第五話
学術交流から一夜。
カインはいま、ユガにある大統領府の応接室にいた。
皇帝からの言伝を頼まれたからだ。だからこそ今回の渡航に際し指輪を授けられ、外交特権が付与されていた。
サージュの共和国行きに同行すると、必ず問題が起きるのは予想できていた。
それは入国や滞在、国民感情とそれに伴う家族への批判。
だからこそカインはそれらへの対抗策として"皇帝の勅使"という最大級の肩書を用意したのだ。
……用意したのは主にネックスだが。
面倒ではあるが最低限の仕事は終わらせたいと強く思う。そう思いながら出されたお茶を啜っていると、応接室の扉が開かれた。
「……お待たせしました」
「まったくだぜ。待ちすぎて寝ちまうところだ」
カインの返しに顔を顰めるのはサウスコート共和国大統領のデュークだ。まだ四十代の彼は、若さに溢れるもののカインに対して恐れをなしていた。
ーー彼は戦役でカインの"大地割り"を見ていたからだ。
当時は小隊長として従軍していたデューク。前線でカインの絶技を目にしたのち、退役し政治家に転身していた。
だからこそカインを前にして畏怖している。国家元首たる威容など見る影もない。
「……アングリア=ナハト帝国皇帝からの言伝があるとのことですが」
意を決したデュークの言葉に、カインは座したまま答える。足を組んで偉そうに座るカインと、立ったままのデューク。
両国の力関係の表れであった。
「おう。それだけどよーー"両国の平和をこれからも望む"とのことだ」
「それだけ、ですか……?」
「おう!」
この一連の会話でデュークは全てを悟った。
ーー勅使の肩書きを使いたかっただけだ、この男は。
おそらく共和国での様々な煩わしいことを、"勅使"の一言で片付けるつもりなのだろう。
皇帝の名すら使い捨てるカインの豪放磊落具合に改めて恐れを成す。
しかしこの対談だけで帰してしまっては沽券に関わる。ゆえに報告を受けていたことに対し、感謝を告げる。
「わかりました。共和国としても安寧を望みますこと、お伝えください」
「おう」
「それとなんでも我が国への道中、暴砂鰄鰐と遭遇し、討伐したと報告を受けています」
「あ〜、それなんだけどよ。倒したには倒したんだが、素材すら残らず消しちまった。護衛をしてくれてた『ブレイド』にも評価が入らねぇし、悪いことしちまったよ」
「……消した、ですか。あのS級を……」
頬が引き攣るデューク。改めて眼前の男は人ではなく、ただの化け物だと認識する。
ゆえに手ぶらで帰せば方々から批難を受けること間違いなし。
心の中で揉手をしながら二の句を継ぐ。
「その点につきまして、なにかお礼をしたいと考えています」
「ええ〜? いいよ、んなこと。証拠がねぇのに報酬なんて渡したら、そっちの評判が悪くなるぜ」
「"戦争終結の立役者"を手ぶらで帰す方が評判を落としますよ」
「……いうじゃねえか」
チクリと皮肉を込めた物言いに、カインは不敵な笑みを浮かべる。有象無象から、政界の狸へと評価を改める。
しばし顎に手をやり考えるカイン。思い返すのは昨夜シャルティにこっ酷く怒られたことと、サージュとブリジットの内緒の話し。
夕食を終えてお腹が膨れたサージュは、ウトウトしながらもブリジットと話をしていた。それをシャルティに怒られながら聞き耳を立てていたカイン。
なんでもユガの中心にある遺跡に用事があるらしい。しかし立ち入り禁止なため、どうしたものかと相談していた。
なぜ遺跡に行きたいのかは知らないが、やりたいことを阻むものがあるのなら、それを打破するのが親の務め。
怒ったシャルティも可愛いが、流石にもう懲りてきた。ここいらで綺麗さっぱり身綺麗になろうと考える。
指を二本立ててデュークに見せつける。
「一つ、昨日俺が壊したーーああ、いや、"実験の結果"壊れちまった大会議場の修繕費用を出してくれ」
「それは……なにか理由が必要ですね。財務大臣と相談してからでも」
「構わねえ」
最悪の場合は自腹を切ってもいいのだが、帝国の英雄が共和国に金銭を渡した、ということはなるべく控えたい。
「二つ、ユガの中央にある遺跡へ入る許可が欲しい」
「それは問題ありませんが……壊さないでくださいね」
「おう! 任せろ!」
カインの自信気な表情を、まるで信用していない眼差しを向けるデューク。
「この二つが俺の要求だ」
「承知しました。前者についてはこの場での回答を控えさせていただきますが、後者については後ほど許認可の書状を秘書から受け取ってください」
「よろしく頼むぜ」
要は終わったとソファーから立ち上がり、応接室から出ていこうとするカインの背中にデュークが質問をする。
「……なぜ大地を割ったのですか」
あの場には数多くの部下も仲間も幼馴染もいた。想像を超える出来事に心を壊したものもいる。
強い意思を持って谷を越えても、湿地でカインに殺されたものも多くいる。中には同期もいた。
ーーなぜ皆殺しにしなかった。なぜ心を折るようなことをしたのか。
死地を経験し、生き残ったからこそ疑問がある。カインほどの力があれば全てを消せたはずなのに、なぜしなかったのかと。
ゆえに先ほどの問いなのだ。
問いに足を止めるカイン。深呼吸をするほどの僅かな時間、静寂が部屋に満ちる。カインは振り向きもせず答えた。
「……ムカついたからさーー笑顔で死んでいく奴らにな」
再び足を前に出して部屋を後にするカイン。一人残されたデュークはソファーに勢いよく崩れ落ちる。
国のため、仲間のため、そういった類の言葉を予想していた。それがまさかの個人的感情によるものだった。
腹立たしいことこの上ない。しかしなぜか嫌いにはなれない。目元に手をやり深いため息を吐く。
崇高な理想を掲げていたのなら胡散臭さもあり、嫌悪感が上回っただろう。されど、あれほど真っ直ぐに感情を出されたのなら妙に納得してしまう。
端的にいえば我儘なのだが、そこには確かに人を惹きつける何かがあると思ってしまう。
「……たしかに"英雄"だな」
デュークの呟きは応接間に溶けていった。
そうして会談を終え、遺跡への入場許可を得たカインは意気揚々とシャルティとサージュに報告した。
ーー明日にでも遺跡へ行こうと。
しかし返ってきたのは予想外の言葉。
「パパはおるすばん。ついてくるのはメっ!」
顔の前でバツ印をして同行を断るサージュ。
カインは涙を流して宿の床に崩れ落ちた。
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