第一章2:ゲリュオン
僕らは再び線路へ向かう。
エディルナの言葉に従って。
「『ゲリュオン』…一体どんな奴なんですか?」
いきなりの怪物退治だ。正直実感がわかない。
もうすぐ対峙するんだ…。列車の乗客をまとめて消した怪物に。
「レイディアストーンがあるんだろう?ならば、充分に勝てる相手だ。」
その言の葉信じるしかない。とりあえず。
「でも、必ず線路沿いにでるのか?それ。」
「もちろん怪物の心なんか読めないから100%とは言い切れないが…まあ間違いないだろう。ここ何か月かは、あのあたりをテリトリーにしているからな。
列車を襲い始めたのは最近のことだがな。」
正直、怪物に出ないでもらいたいという気持ちもあった。
…でも、レイディアストーンがなければ太刀打ち出来ないなら、僕らがやるしかない…。
「もうすぐ線路だ。今日も列車は来るのだろうか…。いいかげん情報が伝わっていて欲しいものだが…。」
線路沿いの森は、なぜ昨日よりもさらに鬱蒼としているように感じた。
どこだ?どこからやってくるんだ?
僕は常にあの濃緑の森に気を配っていた。
どこからくるかはわからない。
どこからくるかはわからない。
「でも、エディルナさん一人では倒せないのですか?」
「私一人では倒せないとは言い切れないが、まあかなり危険な賭けだっただろう。石も一個しかないわけだし。」 「石はやっぱりたくさんあったほうがいいんですか?」
「ああ。『共鳴』を起こすからな。」
「『共鳴』?」
「…複数の石のエネルギーが一点に向かって放出されるときには、エネルギー同士がその力を高めあって、さらに大きな力を発揮するんだ。
…だから、石の個数が増えた時は、単純にそのパワーは加算的にではなく、幾何級数的に増える。と言うことだ。」
「幾何級数的に。」
「この性質もまた、この石が便利かつ、危険な理由だ。石ごとの相性もある程度のまとまった数のレイディアストーンが集まれば、世界など、簡単に滅ぶかもしれないんだよ。」
森は相変わらずの鬱緑色で。
そこからは何が出て来てもおかしくないような感じ。
木々がざわつくだけで、僕らはついついびくっとしてしまう。
そこら中に、なにかがいるんじゃないかという感覚。
無限の種類の危険性を相手に警戒しなければならない感覚。
…しかし、その様な警戒は、ある意味必要がなかった。
その瞬間は思いの他すぐやって来た。
『それ』は僕らのすぐ目の前に、何ら警戒を抱くことなく、僕らより強いという圧倒的な自信と威厳のようなものを抱いていた。
ゲリュオンが現れた。
木々の間から。
見たことなくとも、一目でわかった。
それは知る限りのどの獣の形とも違っていた。
一番近いのは犀だろうか。
だが、尋常ではない大きさの牙が二本生えている上に、背格好は象ですら蹴り飛ばせそうな大きさだ。
ゲリュオン…。
これが、ゲリュオンだ…。
その存在相手に、一瞬気が遠くなるような感覚がした。
しかし、エディルナの言葉が、僕をここに引き戻した。
「いいか、まず奴はレイディアストーンを用いた攻撃波を発するだろう。
これは我々の石の力を発動させることで無力化出来る。」
「発動…。」
「いいか、まずは、意識を自らに集中させ、身を守る姿をイメージするんだ。
そう敵が発する何かを受け流す自分をイメージするのだ。」
僕らは咄嗟にそれをやる。
確かに、ゲリュオンは一般的な意味での攻撃をする風ではない。
なにかこちらを睨んでいるようだ。
目が乾いてしまいそうなほど、やつはこちら一点に集中している。
次の瞬間。
体はいいようのない重圧を覚える。
それはどの方向とも言えない、とてつもない重圧…。
とてつもない重圧にもかかわらず、それに押し潰されない自分に不思議な感覚を抱きながら。
尚僕らは、自らを貝に閉じ込めるがごとく、その石で身を守っていた。
ゲリュオンは次第に落ち着きを無くしてゆく。いら立っているのか?
やがて、重圧が消えたかと思うと、ゲリュオンは突進して来た。そこには苛立ちと少々の焦りが感じられた。
「今だ。今度はこっちが仕掛けるぞ。奴一点に対し攻撃したい気持ちを向けるんだ!」
エディルナは僕らに叫ぶ。
僕らは言うとおりに、目の前の巨大な怪物に意識を向けた。
「畏れてを抱いてはいけない。畏れは己の攻撃心をそいでしまう。余計なことは何も考えず、ただ奴へ反抗心を向けるんだ。心配するな。今やこちらのほうが有利だ。」
僕は瞬きする瞬間さえ惜しんで、ゲリュオンへ気持ちを向けた。
昨日の列車事故など…考えずに。
怪物と僕らの距離が10メートル程になった時、怪物の体が光につつまれた。
…かと思うと、その体は轟音と共に、僕らとは反対方向へ吹き飛んだ。
その勢いは木にあたっても止まらず、幾本もの木をなぎ倒しながら、森の奥の方へ飛んでいった。
やがて、その巨大な体がこめ粒程にしか見えなくなった頃、森の奥の奥でそれは止まったようだった。
僕とクラダハイムはその威力を目にし、言葉を失っていた。
ただ米粒になった怪物の方を見て、呆然としていた。
「…ふう。やはりな。3人で石を行使すれば、不慣れでもこれほどの力…。」
「…恐ろしい…。」
僕らがその石が危険であることを体感した瞬間だった。
僕らはエディルナに言われて、先にエディルナの家へ戻った。
彼は怪物の生死を一応確認してから戻るとのことだった。
小屋につくと、とりあえず僕らは食卓のようなイスに座った。
「…まあ、何ていうか…ケイコの言う『不安』が見えた気がするな。」
「うん…。たった3人で使ってこの威力…。でも…どうしてこんな簡単に威力を発揮出来たのだろう?」
「ん?」
「ケイコさんが言ってたじゃないか。石で攻撃するのには訓練がいるって。なのにどうして…。」
「さあ…エディルナのお陰なんじゃないか?あの人石をよく知ってるっぽかったし…。きっと『共鳴』とやらを起こす時は、一人慣れてる奴がいれば充分なんだよ。」
確かにそうかもしれないが…。
僕の心の奥で誰かが言っている気がした…。
…そんな単純な理由じゃない。と。
ポケットの中の石の表面を撫でながら、僕は考えていた。