POWER
二人はそれぞれの便器を前に、ジッパーを下げ、放尿した。片方は放尿と同時に放屁した。
「おいっ!」
「失礼」
手洗い場に設置された天井のスピーカーから乾いたチャイムの音が鳴る。昼休みが終わる。
「俺は……」
チャイムの音程は、日に日に低い方へズレていっているようだ。恐らく、再生するテープか機器が古くなっているのだろう。スピーカーから生じる不快な音割れによって、部屋の空気はしばらくビリビリと震えていた。嫌な感じだ。
「……聞こえなかった」片方は聞き返した。
「俺は、どこへでも行く。どこへでも」
その男は両腕を水平に広げた。尿は止まっていたが、ジッパーは開きっぱなしだった。
「戦闘機のように!」
ゴオオ、と太い唸り声を上げながら、便器の自動洗浄が始まる。
「戦闘機」は便器の前から垂直に飛び立つと、初夏の青空を高く高く昇って行った。
戦争が始まる。ここから逃げなくては。
カビ臭くいつも薄暗い木造の旧校舎が取り壊されたのは、部活終わりの生徒が喫煙所として使っていたのが公になったからだ。シケモクが廊下の端に積もろうが、吐き出したタールで窓が茶色く変色しようが、学校側は何も関せずにいたのだが、SNS上で問題とされてからの対応は驚くほど迅速であった。
「戦闘機」の横で鉄のフグに化けて飛んでいた私は、その時代の話をしてみた。
「私が初めて飛んだのは、その校舎の三階の便所なのさ」
「何年前になりますか」
「君は、学校で習ったろう。日本で戦争が始まったのは、いつだったか。何年前かって?困ったな、私は地上の暦などとは無縁なので分からないよ」
「私は学校に通ってません」
「かわいそうに」
地平線が遠くで美しく弧を描いている。
我々は太陽を背に、雲の上を静かに航行した。
私が義務教育を終えていなくても、そんなことはどうでもいいことではないか。こんなに、こんなに大きくて、有機的な複雑性に覆われた地球という丸い塊が、宇宙空間になんの支えもなく、ただただ漂っているという事実に比べれば。