一話 異世界からの使者
お待たせして申し訳ございません。ようやく大幅に改訂という名の書き直しが終わりました。
気がついたら二十歳も半ばを過ぎ、三十路に差し掛かろうとしていた。一体、俺は何のために働いているのだろう?
「お疲れ、西京。まだかかりそうか? 」
「あ、お疲れ様です。あとこの書類の訂正だけなんでやっちゃいます」
「そうか、じゃあ俺は帰るからなー」
「はーい。お疲れ様です」
係長の安藤さんの背中を少し見送った後、人もまばらになった事務所で俺はキーボードを叩く。これさえ終われば今任されている仕事はすべて終わる。明日は定時に帰られるだろう。
「はー……」
ついため息がでる。疲れからではない。
(ブラック企業じゃないだけましだよな)
高校を卒業して五年。
最初こそ仕事というものに慣れず、必死になって喰らいついていた。
だが今はどうだろうか? 一通りの事も覚え、ある程度の仕事を任されたり後輩の指導なども経験したが、あの時のような必死さはない。
向上心がないわけではない。今より仕事ができるようになって給料とかをもっとよくしたいとは思っている。だが、手を抜くことを覚えた今、その思いは大分薄れてきている。
なぜなら、そこまで頑張らなくても仕事があり、給料をもらえるからだ。はっきり言えば、ぬるま湯にどっぷりと浸かっている。
(そりゃ給料は安いけど残業もそんな多くないし休日出勤もない。土日は休みだし……無理に上を目指す必要はないよなぁ)
そんな事を脈絡もなく考えながらキーボードを打つ手は止めない。さて、帰ったら何食べようかな?
◇◇◇
『初めまして! 君が西京 龍君かな?』
「は?」
風呂に入り食事を終え、あとは寝る時間まで録画していた深夜アニメでも見ようと、リモコンを手にしてテレビに向き合った瞬間、見たこともない少女がいきなり画面に映し出された。
歳は十代後半といったところか、淡く艶やかな青色の髪を肩で切りそろえ、あどけなさが抜けきっていない顔は近所に住む幼馴染みのような親近感を見る者に覚えさせている。
『あれ? 聞こえてないかな? もしもーし、龍君聞こえてるかいー?』
突然の事で固まっている俺に、声が聞こえてないと思ったのか画面内の少女は大きな声でもう一度俺に語りかけたり、手を振ったりして反応するか確認している。
『おっかしいなぁ……ちゃんとこっちの神様に許可貰ったんだけど……』
「え、あ、……なにこれ?」
『あれ、聞こえてるの!? もー、だったら返事くらいしてよ!』
無理だろ、普通に考えて。いきなりテレビの中から話しかけられたら誰だって驚いて固まるわ!
しかし少女は大層ご立腹で、実に柔らかそうな頬を膨らませている。こうなった場合、俺の取れる行動は一つしか無い。
「ご、ごめんなさい……?」
自分に非があろうとなかろうと、謝ってしまうのが一番である。大抵はこれで上手くいく……はず。
『……まあ、いきなり話しかけてびっくりしちゃんだろーから許してあげる!』
「あ、ありがとうございます」
何故かナチュラルに上から目線だがこの際気にせず、上手くいったことにほっとしておく。
「えっと、これは何かのドッキリ……とか?」
『あはは、違うよぉ。僕はこのテレビを媒介にして、そっちの世界の君に話しかけているんだ』
……何?『そっち』の世界?
ここで俺の脳はフル回転する。いささか歳をとって『その手』の話に対して反応が鈍くなっているがまだまだ現役である。
いきなり現れて話しかけてくる少女、どこにでも平凡なサラリーマンの俺、そっちの世界という単語……これらが導き出す答えは一つしかない!!
「やれやれ、ついに俺が異世界の勇者として導かれる時が来たというわけですね」
『んん?』
「ん?」
……あっれー? この展開だと間違いなくこういう事のはずなのにこの少女は首を傾げているぞ?
『あ! あー……そういう事か。ごめんね、そういうんじゃないんだ』
暫し沈黙が場を支配したあと、俺と同じ結論に至ったであろう少女が申し訳なさそうに告げてきた。やっべ、超恥ずかしい!!
「そ、そうですか! あはは、すいません早合点しちゃって!」
『う、ううん! こっちこそ思わせぶりな登場しちゃってごめんね!』
再度沈黙が訪れる。気まずい、気まずすぎて帰りたくなる。ここ俺の家だけど。
そんな気まずさに耐えきれなくなったのか、少女はこほんと咳払いして空気を変えてくれた。
『と、とりあえず自己紹介しようかな!』
「は、はい!是非お願いします!」
『私の名前はハイル! メイレー様の|分霊体≪ぶんれいたい≫だよ。あ、メイレー様って言うのはこちらの世界で愛を司る女神様の事だよー』
どやっと胸を張って自己紹介をする画面の少女……いや、ハイルさん。服の上からしっかりと自己主張をするソレに思わず目が行ってしまう。あ、いや見たいけど見てる場合じゃねぇ!
慌ててこちらも自己紹介をしようとして、あることに気づく。
そんな俺の考えが読めているのか、ハイルさんはにこりと微笑んで俺の思っていた事を言い当ててしまった。
『そういえば、俺の名前なんで知ってるんだ、でしょ?』
「あ、えっと、はい」
『それはね、こっちの世界の神様に教えて貰ったんだ!』
おい神様個人情報を勝手にばらさないでくれる? てか神様ってほんとにいたんだ……。
「他にも色々知ってるよ? 今は彼女がいないとか、一人暮らしだとか、子どもの時好きだった女の子の名前とか!」
その情報いる!? いらないよね? 特に最後!
『とまあ、君の事は君以上に知ってるよ。でも、自己紹介は本人からされたいな』
「は、はあ……でしたら、その……西京 龍です。ご存じのように二十三歳独身の普通のサラリーマンです」
『うんうん、じゃあこれからよろしくね、龍君』
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
『よし! それじゃ、そろそろ本題に入ろっか』
色々ショックが大きすぎて忘れてたけど、そういえばまだハイルさんの目的を聞いてなかった。
今度は早合点しないように居住まいを正し、しっかりと聞く姿勢を作る。
『実は龍君に、こっちの世界で働いてほしいんだ』
「働く……ですか?」
『うん、是非君に。お願いできないかな?』
いきなり働けと言われてはいわかりましたとは答えられない。何をするのかすら教えられていないのだから。
「えっと、いきなり働いてほしいと言われましても……その」
『あ、そうだよね。ごめんね、今から説明するよ』
急かしすぎたと謝るハイルさんに、俺は大丈夫ですと答えてハイルさんの説明を聞いていった。
よろしくお願いします。