説明を求めます。
私は応接室から見える城の庭園を眺めていた。
彩り豊かな花々が咲き誇る庭園は王家御用達の庭師たちが丹精込めて手入れをしている甲斐もあり、王族だけではなく城にやってくる貴族たちの心も楽しませていた。
私、この国の第一王子であり、次期国王であるクロード•ハイルディンは婚約者の到着を今か今かと、待っていた。
何と言っても会うのは一ヶ月ぶりでこんなに会っていないのは婚約して初めてである。
親睦を深めるため、最低でも週に一回は会いましょうという周りからの提案で私達は顔を合わすようにしていた。
だが、今回は特別な事情があり、なかなか会えない日々が続いていたのだ。
久しぶりに会う婚約者に喜んでもらうため、部屋の装飾、お茶、お菓子もいつも以上に準備したつもりだ。
まぁ、喜んでくれるかどうかは別問題だが。
すると、扉の方からノックの音が聞こたので応じると執事からレイチェルが来たことを伝えられた。
執事に案内され応接室に入ってくる私の婚約者レイチェルはにこやかに微笑みながら「御機嫌よう、クロード殿下」と、挨拶し、私も「久しぶりですね、レイチェル。」と、声を掛け、彼女の手の甲にキスをした。
一瞬、彼女が眉をひそめたがすぐに令嬢らしい笑顔を浮かべて、私達は席についた。
「本当に久しぶりですね、レイチェル。お元気でしたか?」
「そうですわね。元気かどうかと聞かれたら違うというのが正しいかと思いますわ。」
おや、いつもと違う答えだ。
彼女はいつも元気かと聞かれたら「はい。」や「殿下もお元気でいらっしゃいましたか。」など当たり障りない返答ばかりだったというのに今日はいつもと違う回答である。
「そうでしたか。どこか体の具合が悪かったのですか?」
「嫌ですわ、殿下。わかっていらっしゃるのに、そんなことを聞かれるなんて。」
「何をですか?私は何も知りませんよ。何があったのか教えてください。」
「かしこまりました。殿下たっての希望とあれば答えましょう。実はこの一ヶ月私は外出禁止を両親から言い渡されており、自分の部屋から一歩も外に出ることができなかったのです。少し気分転換に屋敷の庭に行こうとしてもそれすら許されず、しかも私の趣味である魔法の研究も禁じられ、ただただひたすら勉強漬けの毎日だったのですわ。本当に憂鬱で苦しい毎日でした!」
息継ぎをしていないんじゃないかと思うほど一気に話し終えたレイチェルはハァ、ハァと息を切らした。
「そうだったんですか。大変でしたね。」
そう言うと彼女は引きつった笑顔で私の顔を見た。
こんな表情の彼女を見るのは初めてだ。
これはこれで可愛い。
「……何を他人事みたいに。殿下は私の置かれた状況をご存知だったのでは?」
「いえいえ、しばらくは私の元へ来ることはできないと予め公爵から連絡は受けていたのですが、まさかそんなことになっていたとは知りませんでした。まぁ、公爵夫人のことですからレイチェルに何かしらのお説教は与えるだろうなと思っていたんですが、まさか一ヶ月もの間とは公爵夫人はやはり厳しい方ですね。」
「ということは殿下はわざとされたんですね。お父様にあんな嘘でたらめを……。」
「何の話ですか?」
「とぼけないでくださいな!先日、殿下はお父様に『レイチェルはマリッジブルーになっているせいか私との距離を置きたがっている。さらに結婚して妃になる前に王立魔法議会の仕事をしたいと言っている』なんて仰ったそうではありませんか!私はそんなこと一言も言っていません!!」
私は彼女の話を黙って聞く。
「そもそも王立魔法議会とは国でもトップクラスの魔法使いたちが集まる組織で、いくら公爵令嬢で魔法が使えるとはいえ、魔法使いのエリート集団の組織に全く功績がない私が就職しようなどとおこがましいことこの上ない!そりゃあうちの両親も心配します。何より私が就職するはずだった魔法省の魔物討伐部隊の就職話もきれいになくなっておりますし、これから住むはずだった住居の契約もなくなっているではありませんか!お父様はそんなことしてないって仰っていますし、全部殿下が手を回しているとしか考えられません!!一体どういうことなんですかっ!?」
言いたいことを思いっきり一気に話したのだろう。彼女はハァハァと息を切らした。
「とりあえず、冷たいジュースでも飲んで落ち着いては?」
彼女は私が入れたジュースを受け取ると勢いよく一気に飲んだ。
淑女としてどうかと思うが、面白いので黙っておこう。
「さぁ、殿下。今度は私の質問に答えてくださいませ。どうしてこんなことをなさったのですか。」
彼女は私の顔を見ながら笑っている。
しかし、睨みつけているためあまり品のある笑い方とは言えないだろう。
「そうですね。……レイチェルは心当たりありませんか?」
「質問を質問で返すなんて、不快でしかありませんわ。」
「そうですね、失礼致しました。でも、レイチェル?事の発端はあなたなんですよ?」
「……私?」
「はい、そうです。」
「私が何をしたと言うんですか!私は殿下に何もしておりません。」
「やれやれ、これは怒りで忘れているのか、それとも悪いとすら思っていないとのか……前者であることを祈りたいですね。」
私は彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「いいですか、レイチェル。あなたはあの日、私に婚約解消の申し出をしましたよね。あれ、実はすごく傷ついたんですよ」
「……はい?」
レイチェルは困惑した様子で固まった。
「私が婚約解消の申し出をしたことで傷ついた……それは、王子としてのプライドが?」
「違います。」
「では、男としてのプライドですか?」
「それも違います。プライドの問題ではありません。レイチェル、私はあなたのことが好きなんです。一人の女性としてあなたのことを愛しているんです。」