第0.5章
ハナ 「二宮君・・・同じ注意されるのこれで何度目?」
カイト 「はい・・・申し訳ございません・・・」
ハナ 「謝罪が欲しいんじゃなくミスをしないでほしいんだよ。
ミスが一個あるだけで取引先に迷惑がかかるし何より二宮君の責任になるんだからね?
同じミスをしないようにするためには意識を変えないといけないと変わらないからね。
とりあえずこれは直してきて。何時ごろに終わる?」
カイト 「・・・3時間もあればでk」
ハナ 「一時間で直して持ってきなさい。そんなにかからないでしょ?」
カイト 「分かりました。やってきます。」
ハナ 「もし一時間たっても直せなかったら一回私まで見せに来て。直し方を一緒に考えましょう。」
カイト 「・・・はい」
先輩の席から離れると緊張の糸がほぐれ、がっくりと肩が落ちてしまう。
(はぁ、またやり直しか・・・)
落ちた肩が戻らないまま自席にもどると同僚が話しかけてくる。
リュウ 「相変わらずハナちゃん先輩は優しいねぇ。俺の担当と代わってほしいよ。」
カイト 「でもまたやり直し食らったよ・・・結構自信あったんだけどな。」
ハナちゃん先輩というのは先程まで話していた先輩だ。
歳はそんなに変わらないように見えるが「デキる先輩」であることは間違いない。
一人で何件も契約を決め、月間MVPも何度も取っている。
入社してから1年だけもらえる新人MVPは先輩が独占し続けたため、先輩の同期は一人も受賞できなかったと伝説になっている。
カイト 「とりあえずこれ直さないといけないからまたあとでね。」
リュウ 「俺もあんな美人の先輩に優しく教えてもらいたいなぁ。イワオさんも優しくなんねぇかな。」
イワオ 「優しくなくて悪かったな。」
リュウ 「い、イワオさん!!!」
いつの間にか後ろに立っていたイワオ先輩に驚くリュウ。
このイワオ先輩こそハナ先輩の同期で、ハナ先輩と比べられることを嫌っている。
イワオ 「じゃあ優しい俺が飛び込み営業のコツをやさーしく教えてやろう。
この後何も業務ないよな?一緒に行くぞ。」
リュウ 「せ、先輩?冗談ですからね?先輩はいつも優しいですからね?」
イワオ 「おう、よくわかってんじゃないか。その優しい先輩が行くんだから一緒に来るよな?」
リュウ 「了解です!すぐ行きます!・・・カイト、頑張れよ。あと、今日飲み行こうな。」
カイト 「う、うん。リュウも頑張って。」
イワオ 「あー二宮君だっけか?ハナの言うことは間違いないからな、言うこと何でも吸収していけよ」
カイト 「あ、はい。・・・頑張ります。」
リュウとは同期入社だ。いつも空気を読み、周りを気にかけてくれていている。
今回みたいに落ち込んでいる人がいると軽口を言って和ませてくれる。
そんな奴だから営業成績も同期の中でも上位だ、先月の新人MVPもリュウが受賞した。
(ちなみに総合MVPはハナ先輩だ。)
カイト (とりあえず・・・これ直してハナ先輩にもっていかないと)
~1時間後~
ハナ 「うん、これなら大丈夫ね。お疲れ様。」
カイト 「・・・ありがとうございます。」
ハナ 「二宮君才能あるんだからさ、この癖は直した方がいいよ?
