきの広間までーー」
ドイルの言葉は最後まで続くことはなかった。
ドシュッ! と極細の水の槍がドイルの左肩を貫いたからだ。
「なッ!? っつうッ……!?」
「ーー散開!」
敵からの攻撃だとすぐさま認知したブリジットは、散るよう叫ぶ。
空間の中央を睨むように注視していると、膝丈の海水が唐突に渦を巻き出し、それは海水のハリケーンとなる。
とぐろを巻いた海水が弾けた後には、
「GYARARARARARA……ッ!!!!」
蒼い鱗が目立つ海竜が現れる。特徴的な捻れた角は二対。成体である。
「はは……。これがS級だって? 暴砂鰄鰐とは比べものにならない迫力じゃないか」
「我らとて竜を討伐したことはあれど、これは規格外だな」
「……撤退しましょう。あれは人が勝てる相手ではありません」
「それよりも俺の心配をしてくれないっすかね……?」
ブレイドの四人が揃って脂汗を顔に垂らす。
シャルティとサージュに至っては声すら上げられずにいる。
まるでカインを前にしたかのような圧倒的な存在の差を痛感させられる。
ーー間違いなく死ぬ。
その場にいた誰もが思った。逃げることすらできないと。
しかしブリジットはそれでも声を振り絞り、指示を出す。
「……いいかい。シャルティとサージュちゃんは何がなんでもさっきの広場まで戻るんだ。ミニョンとアドラーもだよ。それ以外はあの化け物のヘイトを稼ぐよ」
並大抵の攻撃では牽制にすらならないことを理解しているのだろう。それぞれが、己が中でも最も強力な技を繰り出していく。
「ーー『兵破・弓雷一殲』!」
渦巻く風を圧縮させることで摩擦が起き、雷を纏う滅殺の一矢となり海竜に向かっていく。
「『滅破尽楯』……ッ!!」
小さな一つの宝石ほどの大きさまで極限に圧縮した"衝撃"を海流に向かって解放する。
「『幻影幻想幻魔』!」
己の影と海竜の影を繋ぎ、行動を阻害する。
三人の最強の技が繰り出されるのを見ながら、ブリジットは槍に魔力を込める。
雷の矢が、圧縮された衝撃波が、影によって拘束された海竜に向かっていき、
「ーーGYAOOOOOOOOOO!!!!」
と一度の咆哮で掻き消される。"拘束"という概念を力づくで破ったことで、発動者たるドイルのダガーを握った右腕が捻じ曲がる。
「くっそ……いってェェェェェェェ!!!」
タオルを絞ったあとのように捻じ曲がった腕を抱えてドイルは倒れていく。
他方レティとイシュバーンは、己が最も自信がある攻撃を意に介されなかったことで、一瞬呆然としてしまう。
その隙を見逃さない海竜は、極大の水弾を放ち二人を弾き飛ばす。
「ーーブバッ!?」
「きゃあ……ッッ」
飛ばされた勢いそのままに岩肌に叩きつけられる。ベリっと壁から剥がれるように床に落ちていく。
「くそッ」
仲間がやられていく光景をただ見つめながら力を溜めていたブリジットの口の端から血が流れる。
ギロリと海竜の双眸がブリジットを捉えた時、ドイルを貫いたものと同じ極細の水槍が襲う。
ここまでか、と思い瞳を閉じるブリジットだが衝撃は来ない。ゆっくりと目を開けるとそこには、抜剣したシャルティが佇んでいた。
「シャルティ? あんたどうして逃げずにーー」
ヒュンッ、と次々に極小の攻撃が飛来してくる。それを剣で弾き、手首を柔らかくしてその全てを叩き落としていく。
「ーーーー『四斬護剣・春曙の嵐』……っ」
それはかつてカインに教わった守護の剣。
シャルティはいま、一人の騎士として海竜の攻撃を捌ききったのだ。
海竜の動きが手に取るように視える。だからこそ叫ぶ。
「ブリジットさん! 水の咆哮が来ます!」
「ーーッ! ああ、助かったよ。おかげで間に合った!」
蒼く燃え盛る槍を右手で待ち、大きく振りかぶる。接近するのなんてもっての外。ブリジットは遠距離から攻撃を繰り出す。
「偽典ーー蒼炎槍…………『一天衝』ォォォォォォ!!!!」
タイミングを同じくして、海竜もその顎を広げ口腔内より瀑布を吐き出してくる。
「GYUOOOOOOOッ!!!!!!」
両者の攻撃が衝突し、刹那の均衡の後、
「ぐわあぁぁぁぁぁッッ」
「きゃあぁぁぁ……っ!」
爆炎の槍に競り勝った水流がシャルティとブリジットを飲み込んでいく。
ーー僅か数分でほぼ壊滅した一行。
サージュは声を震わせる。
「……ねぇね? お姉さん……? お兄さんもみんな……え?」
ーー理解が追いつかない。
雷や炎、衝撃波など様々な攻撃が一蹴され、視界には横たわる家族の姿。
奥には海竜が唸りながら様子を伺っている。
足元の冷たい海水が心までを凍結させてくる。
明確な"死"がサージュに迫る。
頬を濡らすのは海水か雨か……。
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