第六話
「パパはおるすばん。ついてくるのはメっ!」
「なん……だと……っ!?」
顔の前でバツ印を作るという可愛らしい仕草で、明確な拒絶を伝えてくるサージュ。
ユガにある高級宿ーーカイロッジの一階に併設されているレストランで、カインは恥も外聞もなく静かに膝から崩れ落ちた。
「サササ、サージュちゃん? い、異国の地でパパなしにフラフラするのは、ああ、危ないんだぞ?」
あまりの衝撃に言葉がスムーズに出てこない。
「ん。だからお姉さんたち、ブレイドに護衛をたのむの。あ、ねぇねもついてきてね」
「てな訳だ! お姉さんたちが本気で護衛するからカイン殿はどしっと構えて待ってなよ」
「……なんだか私はついでみたいじゃない、サージュ」
そういわれると何も反論ができない。ここで尚も己が同行するといえば、それはブレイドを信用していないといっているようなもの。
しかしここは異国の地。それもカインに対して悪感情が満ちる国だ。その娘だというだけでなにがあるかわかったものではない。
下唇を噛みながら唸っていると、サージュが足を折り四つん這いになったカインと目線を合わせる。
「……あたしって可愛い?」
「もちろんだ! サージュちゃんより可愛い子なんていねえ! シャルちゃんと二人がこの世界の可愛いツートップだ!」
カインの力強い言葉に納得したのか、一度頷くサージュ。
「ん、あいがと。ならいいよねーー可愛い子には旅をさせろっていうし」
「ーーはっ」
やられた、とカインは気づいた。これで反故にすれば、それはすなわちサージュが可愛くないといってるようなもの。
ーーチェックメイトである。
「そーゆーわけなので、あしたから遺跡での護衛、よろしくお願いします」
ペコリとブレイドに頭を下げる。それを誇らしく、また好機と捉えた表情の四人。
「ああっ、任せな」
「ふふ、腕が鳴るというもの」
「うふふ、立派に果たしたのならカインさんに……ふひ」
「やってやるっすよ〜!」
しかしそれだけでは終わらなかった。
「……ミニョンもついていくの」
「騎士団の一員としては〜、聖女候補であるお二人と離れる理由もないので〜」
ミニョンとアドラーも同行を申し出てくる。
「ん。ならみんなで行こっか」
サージュ、あっさりと認める。だがそこにはサージュの思惑もあった。
ーー武力がもとめられるっていってた。
あの怪しい女占い師の言葉が脳裏にこびりついているからだ。戦う力がないサージュにとって、戦力は多いことに越したことはない。
もちろんその点でいえば、カインの同行ほど心強いものはない。しかし宝玉をサプライズで渡したいサージュからすると、己の手で得ることが大事なのだ。
そうしてカインが床を涙で濡らしているのをよそに、明日からの予定を詰めていくサージュたち。
「ーーてことだから、一応武装しておいてほしい」
「無論、我らは護衛。武装はするが……魔物は出ないのだろう?」
「そっすね。ユガのオアシスにある遺跡から魔物が出たなんて話は聞いたことないっす」
「あらゆる不足の事態に備えるのが冒険者なのだし、いつも以上に気を引き締めたら問題ないと思うわよ」
「レティのいうとおりだな。砂漠越えと同程度の武装、準備でいいだろう」
サージュを中心に盛り上がる中、置いてけぼりになっているシャルティはカインに近づく。
「お父様? もうそろそろ立ち直ったらいかがです? いくら他にお客様がいないからといっても、ここはレストランなのですよ?」
「……やだ。サージュが反抗期になったから俺も反抗期に入る……」
「はいはい、その年で反抗期は気持ち悪いですよ」
いいながらカインの手を取って無理やり立ち上がらせる。涙と鼻水に塗れた顔をハンカチで拭きながら安心させるように優しく言葉を投げる。
「私もついていきますから。はい、チーンして」
子供のように介助されて鼻をかんだカインがボソッと呟く。
「……最近素振りしてないのに?」
「んぐっ!?」
痛い所を突かれたと口をへの字に歪ませる。
「帝国を出てから素振りしてなかったろ」
「そ、それは! 過酷な旅を乗り越えるためですからっ」
「でもユガに着いてからもしてないだろ?」
「んぐぐ」
確かにシャルティは旅に出てから一度も剣を振っていない。ユガに着いても服を買ったり散策はしても素振りはしていなかった。
そういうところは目ざとく気づくカインであった。
「稽古を怠るシャルちゃんにサージュが守れるかなあ」
もはや落ち込んだ姿はなかった。揶揄うようにニマニマしながらシャルティの頬を指で突く。
「ーーできるもんっ! 私はサージュのお姉さんなんだからっ!」
売り言葉に買い言葉。
ムッときたシャルティが大きな声で叫ぶものだから、その場にいたみんながシャルティに視線を向ける。
「えっ、あ、いや、その……」
ここぞとばかりにカインが更なる追い討ちをかける。
「最近サージュちゃんがブリジットにばっか懐くからヤキモチ妬いてたんだよなあ」
「〜〜〜〜!!??」
シャルティの顔が真っ赤に染まる。
「もう知らないっ」
パシッとハンカチをカインの顔に投げつける。そして耳まで赤くしたシャルティが走って部屋に戻っていく。
それを見送ってから、傍にいたイシュバーンに告げるカイン。
「あのとおりまだまだガキなんだ。頼んだぜ?」
「ああっ。命に替えてもお守りするさ」
「お前たちの命も俺は大事なんだがな」
「その言葉だけで逝けるな」
「逝くなバカっ」
なんて軽いやりとりをして、それぞれ明日に向けて準備をするべく散っていく。
……カインを除いて。
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