情報屋
自分の十年来の顔見知りを買ったこの街一番の殺し屋は、彼女を薬漬けにして飼い殺しにしているらしかった。
「一晩だけって話だったはずでは?」
「そうだっけ?」
殺し屋はニタニタと笑っている。
思わず溜息を吐いた。
付き合いは長いけど別にたいした金にもならないし、たいした利益にもならないからあれがどうなっても別にどうでもいい。
「ま、別にどうでもいいっすけど。にしても物好きっすねアンタも。あんな根暗のどこがいいんすか?」
「んー、全部? いかにも普通のどこにでもいる馬鹿っぽいところと、こんな街に住んでるくせに甘っちょろいところも、オドオドしてるところとー、なんかちんまくて小動物っぽいところとー……他にも色々、たくさん」
「ふーん……ところで二年前の猟奇的殺人事件、アンタが薬漬けにした馬鹿女が冤罪かけられそうになってたあの事件の犯人、前々からなんとなく察してたんすけど……動機も含めて答え合わせをしても?」
「んー? いいよぉ」
「犯人はアンタ。動機は被害者があの馬鹿女が身体を売ろうとしていた相手だったから」
「せーかい」
殺し屋はにっこりと笑いながら答えた。
「だってさあ、お金欲しいから頑張ってるのはしってたけどぉ、そのために薄汚い脂ぎったおっさんにあの子が身体を売るとか論外じゃん。チップ弾んでたのにさあ、普通に足りてなかったんだろうけどぉ……けどうん、やっぱアレはない」
「そうっすか。……それで本日はどういうご用件で? あの馬鹿女をとうとうアンタのものにしたっていうご報告だけ?」
「違うよぉ。情報屋にきたんだから情報を買いにきたに決まってんじゃん」
「はあ、そうですか。どんな情報を?」
「この前挽肉になったバカな仲介屋がいるでしょう?」
「いますねえ」
「あれやったの俺なんだけど」
「え? そうだったんすか? なんで?」
「あの仲介屋から仲介されたの。あの子の殺害依頼。惨たらしく殺せって」
「……なんで?」
あの馬鹿女は金のために犯罪がまいのこともしていたけど、それでも殺されるほどの恨みを買っていたわけではなかったはずだ。
けどまあ人間はわりとくだらない理由で簡単に同族相手に殺意を向ける生物なので、特段驚くようなことではないのかもしれない:
「知らね。だから情報買いにきたの。ねえ、あの子を殺そうとしてるのってどこのどいつ?」
「いや、知らねぇっす」
「あっそ、じゃあ調べて、金は弾むよ」
「へえ、毎度あり……ちなみに仲介屋のやつは……吐かなかったから挽肉になったってわけすね、あの仲介屋、そういうところはきっちりしてたっすから」
義理堅いというか変なこだわりの強い男だった。
だからああいう形で死んだと知った時、実は妙に納得していたりもした。
「うん、何やっても吐かなかったの。だから殺して見せしめにしたの」
「そうっすか」
「そういうわけだからよろしくね」
殺し屋はニコニコと笑っている。
笑っているのに圧が凄まじい。
探しきれなかったら果たして自分はどんな目に遭うのだろうかと思わず溜息を吐いた。
「まああの仲介屋の仕事なら調べてもマトモな情報出てこなそうっすけど……いけるところまでは調べてみますよ、ただあんま期待はせんでくださいっす」
しにたくないなあにげたいなあ、と思いながら、それでも依頼達成以外に自分が生き残るすべはどうもなさそうなので、仕方なくそう答えた。