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第五話

「ーーーーーー海竜…………だって!!??」


 ブリジットの喫驚の声。レティも息を飲み、ミニョンは目を見開く。


 ーーそれは竜だった。


 蒼い鱗を纏った蛇のような体躯。爬虫類の双眸。一対の捻れた角が特徴的な魔物。


 教会跡地とでも呼べる開けた空間にそれは待ち伏せていた。


「最悪だ……っ。海底神殿で海竜がいるとなるとーーここは『海底神殿サルヴァーレ』で間違いない」

「……踏破不可能(難易度EX)……ですわね」

「ミニョンはお姉様と死ねたら本望なの」

「ふざけたこと抜かしてんじゃないよっ、ミニョン!」

「ーーっ、ごめんなの……」


 珍しくブリジットが声を荒げる。


 動揺が一同に走る中、シャルティだけはなぜか落ち着いていた。


 ーーどうしてだろ?


 海竜から発せられる威圧感は凄まじいもの。しかしシャルティにしてみると、つい数ヶ月前に"王級"の魔物と遭遇し、世界の頂点に座する"龍"まで見ているのだ。


 この程度の魔物では心に波は立たない。


 ーー今の私では勝てないことには変わりないのですけど。


 そう、勝てない。それは間違いない。だが判断ミスでうっかり、なんてことにはならない自信がある。


 問題は、どうやってこの状況を切り抜けるかだ。


「海竜の討伐難易度はS級だけど、どうやらこいつは幼体みたいだね。となれば準S級ってところ。お姉さんとレティ、それにシャルティがいればなんとか倒せる……倒せるが……」


 チラッとミニョンに視線を送り、そのままシャリティに滑らせる。それだけで察するミニョン。


「……大丈夫なの、お荷物のミニョンは隠れてるの。それにこれは"護衛依頼"、無理に倒す必要はないの」


 ミニョンの言葉でやっと理解する。


 ーーシャルティの存在がネックなのだと。


 討伐するとなると怪我は当然のリスクとしてある。護衛対象を怪我させないなど基本中の基本。しかし戦力は欲しい。


 その葛藤に悩まされているのだと理解する。だからシャルティは毅然と己の意思を伝える。


「"護衛依頼"をしたのはサージュです。私はただの付き添い。怪我なんて覚悟の上です! 騎士を目指しているのですからっ」

「ふっ、よく言った!」


 ブリジットが白い歯を見せ褒める。


「いいかい! 海竜の鱗は絶海の荒波で鍛えられた天然の鎧だ! 攻撃は通らないと思っておいた方がいい! 目や口の中の弱いところを狙うよ!」

「「「はい! (なの)」」」


 ブリジットの発破で三方向に散る。


 前衛はシャルティ。本丸にブリジットを置き、それを補佐するレティ。ミニョンは速やかに後方へ後退した。


「カイン殿に買ってもらった槍は強い分、溜めるのに時間がいる。()()()()()、任せたよ」

「ーーっ」


 これまでブリジットには()()()()()()()()と呼ばれていたのに、ここに来て初めて"ちゃん"を外して呼ばれた。


 そのことに驚きながらも嬉しさもある。信頼されている証左。だからこそ声高らかに答える。


「はい!! 任せてください!」


 剣を引き抜き、鋭い眼差しとともに海竜を睨みつける。


「『風乗り』。これでいつもの倍は早く動けるはずです。有効打はいりません。とにかく気を引いてくださいっ」

「はい!」


 レティが後方から支援の武技をかけてくれる。それだけで体が軽く感じる。


「ーー行きますっ!!」


 瞬間、シャルティは文字通り風になった。


 思い返すは帝国騎士団副団長ネックス・ヴァルダーンの異名となった「疾剣」だ。


 魔圏で垣間見たあの疾風迅雷の高速斬撃を真似する。もちろん到底技量もなにもかも及ばないが、手本とするものがあるだけでこうも体は動くのかと内心驚く。


「ーーーーっ疾!」

「SHURA……ッッ!?」


 すれ違いざまに一撃、鱗に覆われた胴体を切り付ける。攻撃が効かないことはわかっていた。だからあくまでも"撫切"程度の斬撃。


 本気で切りつけると弾かれると思ったからだ。"虎王"トライデントタイガーとの戦いは確かにシャルティの糧となっている。


 カインとの稽古の日々、ブリジットの指示のもとでの実践。


 それらが全て噛み合い、いま、シャルティは剣士として一段階上がる。


「まだまだぁぁぁ!!」


 切りつけ、突き刺し、柄頭での殴打の連続。

 

 レティの支援もあり怒涛の攻撃を繰り広げていく。


「SHUUU……RARARARA!!!」


 だが敵もやはり海の王者。


 今はまだ子供でも、いずれは海の覇者となる運命を背負った存在。体の周囲でウロチョロしているシャルティを鬱陶しく思ったのか、大きな身震いをした後、床を体で擦るようにその巨軀を捩らせる。


「そういった動きは経験済みです!!」


 迫ってくる海竜の長い胴体。それを高く跳んで躱わす。そして落下の勢いそのままに、剣を腕の付け根に突き刺す!


