11.猫と私のイラスト
「もうすぐGWだね」
寒い日がすっかりと無くなり、時々夏を感じる程に暑い日差しを日傘で遮って過ごすようになった。それでも気温が下がる夜もあり、夜と昼の気温差、日毎変わる天気や気温に体が怠さを感じてしまう事もある、そんな春。
「そうだね」
「何か予定ある?」
「何も」
何も予定は無かった。どこか旅行に行くにも帰省をするにも、ハチが手術をしたばかりなのでどこかに預ける気にはならないし、誰かと会う約束も特に無かった。
一人の寂しい休日を過ごす事になりそうだ。ハチが居るので寂しくは無い筈なのに、独り身だと寂しそうに見えてしまうし見られてしまうのは何故なんだろうか。
「遊園地、行く?」
「遊園地?」
そんなワードが同期から出てくるとは思わず、つい聞き返してしまった。
「この間の合コンでさ」
「『楽しそうでしたね』の人の友達との合コンだよね」
「そうそう。目黒さんね」
「楽しかったって言ってたね。でも特にアプローチは無いって話してなかった?」
「そうそう。そうだったんだけど、普通に友達みたいな感じで皆で遊ぼうってなってね、向こうの男は同じメンバーなんだけど、こっちの女子が一人予定合わなくてさ。遊園地は偶数人数の方が良いかなって思うし、神田予定無いならどうかなって」
もう皆は一度会っていて顔見知り同士の中に私一人入るのは緊張してしまいそうだ。合コンで出会った人と仲良くなって皆で遊園地に行くなんて、もの凄い社交性だなと思ってしまう。
それに同期と目黒さんは本当に友人関係なのかと思えてしまう。目黒さんは全く同期に気持ちが無いのだろうか?頻繁に連絡を取り合って実際に何回か会って、今度はグループとはいえ遊園地だ。
「遊園地は好きだけど、その中で馴染めるかな」
「変な人は居ないよ。皆良い人達だよ。あと、夜は遊園地でバーベキューしようって言ってるよ。最初はキャンプに行こうって話もあったけど、私虫が苦手だから変更して貰ったの」
GWにキャンプと迷って遊園地とバーベキュー……。いかにもリア充っていう感じだ。
「キャンプは私も苦手。遊園地なら行っても良いかも」
「本当!」
一日位何か予定があって遊びに行くのも悪くない。
それに、目黒さんと同期がどんな雰囲気なのか直接見てみたいという気持ちもあった。実は目黒さんは同期にアプローチを掛けているのに同期はそれに気がついていないだけなのではと思えてならないのだ。それともやっぱり気の合う友人でしか無いのか。
初めは友人だったけど、近くに居て相手を知って行く程に惹かれる事もあるだろう。
それなら私にも分かるから。
***
彼との同居生活は、一ヶ月が過ぎすっかり私の当たり前になっていた。朝起きると二人で朝食と弁当の準備をして一緒に食べ、彼に見送られて仕事に行く。仕事が終わり帰ると彼に迎い入れられ既に準備された夕食を一緒に頂く。そして一緒に洗い物をして交代でお風呂に入り、別々に寝る。休みの日には一緒に買い物に出掛け、日用品や食材を買い込む。
相変わらず彼の仕事はなかなか見つからなかった。けれどアパートの清掃をしているからか、ご近所の方と顔を合わせることが多く、誰それのお婆ちゃんにキウイフルーツを袋一杯に貰ってきたり、どこそこのお婆ちゃんの荷物を家まで持って行ってあげたお礼にと林檎を貰ってきたりと、お金は無くても食材は増えるという謎の現象が起きていた。やっぱり竜泉という名前はご利益があるのかもしれない。
またある時はどっかのお婆ちゃんに頼まれ、急に映りの悪くなったテレビの調子を見て直してあげたとかで、サツマイモや栗を貰ってきた。そうやって声を掛けられるのがお婆ちゃんばかりなのは彼が若い男の人で、爽やかなイケメンだからだろう。
生栗なんて貰ってどうしたら良いか分からなくて戸惑ったけれど、彼がお婆ちゃんから貰う時にいろいろと聞いたそうで、下処理から保存、そして調理まで完璧にやってくれた。彼の作ってくれた栗ご飯は最高に贅沢で美味しかった。
『テレビを直せるって、凄いね』
『そうですかね。……工業系の高校だったので』
『そういう専門の仕事は?』
『あれくらいは誰でも出来ますよ』
そういうものなのだろうか。私には出来ないけれど。
一緒に暮らしていてその他にも発見があった。結構絵が上手いことだ。
家にはパソコンはあるけれどプリンターが無い。そして彼は未だにスマホが無い。彼に道案内する為に地図を手書きで書こうとして私のあまりの下手さ加減に笑われてしまったのだけれど、彼が自分で地図アプリを見て書いた地図は分かりやすくて上手かったのだ。『上手いね』なんて言って猫のイラストをリクエストして描いて貰ったらハチにそっくりな猫で、凄く可愛らしくて、犬描いて、羊描いて、ウサギ描いて、プリン描いて……等のリクエストを次々とこなしていき、紙にはイラストレーターかと思うイラストがずらりと並んだのだ。
私が下手なのもあり『凄い』『上手い』と連呼していたら、『司さん描きますよ』と言われた。時々私の顔を見ながら真剣に私を描く彼を見ていると、心臓の音が早くなった。私をじっと観察する目は真剣なのに時折照れなのか顔が緩む。その目と目が合うと私は体温が上がって手汗をかいてしまっていた。それでもその視線をそらしたくなくて、彼を見続けた。
彼が描きあげた私のイラストは、可愛らしいのに特徴を捉えていてとても上手かった。
『その絵が欲しい』と言ったのに、『地図を書いた紙に描いてしまったので』と言ってくれなかった。
翌日彼は地図を持って出掛け、帰ってから『もう必要無くなったなら欲しい』と言ったら、『恥ずかしいから捨ててしまいました』と言われた。ちょっとショックだった。『もう一回描いて』と頼んでみたけれど、描いてはくれなかった。
絵が上手くて、料理もあっという間に上達して、テレビも直せてしまって。きっと器用なのだろうと思った。
私は彼にだんだんと惹かれていることに気がついていた。でもだからと言ってどうかしようとも思えなかった。
私は彼より四歳も年上。若い彼にオバサンと思われていてもおかしくは無い。そんな私に想いをぶつけられても嬉しく無いだろう。困惑するだろう。そしてここに居づらくなるだろう。まだ彼はここを出て一人で生活するのは無理だ。もっと収入が増え部屋を借りられる位にならなければ。つまり想いを告げるということは追い出すということだ。私がここに居ても良いと言っても、彼からしたら居たくは無いだろう。
想いを告げるのならそれは彼が出て行く時だ。でも、そうなら告げる必要も無い気がする。その時は別れの時なのだから。
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