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Report-3 コーヒーカップと『湯気女』

蒸し暑い季節になってきたねぇ。

そろそろ怪談大会でも開いて涼をとるのも良いね。

ところで君は好きな怪談ってあるかい?

え、無い? そうか…それは残念だ...。

おぉ、そうだ!今日はひとつ怪談のようなアナザーについて話そうか。

きっと君も気に入るだろう。

しっかり記録していてくれよ。




以前温泉巡りの話をしたのを覚えているだろうか。

その温泉巡りの最後に選んだのが、雪山の中にあるお風呂付きの山小屋だった。

管理人に予約をとると貸切で宿泊も出来るという事で1晩そこに泊まる事にした。

あの日は雪が降っていた。

お風呂の温かさをより強く感じるため、冬の時期に予約を取ったからだ。

麓の町で食材なんかを購入し、山を登る。

やがて見えてきたのは昔話のアニメで見るような山小屋だった。

良い雰囲気じゃないか と呟いて中へ入ると、なかなか広い空間である。

1人には少し広すぎるな と思いながら、私は荷物を下ろした。


お風呂を沸かしながら、私は本を読んでいた。こんな雪山ではネットは使えない。

たまにはこうしてゆっくり読書、という時間も大切にしようと考える。

と、その時だ。

コンコンッと山小屋の戸を叩く音が聞こえた。

もう遅い時間だが…管理人さんか?

やや不審に思いながらも、私は戸を開けた。


「すいません!道に迷ってしまって。

少し休ませて貰えませんか?」


髪に雪を纏いながらそう言ったのは若い女性だった。


「貴女は…!」


それは以前出会ったことのある女性だった。




私が淹れたコーヒーを受け取り、彼女は息で冷まし始めた。

この女性の名はユキさん。

以前調査を行った温泉で出会った明るい雰囲気の女性だ。

あの調査はかなり刺激的だったから記憶していたが、彼女とはあまり話をする事もなく別れたのだった。

そのため、名前についても先程自己紹介し合った折に知った。

なんでも探しものをしていたら急に吹雪いてきてしまい、迷ってしまったらしい。

変わらず雪の降り続く外へ追い出すのも可哀想だ、ということで一晩宿を共にすることにした。

管理人さんには明日事情を説明すればわかってくれるだろう。


今回の目的であったお風呂の準備が出来たのでユキさんにお先にどうぞ、と勧めた。

一番風呂は惜しいが、先程まで雪の中を歩いていた女性に優しくできないほど自己中心的ではない。


「いいの?

ありがとー!寒かったから嬉しい!」


ユキさんは嬉々としてお風呂へと向かった。

一緒に入る? と言われたが丁重にお断りした。


しばらくして、お風呂のユキさんに夕食を食べるか尋ねに行った。

そこでふと違和感を覚える。

音がしないのだ。

本来、人がお風呂に入っていれば、少なからず水音がする。また、動くだけでも多少の音はするはずだ。

その音が一切しない。

もうお風呂から出たのか?

いや、お風呂の電気はついているし、何より脱がれた洋服が畳んで置いてある。

ということは、まだ彼女は入浴中だろう。


「まさか...!」


入浴中に気を失っているのではないか?

だとすれば彼女の身が危険だ。


「っユキさん!

いたら返事してください!」


やはり反応がない。

やや躊躇うが迷う時間はない。

お風呂場の扉を開け、中の様子を伺う。


「!?」


そこににあったのは湯船から立ち上る湯気だけだった。


ユキさんが消えた?

私が困惑していると後ろから声がかかった。


「なぁに、先生?

やっぱり一緒に入りたくなったの?」


振り返った私の目に映るのは人の顔をした、湯気。

揺れ動くソレはだんだんと形を持ち始める。

やがて湯気はユキさんの姿となった。




お風呂から出たユキさんとテーブルを挟んで向き合う。


「貴女の正体について質問しても?」


私が問いかけると


「正体ねー。私は私だけどね。」


そう言って彼女は笑った。


「…先生は雪女の昔話を知ってる?」


急に尋ねられ戸惑う。


「怪談に出てくるものでしたら。」


私が答えると彼女は頷いて続けた。


「雪女のお話にはいくつかのエンディングがあるの。

その1つが最後に人間の好意でお風呂に入れられ、身体が溶けてしまったというものよ。」


「…その話と貴女に何の関係があるのです?」


私の言葉に彼女は微笑みで返した。


「身体が溶けた時、お風呂から立ち上った湯気は雪女の魂を引き継ぎ肉体を得た。

それが私よ。」


いわば雪女の生まれ変わりって感じ? と彼女は言った。

私はメモを取りながら質問を続けた。


「こんな時間に雪山で何をしていたんです?」


今更な気もするが気になって尋ねる。

すると彼女は


「…昔の仲間に会いたくてね。」


と言った。

昔の仲間、つまり友達の雪女に会いに来たらしい。

人目につかない夜に探し始めたが、雪山で湯気の身体を維持するのは難しいらしく、加えて吹雪の影響で迷う結果となった。

お風呂で湯気になっていたのは、他の物体から出る湯気を取り込むことで肉体維持が可能だから だそうだ。

湯気状態だと声が聞こえなくて私の呼びかけに気付かなかったらしい。



「この身体じゃ、もう雪女とは言えないから」


そう言った彼女の目が寂しげに揺れていた。








よし、今回の話はここまでとしよう。

ん?

ユキさんがどうなったのかって?

気になるかい?なんてね。

君の後ろに居るじゃあないか。

ユキさん、自己紹介してあげてくれ。


「はじめましてー。ユキといいます。

ここで先生の助手兼秘書をしています。

よろしくねー」


彼女は行くあてがないらしくてね。

険究所で働いて貰うことにしたんだ。

ちなみに移動時はカップコーヒーの湯気と同化して肉体維持したんだよ。

え?

険究所の職員は私だけじゃないのかって?

何を言っているんだい。

君と出会った時に言っただろう?

ここで働いている『人間』は私だけだってね。




Report-3『湯気女ゆきおんな

雪生まれ変わった湯気の身体を持つ

温泉からコーヒーカップまで湯気ある場所に彼女あり

ほら、あなたの後ろにも…


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