「SHU……ッ、SHURARARA……!?」


 剣身の三分の一程しか刺さらなかった。しかしそれ以上深入りしては思わぬ反撃を喰らうかもしれない。ゆえにすぐさま離脱。


 中空で一回転しながら床に着地する。パシャッ、と海水が音を鳴らす。


 それが拍手に聞こえるシャルティ。思った以上に体が動くことで自然と口角が上がる。


 呻き声を上げる海竜。次はどのような動きをするのか。つぶさに観察していると、海竜が咆哮を上げて一度頭を立て、そこから噛みつこうと突進していく光景が()()()


 魔圏でも同じ経験をした。未来視ともいえる現象。シャルティは己の勘を疑わなかった。


「海竜が咆哮を上げます! レティさん!」

「ーーっ、信じますわよ!」


 音に鳴らした冒険者とはこういうことなのだろう。咄嗟の合図にも迅速に対応するレティ。


 構えていた弓をさらにキツく引き絞り、解放する!


「とっておきですわーー『滅竜の一矢』っ!!」


 激しい陣風、いや、もはや台風ともいうべき風を纏った矢は螺旋の軌道で海竜に向かっていく。しかしその先は海竜の頭上。


 なにも知らない海竜は鎌首をもたげ……


「SHU……!? ……JU、RARARARARARA?!?!」


 その金色の右目に突き刺さる!


 苦痛の雄叫びを撒き散らしながら頭を左右に振る海竜。好機を見過ごすほどシャルティはうっかりさんではなかった。


「そこです! やあぁぁぁぁ……っ!!」


 敵の頭が下がった瞬間を狙って残りの左目を切りつける。


「JUROッッ?! JABA……BABAAA……ッッ!!!」


 双眸を傷つけられ視界を失った海竜。イタチの最後っ屁か、それとも己の死を覚悟して成長したのか。


 これまで使ってこなかった魔法、〈水弾〉を雨霰の如くシャルティたちに降り注ぐ。


「くっ!? ここで魔法ですかっ」

「こっちはわたしがなんとかしますっ」


 飛んでくる水弾を身を捩って躱すシャルティ。対してその場から動けないブリジットを守るために飛来する全てを撃ち落とさんと矢を射るレティ。


 ……辺りには霧が満ち、水弾の影響で床は陥没している。


 視界にもやがかかる中、ブリジットの言葉がやけに響いた。


「……よくやったよ、二人とも」


 もやは忽ち水蒸気へと変ずる。


「カイン殿みたいに()()とはいかないが、青色の炎もいいじゃないかっ」


 それは海竜の鱗よりも蒼く、透き通った炎だった。


 灼熱を内包した槍によって、空気中の水分を水蒸気へと変えていく。熱気が部屋を支配する。


 それは模倣だ。されどただの模倣に非らず。


 脳裏に刻み込まれた憧憬の再現。


 ブリジットは槍を構え、腰を落とす。そして叫ぶ!


「偽典ーー蒼炎槍…………『一()衝』ォォォ!!!!」


 弾丸の如く肉薄し、海竜の呻き声を上げる口腔に槍を突き刺す!


 刹那、ボゥッと炎の熱線が槍先より出で、爆炎が海竜を体内から焼き尽くす。


 槍を引き抜き残心。海竜が焦げ臭い匂いをさせながら倒れていくのを見届けてから振り返る。


 しばしの沈黙の後、ブリジットはニカっと笑って勝鬨を上げる。


「これにて落着ってね!」

「ーーお姉様凄いの!」

「おっと」


 いつのまにか隠れるのを辞めていたミニョンがブリジットに抱きつく。準S級を討伐したということで安堵から床に座り込むシャルティ。


「つ、疲れたぁぁ……」

「お疲れ様でした。見事な前衛でしたよーー()()()()()

「レティさん……ありがとうございますっ」


 帝国最強の冒険者たちから認められたことで自信を顔に乗せるシャルティ。


 こうして海竜を倒した四人は先に進む。


 そこにはピラミッドのような建築物が聳え立っていた。


「んみゅ? あ、ねぇねだ!」


 それは理知的な話し方なのにどこか舌足らずな声。


「……っ、サージュ! 良かった! 無事なのねっ」


 海竜を討伐した褒美なのか、別れた妹たちと無事に再会を果たしたシャルティたちだった。

お読みいただき、ありがとうございます!


この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると幸甚の至りです。


よろしくお願いします!!

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