第八話
「ここ……は……?」
眩い光によって閉じていた瞼を上げる。青白い光に照らされるのは先ほどまでと変わらない。
ーー変わったのは質だ。
朽ちたとはいえ石が整然と積まれていた遺跡とは異なり、今サージュの視界に入るのは剥き出しの岩だ。
仄かに磯の香りも鼻腔をくすぐる。
みんなはどうかと周りを見渡そうとすると、聞き慣れた声が聞こえた。
「ーーみんな無事かい!? ブレイドは周囲を警戒しながら集合! それ以外は何も考えずお姉さんの元に集まりなっ」
声がする方へ顔を向けると、槍を構えて警戒したブリジットが見えた。
いわれた通り向かおうとすると、パシッと手を握られた。
「……っ!?」
驚いてその相手を見ると、
「手を離しちゃダメよ、サージュ」
「……ねぇね」
シャルティだった。
眉間に皺が寄っている。怖がりな姉が、顔を引き攣らせながらも姉として振る舞っている。
ーーねぇねも手、ふるえてる。
予想外の展開にまだサージュは心が追いついていない。しかし魔圏での事件を経験したシャルティは、嫌な予感でもしているのだろう。
ーーちょっと怖いかも……。
肌を撫でるひんやりとした空気のせいか、サージュも一度ブルリと震えた。
シャルティに手を引かれる形でブリジットの元に向かう。
幸い遺跡に向かったメンバーに欠員はなかった。
「……みんな怪我は?」
ブリジットの問いに頭を振って答えるシャルティとサージュ。
「ないの」
「僕もです〜」
一方、冷静に答えたのはミニョンとアドラーだった。
その対応に怪訝な視線を向けるものの、すぐにこれからについて話し出す。
「いいかい、ここはどこかの遺跡と思われる。魔物が出ないさっきの遺跡とは違うってこと、頭に叩き込んでおきな」
ブリジットは一度大きく息を吸い込んで、事実を告げる。
「お姉さんらは"転移"されたんだ。ここがどこかはわからない。最悪共和国じゃないと思っておいた方がいい」
ゴクリと、誰かの嚥下する音が響く。
「……この状況を考えるなら、優先すべきは生還だ。しかしこの匂いがするということはーー」
「間違いなく"海"っすよね〜……」
「遺跡やダンジョンは下に伸びていますから、単純に上を目指せばいいのですけれど……」
イシュバーン、ドイル、レティがそれぞれ意見を述べていく。
「ああ。もしここが海底遺跡なら、上を目指したところで出られない」
ブリジットの言葉にシャルティが毅然とした態度で質問する。
「……どうして出られないのですか? 海底だからこそ、海上を目指せば良いのでは?」
「海底遺跡は基本、丸っと海に沈んでいるのさ。だから上を目指したところで海中に出るだけ。場合によっちゃあ水圧で死ぬ」
「……っ」
「だから通常は海底トンネルみたいなものを通るか、お姉さんたちみたいに転移で跳ぶしかないんだよ」
ブリジットの言葉で沈黙の帳が下りる。だがその沈黙を破るのもまた、ブリジットであった。
「安心しな! ここにはカイン殿から手解きを受けたA級冒険者パーティーがいるんだ。サージュのおかげで武装も食料もある」
「ああ、生きて帰らせるとカイン殿に誓ったばかりだ。なんとしてでも帰るぞ」
「そうね、わたしたちも生きてまたカインさまにお会いしたいし」
「でもこれって何か仕組まれてるっすよね? カインさんにも危機が迫って危ないんじゃ……」
「「「それはないだろ(ないでしょうね)」」」
「……そっすね、危機を危機と感じずにぶっ飛ばしてそうっす、あの人……」
ドイルの言葉に残りの三人がツッコむ。それを見て笑い声こそ上げないものの、シャルティもサージュも頬の引き攣りがマシになる。
空気が弛緩した頃合いで、ブリジットが今後の動きを指示していく。
「てなわけで、お姉さんたちは最深部を目指す。ここがどれほどの大きさなのか、どれほど強い魔物がいるのか、一切が不明だ。速度よりも慎重さに重きを置くからね。怪我、疲労、違和感、なんでもいいから認識の共有も怠らないようにーー質問は?」
「「「「「なし!」」」」」
「よっし、それじゃいっちょ遺跡を踏破してやろうじゃないか!」
ニカっと不敵な笑みを浮かべて槍を肩に担ぐブリジット。その顔が、語り口が、仕草の一つ一つがカインを彷彿とさせる。
サージュはシャルティの手を握り直す。姉から一方的に掴まれるのではなく、互いの手を取り合うように。
「ねぇね」
「……大丈夫だからね」
サージュの言葉を不安の表れだと勘違いしたシャルティ。努めて柔らかい声を出そうとしているのだろうが、険しい顔で台無しだ。
不器用で怖がり、ポンコツでチョロい姉がいる。頼りになるもう一人の姉もいる。
「ん! 家族がいっぱい。あとはパパだけ。だからみんなで帰ってまたご飯たべよ?」
「そうね。一緒にお父様のポトフとか食べたいわ」
固く手を握り合う二人。
愛する父との再会を信じて一歩足を踏み出す。
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