では、作戦を実行しましょう。
クロード殿下とのお茶会からしばらく経った日。
私は自室にて、今日までに準備した物をチェックしていた。
「今後の居住地の確保良し、生活必需品の確保良し、資金の確保良し、家事の仕方の習得良し、そして就職先の確保……良し!これで一通りの生活の確保はできたかしら。」
私は以前から準備していた自立、つまり一人暮らしに必要な物を一式確認していた。
これらは「将来王族となるためには一般市民の生活についても学ぶ必要がある」という理由で講師をつけてもらい、その授業や公爵邸で働いているメイドたちから一人暮らしの生活の仕方、家事のやり方などを教わった内容をまとめたものである。
実際に一人暮らしを始めたときに全くわからないということがないように料理や洗濯のお手伝いもさせてもらった。
最初は「御令嬢がなさることではありません!」と止められたが必死に頼んだ甲斐もあり、渋々ながら教えてくれることになった。
私があまりにも必死に取り組むものだから最後にはみんな真剣に教えてくれるようになり、「もし、お嬢様が一人暮らしをされるようになったとしても安心ですね。」なんて冗談をメイドは言っていたが、まさか本気で一人暮らしを考えているなんて言えない私は笑うしかなかった。
そして、当分の生活面が困らないように前々から個人的に始めた事業で得た資金が少しずつだが集まり、しばらくは生活できるほどまでになった。
これは、貴族の嗜みとして両親から許可されたものであるため、まさか娘が平民として生きていくための資金集めだとは両親は思ってないだろう。
就職先となる魔法省の魔物討伐部隊への就職も来月に決まり、それまでは狭く小さいながら一人で暮らす分には充分の新居で生活に慣れて行くとしよう。
これで今日からでもこの公爵邸を出て一人で暮らしていく準備ができた。
今後、自分が思っていたよりも必要な物が出てくるかもしれないがそれはその時に考えるとしよう。
全ての準備の確認ができると扉をノックする音が聞こえたため「どうぞ」と、答える。
「お嬢様、馬車の用意ができました。」
メイドが城へ向かう馬車の準備ができたことを知らせてきた。
「わかりました。今、行きます。」
私は馬車に向かうまでの間、今まで住んでいた公爵邸を眺めて感慨深くなった。
この屋敷を見るのも今日で最後かもしれない。
今日、私は今から向かう城で婚約者であるクロード殿下に婚約解消を申し出るのだ。
それをきっかけにお怒りになった両親にけじめとして公爵家から出ていくことを伝え、一人で生きていく。
……完璧なシナリオだわ。
私は自分が立てた作戦が素晴らしくて思わず笑ってしまった。
いけない、いけない。
これから私は婚約解消するために覚悟を決めていくのだ笑うなど以ての外だ。
そんな私を見て使用人たちは「うちのお嬢様、今日はすごく機嫌が良さそうだな」と、思うのであった。
城に着くと、「今日は少し冷えるので温室にご案内致します。」と、城の執事に案内された。
私は礼を言うと温室に飾られた花々を鑑賞しながらクロード殿下を待つことにした。
しばらくすると、「レイチェル、お待たせしました。」と、クロード殿下が笑顔でやってきた。
あぁ、私はこの笑顔を曇らせてしまうことになるのか……
心の中で申し訳ないと思いながらも「御機嫌よう、クロード殿下」と、挨拶を交わした。
席に着き、他愛もない世間話を続けるとそろそろ本題を出そうと私は話を切り出した。
「クロード殿下。実は本日、殿下にお願いしたいことがあって参りました。」
「私に?レイチェルからお願いとは珍しいですね。大切な婚約者のお願いとは何でしょう。」
クロード殿下は滅多に頼み事をしない私からのお願いに一瞬、キョトンとしたがすぐに笑顔で聞いてきた。
私は意を決して、答えた。
「はい、実は……私達の婚約を解消していただきたいのです。」
シーン……と、温室が静かになった。
「……申し訳ありません。レイチェル?よく聞こえなかったのですが……。」
「婚約解消していただきたいのです。こちらからの一方的なお願いで本当に申し訳ないのですが。」
「……私の聞き間違いでなければ、我々の婚約解消と聞こえたのですが。」
「聞き間違いではありませんわ。殿下、私との婚約解消をしてくださいませ。」
クロード殿下をチラッと見ると、思いがけない言葉を言われたのがショックなのか固まっていた。
えっ、そんなに衝撃的だったのかしら?
だって、私達の間に恋人のような愛情は今まで感じたことはなかったし、どちらかというと友人としての関係が強かったと思うのだが。
「……理由を聞いても?」
言われるであろう質問に考えていた答えを言うときが来た!
「はい。……実は、前々から私は殿下の妃になることに自信がなかったのです。私のような未熟者が果たして殿下をお支えすることができるのかと……。」
「いえ、そんな……。レイチェルほどの御令嬢なら妃として申し訳ありません。周りからの評判も良いですし、何より私の両親、王と王妃もレイチェルのことを気に入ってるんです。何も心配することはありませんよ。」
私はそんな彼の言葉を聞いて「いいえ、いいえ。」と、首を振る。
「他の方々がそう仰っていても、私自身が許せないのです。どんなに努力して立派な令嬢になったとしてもまだまだ殿下のお隣には立てないと……。そう考えてしまったら夜も眠れないのです。」
「レイチェル……。」
私は瞳を潤わせて、最後の台詞を言った。
「お願いです……。殿下、この憐れな婚約者の最後の頼みどうか聞いてくださいませ……。」
しばらくすると、クロード殿下はハァっと溜息をついた。
「……わかりました。君の頼みを聞くとしましょう。」
ハイッ!よしっ!!来たー!!!
作戦通りっ!!!!
私は思わずガッツポーズを取るのを何とか堪えつつ、ふんわりと笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、クロード殿下。」
すると、クロード殿下は小声で何か言ったような気がしたが作戦が上手くいったことに喜ぶ私は何と言ったのか聞かなかった。
後ほど、私は聞いておけば良かったと叫び声を上げるのである。