記憶と転校生 【月夜譚No.245】
有名人の名前が思い出せない。彼が出演していたドラマの役名やストーリーは鮮明に思い出せるのに、どういうわけか本人の名前が出てこない。
知っているはずなのに、あと一歩で詰まってしまうような気持ち悪さに、彼女は眉を顰めた。
教室の隅で女子生徒に囲まれている転校生――彼があの有名人に似ていると思った。整った顔立ちに爽やかな瞳、色白の肌は下手をしたら女性よりも滑らかで、立ち姿は凛としている。本当に芸能関係の人のように見える。
このモヤモヤとした感覚が煩わしくて、記憶を引っ搔き回しながら目を細めて彼を見ていると、不意に視線が合った。彼は軽く目を見開いて、すぐにふいっと顔を逸らす。
もしかしたら睨んでいるのと勘違いされたのではないかと不安に思っていると、彼の肩が震えているのに気がついた。傍にいた女子生徒の一人が「何、どうしたの? 何で笑ってるの?」と言うのが聞こえて、杞憂だと知る。
しかし、何故笑われたのだろうか。どことなく腑に落ちない気持ちを持て余していたら、ふっと思い出せなかった名前が頭に降ってきた。
次の瞬間、彼が再びこちらを見て笑顔を浮かべる。
スッキリしたような、別の問題が生まれたような、何ともいえない感情が彼女の胸の内に広がった。