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騙されてしまった俺

 年が明けて、また新しい年二〇一三年になった。俺が故郷に戻ってきてから一年である。

 正月に愛美とその二人の連れ子と一緒に俺の実家に挨拶回りに行く。結婚してから初めての正月、親戚一同が集合している席での改めての挨拶だ。生憎誰からもあまりいい顔はされなかった。男のくせに生まれもった月岡の姓を捨てるとは何事だ、とさえ言われた。昨秋に婚姻届を出した際には両親から一応は祝福はされたが、俺を手放すことがようやくできて清々したからあれだけ喜ばれたのであって、世間体的にはそういいものではないだろう。ついそういうことを考えてしまう。


 俺の実家をあとにする。今年の正月は雪こそ少ないものの、今日もまた冬の北陸らしいどんよりとした空が広がっている。寒さも例年並みかそれ以上の厳しさの日々がここしばらく続いている。愛美の二人の連れ子がそれぞれ着ているコートはそう地のいいものではなく、むしろほつれや縮みが目立つ、いかにも使いこんでいることがわかるものだ。それを着ている二人、見るからに寒そうだけれど我慢しているようだ。


 家族四人で足を揃えて、しばらくの歩みを進めたのち、俺は愛美に疑問を投げかける。

「そういえば、愛美の実家には本当に挨拶に行かなくていいのか?」

「うん、どうせ私って親から見放された子なんだし。どうせお家に入れてさえもらえない」

 そもそも、俺は夫でありながら、愛美の両親のどちらにも会ったことがない。結婚のときも愛美の家族にも挨拶に行こうと言ったが、愛美からそんなことしなくていいの、と言われたのだ。

「それに、父さんもうとっくに死んじゃったし。だいたい、毎日毎日お酒飲み過ぎだったんだよ、アイツ」

 そこで寒気を伴った突風が俺たちを襲う。愛美の父親は愛美がまだ中学生の頃に肝臓の病気で亡くなられたらしい。それがきっかけで「突っ張り」の中学・高校時代をおくることになったのだろうか。

「じゃあ、お母さん、はどうなの?」

「母さんもなんか病気みたい。私が十九で元旦那のところに行くとき、ああようやく腫れ物が落ちるわなんて言いやがった」

「お母さんは一人暮らしなのか?」

「そんなこと、よくわかんない」

 俺と愛美はそんな会話を交わしていた。小学生の二人の子供たちもいる側で教育に悪いよなぁ、なんて思いつつも、子供たちはそういう話も聞き慣れているかの様子だ。俺が心配するようなことではないのかも。


 俺の実家から寒空の下を歩くこと二、三十分、俺たち家族が暮らす公営住宅の一角に戻ってきた。俺たちが戻ってくるやいなや、外では雪が降り始めた。幸いにも俺たちが外を歩いている間は雨や雪に降られることはなかったものの、降り始めてすぐに雪も本降りになり、風も強くなってきて、吹雪になってきた。北陸の冬の天気は不安定で変わりやすいのである。


 そういえば、もう年が明けたから愛美も妊娠六ヶ月目辺りだろうか。そろそろ妊婦らしくなってくるはずなのに一向に体型が変わらない愛美。やはり、今度は俺の子でもあるだけに気になる。

「愛美。そろそろ赤ちゃんのことも考えたらどうだ? 妊婦がお酒なんて飲むのはよしたほうがいいぞ」

 帰宅早々、ダイニングキッチンの冷蔵庫の前で缶ビールを飲んでいる愛美に俺はそう注意した。

「赤ちゃん? 何言ってるの、透」

 愛美は目を丸くした顔つきでそう答えた。俺は声を少し荒げつつ言う。

「俺の子、俺と愛美の子の話だよ。今、妊娠中なんだろ。妊婦の飲酒は赤ちゃんに悪影響を及ぼすぞ。ビールの缶にも注意書きが書いてあるだろ」

 そうすると愛美はため息をついてから、少し苦笑しながら言ってくる。

「……あなた、本当にバカなのね。私はあなたの子なんてまだ宿していないわよ」


 どうやら俺はあのとき騙されたらしい。なんてこったい。虚言に騙されるとは。

 愛美に言い返してやりたいという気持ちはあれど、もう呆れて言葉さえ出てこない。だいたい、騙されたほうの俺も浅はかだった。本当に浅はかだった。こうなったのも俺があまりにも世間知らず故なのだろうか。騙してきた愛美に対する呆れより、騙された俺自身に対する呆れのほうが大きかった。

 思えば、結婚詐欺同然のやり方かもしれない。しかし、愛美と俺は夫婦の契りを交わした者同士であることには変わりがない。愛美を「守る」ことを約束したのだから。妊娠はしていなくても、あの夏の夜、夫婦の契りを交わさぬまま関係してしまったのは事実なのだし。


 それにしても、愛美の連れていた二人の子供、はっきりいってかなり扱いにくい。

 上の男の子・(ゆう)は普段はおとなしいが発達障害っぽく、下の女の子・(あおい)はやんちゃ。今どきの世の中においても、どこにでもいるような子供かもしれないが、俺のDNAを持っていないと思うと、そう可愛いと思える存在ではない。だが、愛美の二人の子をも「守る」と約束した以上、二人の連れ子をも守っていかなければならない。

 抜け出そうと思えば抜け出せるのかもしれない泥沼にハマっている。でも、敢えて抜け出そうとなんてしていない。そんな状態にあるのが今の俺なのかもしれない。そもそも、俺は愛美のことを愛していないのでは、結婚のときに愛美に誓ったはずの家族を「守る」ことなんてできていないのでは、などと自責の念を抱いてしまう。俺たちの結婚生活、果たしてこれは正常な結婚生活なのだろうか。


 さて、今では俺たちが子供の頃にはあまり知られていなかった「学童保育」という制度を利用する児童が多い。それは小学生の子供たちにとっての、学校が終わったあとの「居場所」というべきか。うちの二人の子、悠と葵も学童保育を利用している。

今でも俺と愛美は昼間は同じ職場のデイケアセンターで働いている。夕方から愛美は「副業」へと働きに出る。職場を退勤したその足で。

 朝は子供二人を学校へ送り出したら俺たち夫婦も即出勤。夕方に退勤する俺は子供二人を学童保育へと迎えに行き、家で二人の子守をする。夕食を食べさせ寝かしつけるというかたちである。深夜遅くに愛美が帰ってくるときには子供二人はすっかり寝ている。俺も翌日の仕事に備え休んでいる。

 愛美は夕方から何の仕事をしているか。はっきりいうならば、水商売、である。地元の桜木町という繁華街においてである。とはいえど愛美も俺と同い年だからもう三十歳。今しかできない、数年後はもうできない、などと言っている。

 つまりは、愛美のほうが「働き者」ではあるのだ。だから夫婦として、多少の主導権を愛美に握られていても仕方がない。

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