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蛙の恋  作者: 朝霧
3/4

殺し屋

 いつどうしてこんな感情を抱いたのか、そのきっかけは一つも覚えていない。

 ただ気がついたら好きになっていた。

 犯罪ばかりのこの街で普通に生きている一般人、たくさんお金が必要だとかでバイトをいっぱい掛け持ちしているらしい、小さくて頭の悪い女。

 こんな街で暮らしているくせに妙にキレイな目をしていた、目的()のためにひたむきに頑張っているのが、自分にはなんだか少しだけ眩しかった。

 だから、あの子と一緒にいたいと思った、もっと話してみたいと思った、触りたいと思った。

 けど、自分の手はすでに血で汚れている。

 こんな手であんなキレイな子に触れたくない、汚したくない。

 あのキレイな子はきっと自分を恐れるだろう、何百何千と人を殺した自分を恐れて拒絶する。

 というか、そうでなければ気持ちが悪い。

 あんなキレイな子が自分みたいな存在を受け入れるわけがない、というか受け入れてほしくない。

 だからこそ、あの子が全てを知ったその時には、自分を恐れて拒絶して欲しかった。

 それでも何も知られていないうちは、あのキレイな目で自分を見てほしかった。

 当たり障りのない人間のふりをした自分に笑いかけてほしかった。

 自分が何もしなければもうしばらくはそれを続けられると思っていたけれど、残念ながらそういうわけにはいかなくなってしまった。

 あの子を殺せという依頼が来た、誰かがあのキレイな子を殺そうとしている。

 誰かがあのキレイなものを害そうとしていると、そう知った瞬間に現状維持は不可能だと思った。

 だって、あのキレイなものを失うわけにはいかない、何してでも自分の手元に留めて、守らなければならない。

 守らなければという感情はすぐに独占欲に変わった、誰にもあれを殺されたくない、誰にもアレを傷つけてさせたくない、誰にもアレを穢されたくない、誰にもアレに触れてほしくない。

 かろうじて押さえ込んでいたものが堰を切ったように止まらなくなった。

 仲介屋を殺して依頼主を探していたら、あの情報屋から連絡が入った。

 あの子が身体を売ろうとしたら自分に流せと脅しておいたあの情報屋は、あの子とは十年くらいの付き合いがあるらしい。

 そんな憎らしい情報屋から、あの子が金のために身体を売ってもいいと言ったから、自分に流すと。

 そう、だから仕方がない。


 のこのことやってきたあの子は自分の顔を見てとても驚いて、そして逃げようとした。

 とっ捕まえたら抵抗してきたけど、全然大したことがなかったので、そのまま、無理矢理、滅茶苦茶に。

 よほど怖かったのか、それともよほど嫌だったのか、あの子は何度も何度も悲鳴を上げて、しても無駄だとわかっているんだろう抵抗を続けた。

 それが、すごく良かった。

 そう、それでいい、あの子みたいにキレイな子が自分に向けるモノは恐怖と嫌悪だけでいい、そういう負の感情以外を、どうか抱かないでほしい。

 心も身体もドロドロに溶けるようなキモチイイ一晩はあっという間に過ぎ去った。

 そんな夜の終わり、朝日が見える前にあの子の小さな口の中に麻薬をつっこんで、飲み込ませた。

 ちょっとした幻覚が見えるクスリだ、恐怖心を増加させ、服用したものが『怖い』と思っているものをより恐ろしく感じさせる代物。

 クスリのせいで自分のことがより恐く見えるようになったらしいあの子の泣き顔を見たら、収まりかけていたものが収まらなくなったので、その日は結局日が高く登ってまた落ち始める頃まで、あの子を甚振った。


 情報屋はたっぷりと脅したので死に物狂いであの子を殺そうとしている奴を探すだろう、もしもダメだったらアレは殺してまた別の情報屋をあたればいい。

 そんなことを考えながら歩いていたら家に着いた。

「ただいまあ」

 声をかけると小さく金属がぶつかり軋む音が聞こえてきたので、思わず顔がニヤけていく。

 わざと足音を立てて歩き、寝室のドアを勢いよく開けると、ちょうど鎖で繋がれた彼女の瞳から大粒の涙が流れたところだった。

「ふふ、いい子にしてた、ねえ、おかえりって言ってよ」

 ゆっくりと歩み寄ると彼女は大きな悲鳴をあげる。

「いや!! こないで、こないでください……!!」

「やだ」

 泣き喚いているのが無様で可愛い、怖いのに何にもできないのが可哀想で可愛い。

 彼女の前でしゃがんでその頬に触れる、意外と良く伸びるそれは柔らかくて暖かい。

「触らないで!! やだやだやだやだ!! きたないからさわらないでくださいよ!!」

「うんうん、きたないねえ、こわいね、でもやめたげない、今日もいっぱいきたなくてこわぁいことしようねえ」

 そう言ってやると彼女の顔が絶望に染まる。

 それがとても嬉しくて、今日もまたキレイな彼女をぐちゃぐちゃに穢すための準備を始める。

「はい、じゃあ今日のおクスリ。はい、ごっくんしてね」

 そう言って笑いながら、どぎつい色の錠剤を彼女の口の中に捩じ込んだ。

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