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震災、そして退職

 十年前、俺が高校を卒業した直後の十八歳のとき。俺は地元の富山から大学進学を機に東京という土地に身を移した。大学の四年間は親の援助も受けつつ学生生活を送っていたが、大学を卒業したら就職して、自分のチカラで生計を立てていくことになる。

 俺が卒業を控えていた時期は、いわゆる就職氷河期が明けようとする時期だったが、なかなか就職活動もうまくいかなかった。それでもなんとか内定を得るが、それはまともな就職口なんていえるものではないところで、就職のときに落ちこぼれてしまったというような気がしていた。就くことになった職種はIT業界での人材が大量に要求される中「なるだけなら誰でもなれる」ようなシステムエンジニア。そう、なるだけなら誰でも、ね。


 大学を卒業し、入社式。いよいよ社会への船出である。だが、四月早々から待っていたのは碌な研修らしきものではない、泥臭い作業や講習の数々であった。研修期間が終わったら、どの業界でもそうかもしれないが、特にIT業界での例に漏れずいわゆるブラック労働の世界。休日出勤は極日常のこと、連日の長い残業にも関わらず残業代なしが当たり前だった。こんな仕事の環境の中で振り落とされずについていくのは「誰でもできない」だろう。



 激務薄給の中、心と身体を壊しつつも、ようやく職場でも少しは戦力になれてきたかなと思われ始めたであろう社会人六年目の今年二〇一一年。その春先、三月十一日、東日本大震災の本震が発生した。あの金曜日の午後、東京都心の高層ビルのワンフロア内にあるオフィスにいた俺。あのときは本当に死ぬかと思った。

 突然、激しい揺れが数分間にわたって襲った。揺れが収まったその次の瞬間、電力が途絶えフロア全体が停電した。業務の基幹となるサーバにも一時給電できなくなってしまった。電力が戻ってきても、業務は大混乱である。そして、帰宅難民となった俺たち。余震がいつ来るかわからない状況での地震の後処理。もうクタクタ、お腹が空いた、布団で寝たい。そう思いながら不安で多忙な幾日幾夜かを職場で過ごした。

 

 あの日以来、このまま東京に居続ければいつかは死ぬのではないかとも思い始めた。いずれは都心直撃の大地震発生なんて事態になるだろう。異常なまでに過密した首都圏を大地震が直撃すればひとたまりもない。それなのに、もう二十一世紀なのに、震災後も馬鹿な日本人はさらに東京にどんどん集まってくる。まぁ、俺も十年前、田舎から東京に出てきた口ではあったのだが。

 あと、東京砂漠なんて揶揄(やゆ)されるが、東京で独り暮らし、恋人もいない孤独な生活。忙しい仕事の疲れから衣食住はボロボロ。毎晩遅くに帰ると上着を脱いだだけのワイシャツ姿のまま寝転ぶことが多かった。飯も自炊なんかもちろんせず、普段からコンビニ弁当やカップ麺、最悪スナック菓子で済ませるなど、碌なものを食っていなかった。部屋も碌に掃除しなかったので、埃っぽい空気の中、床を見れば足の踏み場すらなくなっていた。


 そろそろ東京生活に限界を感じる。田舎の富山で牧歌的に暮らしたいな。実家にいれば母親が家事をしてくれて、飯も作ってくれる。アパートと違ってペットも飼える。実家に帰ったら、猫とでも暮らしたいなぁ。


 あと、もう俺も来年三十。そろそろ「身を固めたい」と思うのは当然のことだろう。

 東京にはいわゆる適齢期の女の人がたくさんいるけれど、そもそもの接点なんてものがない。田舎には世話焼きおばちゃんなんかがいて、若い男女の「縁」を結ぶお手伝いをしてくれるという。田舎では適齢期の長男坊が独りでいてほっとかれるわけがないだろう、とも思う。

 故郷に出会いを期待するか。もちろんする。


 そうともなればもう東京なんかに未練はなかった。都会でのシステムエンジニア生活なんて辞めちまえ、でいい。

 仕事。富山に帰ってしばらく静養してからでもなんとかなるだろう。やはり人と人の接点が大事な仕事が二十一世紀の働き方だ、とか思う。


 前々から抱いてきた「田舎」というものへの幻想が、震災以来どんどん膨らんできた。震災発生後もなお息苦しいまでに過密していく都会。忙しすぎる仕事。そこからもうエスケープしたかった。

 震災発生から半年経った秋の日、六年半居た会社に退職願を叩きつけた。年末になったらもうこの東京を後にするつもりで、年末が来るまでは「最後の東京」を満喫してやるつもりで。少ないながらももらえた退職金と失業手当に加え、今までの給与からコツコツ貯めてきた貯金を少しずつ切り崩しながら、しばしの期間を「遊んで暮らして」やった。

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