この仕事するうえではできるだけない方がいい癖だからね。
じゃあこれは部長まで承認もらって今日中に先方に送っちゃおうか。」
カイト 「わかりました。では行ってきます。」
(ハナ先輩に才能あるって言われてもなぁ・・・皮肉じゃないんだろうけど。)
ハナ 「・・・あ、そうだ。二宮君、今日の夜空いてる?」
カイト 「あ、今日は先約が・・・いえ、残業ならやります。」
ハナ 「ううん、残業じゃなくて一緒に飲みにでも行こうかなって思ったんだけど。
先約いるならまた今度ね。」
カイト 「気を使っていただいてありがとうございます。機会があればぜひご一緒させて下さい。」
ハナ 「呼び止めてごめんね。部長しばらくしたら会議らしいから早めに行ってきちゃいな。」
カイト 「わかりました。確認もらってきます。」
部長 「うん、さすが堂島の監修だね。これでオッケーだよ。二宮君もお疲れ様。
今回も期待してるからね。」
堂島というのはハナ先輩の事だ。
カイト 「ありがとうございます。お忙しいところありがとうございました。」
この部長もとてもいい人だ。
パワハラ・モラハラとは無縁で営業時代には成績もかなり良かったらしい。
本人曰く、野生の勘が優れているらしくここぞというときの判断は間違ったことがないとのこと。
なので社長からも周りの社員からも好かれている。
そんな部長の承認も問題なく降りたところで先方に送るために自席に戻る。
メールの文面を作りながらも頭の中は先程の先輩とのやり取りでいっぱいだった。
カイト (・・・緊張しててスルーしちゃったけどハナ先輩に飲みに誘われた?
なんだろう。やっぱ勤務態度とかで怒られるのかな。
先輩怒ると怖いらしいって聞いたし僕が迷惑かけてばっかりだし。気が重いなぁ)
Pipipipipipi
内線電話が鳴る。
カイト 「お疲れ様です。営業部の二宮です。」
部長 「お、ちょうどよかった。悪いんだけど先週の現場のヘルプに入ってもらえる?
詳しい話までは聞けてないんだけど君が適任だと思うから。」
カイト 「先週の現場ですか?あまり詳しく聞いてないですけど大丈夫ですか?」
部長 「まあ大丈夫だろう。詳しくは現場の担当者に聞いてみてくれ。
あと会社を出る前に一応、堂島には二宮君の方から報告しておいてくれ。」
カイト 「わかりました。とりあえず現場にも伺います。」
部長 「ありがとう、助かるよ。じゃあよろしくな。」
部長からの電話を切りながら思う。
カイト (今日は残業かなぁ。)
「先週の現場」というのは先週決まった大口の契約の事だ。
かなり大口らしく、決まるまで営業部がすこしピリピリしていたくらいだ。
今日は確かうちで扱っている商品の第一弾が現場に到着するころだったはず。
何かクレームだろうかとも思ったが、クレームの処理ならこんな新人に任せたりはしないだろう。
ハナ 「部長から?なら早く行った方がいいね。会社で何かあったら私が引き受けるから。
心配しないで行ってきていいよ。」
現場に向かう前に先輩に報告しようと思い立ち寄るととても嬉しそうにそう言ってくれた。
カイト 「あ、ありがとうございます。では行ってきます。戻ったらまたご報告に伺います。」
ハナ 「うん、行ってらっしゃい。気を付けてね。」
カイト 「ありがとうございます。」
(気を付ける、か。
気を付けるも今回の現場は何も歩いて20分ほどだからね。)
~外~
外に出るともう日が沈みかけていた。
カイト (もう夕方か。早く行って早めに済まそう)
カイトの営業成績は悪くない。
しかし、実際にカイトと仕事をしていない人からの評価は中の下程度だろう。
仕事も遅くはなく、言動も丁寧、人間関係も良好。
しかし、性格というよりは癖が災いして、うまく評価につながっていない。
学生時代からもテストの結果は悪くないが、通信簿から見る成績はイマイチだった。
担任の先生やクラスメイトからはよくしてもらえるが、遠目から見ると目立ちにくい。
カイトはそんな人生を送ってきた。
それにしても、と信号待ちをしながらカイトは思う。
若いながらに伝説を作るような先輩の下につき、同期でも有望株が気にかけてくれ、
部長からも仕事をもらえるようになった。
それなのに・・
カイト 「こんなパッとしないやつで申し訳ないなぁ。」
そんなことを思いながらふと横を見ると非日常的な光景が目の前にあった。
―――交差点の進行方向から明らかに外れた赤い車。
―――道路に駐車しようとしているにはありえないスピード。
―――運転手の焦った顔。
一秒後、宙を舞う僕の体。
イワオ 「あー二宮君だっけか?ハナの言うことは間違いないからな」
ハナ 「気を付けてね。」
部長 「君が適任だと思うから」
部長の野生の勘、また当たりましたね。
そんなことを思いながら僕の体は地面に叩きつけられ、
ぼくはいしきをてばなした。