序章2:レイディア・ストーン
序章2:ゼロ点
僕らは長い長いらせん階段を降りている。
やはり、相当に深い穴のようで、なかなか底にはたどり着きそうにない。
ただ、地上にいる時は聞こえなかったが、いまでは、何か蒸気機関を稼働させているかのような音が、底の方から微かに聞こえる。
底に近付くに連れ、その音は大きくなっていく。
やはり、何らかの人の出入りがあるのは間違いないようだ。
「なんだろうな、この音。何か機械のような…。」
「鉱山とか、そんな感じだよな。実物見たことないけど。」
段々はっきり聞こえてきているその音は、その期待もあって、僕らを近代文明に近付けているかのように感じさせた。
考えてみれば、こんな大掛かりな建造物(と言ってもただの穴ではあるが)もあまり見ることはないからな。ちょっとしたサッカー場なんかはすっぽり入ってしまいそうな穴なんだから。
底にたどり着くとまず目に入ったのは目の前の看板だった。
そこにはこう書かれていた。
・この先関係者以外立ち入り禁止。ここは第一種国有特定立ち入り制限区域のため、侵入者は法律に基づき、処罰される。又、関係者が何らかの事情で立ち入る場合も、必ずグランルーシ公認の研究者と同行すること。ここにある一切のものを持ち出す場合にもまた、同研究所発行の許可書が必要となっているので、注意されたし。
これはまた随分厳しいことが書いてるな。まるで軍用基地とか、そう言うものの入口とかに書かれていそうな文句だ。
「『持ち出し禁止』ってことは、やっぱりなにか持ち出されると困るものがあるんだろうな。」
しかし、問題は、穴の底に別に目立ったものは見当たらないってことだ。
僕らはそこら中を懐中油灯で照らしながら穴の底を歩き回ったけれど、特に目立ったものはなかった。また、底から更にどこかに続くような通路も見つからなかった。
「持ち出すったって何を持ち出せってんだ。ここにあるのはせいぜい石ころくらいじゃないか。」
そう言って、クラダハイムが床を照らした。
その時、少し向こうの床の上で、ゆらゆらしたの明かりに反射して、なにかが光ったのが見えた。
「なんだ?」
二人が駆け寄って光ったところを見ると、拳大の石ころが落ちていた。
真っ暗な所では、一見ただの石ころと変わらないようにも見えた。
しかし、懐中油灯の明かりに照らすと、それはやはり強い光沢があるようだった。
しかも、懐中油灯の火でははっきりとはしないが、少なくとも普通の石らしくはない何か特異な色をしているように思われた。
「なにかの宝石の原石だろうか。だとしたら結構な価値がありそうだけれど。」
「これが持出禁止のもの…なのかな。」
まあ、価値はありそうだけど…。近代文明を期待していた僕らとしては、少し拍子抜けだった。
「まあ、売ったらそれなりの価値にはなりそうだし、もらっとくか。」
しかし、それ以外は特になにもなさそうだった。
仕方ないから帰ろうか。と、話していた時。
「誰だ!おまえたち!なにをしている!」
振り返ってみると、青い光を放つを持った、人間が三人立っていた。
「やべぇ!」
とりあえず、僕らは階段に向かって一目散に走り出した。
幸い僕らは階段のすぐ近くにいたし、彼らとは充分距離がある。
僕らは全速力で階段を昇り始めた。
わけがわからない…。
機械音の正体は見当らなかったし、大して隠すほど重要なものもなかった…なにより…
彼らはどうやってあの穴の底に来たんだ?
地上と繋がるのはらせん階段一つだけだったし、その階段は僕らのすぐ後ろにあったが、誰かが降りて来た気配はなかった。
階段を昇りながら僕はそんなことを考えていた。
非常事態の割に冷静な自分に少し驚きながら。
息を切らせながら地上にたどり着くと、追手はもういなかった。
あきらめてくれたのだろうか?
それも妙な話だが…。
とりあえず助かったと見えて、僕らは階段脇の地面に座り込んだ。
「はぁ…何とか逃げ切ったか。」
階段を昇るような足音も聞こえなかったので、彼らは追うのをやめたようだ。
「…それにしても、やっぱり妙だ。彼らは一体あの地下のなにもない所でなにをしていたんだ?」
謎は謎を呼ぶということか。
僕らの探険は、更に疑問を深めるものとなった。
わかっているのは、この巨大な穴が、大事な『何か』だということ。
大事な『何か』だということ。
まさかなにもないところを『第一種』立入制限区域にするはずもない。
弟一種というは立入制限のなかでも特に制限の厳しいもので、
細菌なんかを扱う研究所や機密にかかわるような施設に適用されるものだ。
「君達か。穴の中に侵入したのは。」
突然背後から、男の声がした。
振り返ってみると、そこには研究者のような服を着た男が二人立っていた。
一人はかなり年老いていて、片方は若い青年だった。
年老いた方がさらに言葉を続ける。
「あ、警戒しなくてよろしい。私たちは別に、君達を拘束したり、ましてや危害を加えるようなことをするつもりはない。
…ただ、ちょっと尋ねたいんだが…穴の底で、何か変わった石を拾ったりはしなかったかね?」
僕らは答えなかったが、彼は話を続けた。
「もし、よかったら、それをこちらに渡して頂きたいんだ。君らも気付いているかもしれないが、それはとある宝石の原石でね。なかなか貴重なものなんだよ。」
年老いた男は、僕らが石を持っているのをさも知っているかのように言葉を続けた。
「そう、今言ったように、貴重なものなんだよ。だから、私たちにそれを買いとらせて欲しいのだ。」
そう言うと、若い方の男は馬車の奥から小さめのバッグを持ってきて、僕らの目の前で広げた。
そこには、かなりの額の大金が入っていた。
まるでなんかの小説にでも出てきそうな光景だ。
「どうか、これで譲ってもらえないだろうか。」
表情ひとつ変えず(暗闇でよく見えないけど)年老いた男が言った。何なんだ一体?
僕らは彼らを怪しむ気持ちと大金の間で揺れていた。この石を渡してしまっていいのだろうか…。
その時だった。
「ちょっと待ちなさい。」
どこからともなく女の声がした。
…かと思うと、森の影からその声の主かと思しき女があらわれた。
そして、僕らに向かってこう続けた。
「彼らにだまされてはダメ。その石を受け取ったら、すぐさまあなたたちを掴まえるか、殺すかするつもりよ。」
殺す…?本気で言っているのか?この女は?
僕らが殺されるかもしれないほど大事なものを、見るか盗むなりしたって言うのか?
「なにを物騒な…。我々はただ、その原石を買い取りたいだけですよ…。あなたこそ誰ですか?いきなり現れて…。」
年老いた男がさっきより多少優しさを装い言った。
僕らがどうしようか決め兼ねていると、
「どうやら、話してもムダのようね。」
そう言って、自分のポケットから何かを取り出した。
…それは、僕が持つ光る石と同じような石だった。
…ただし、女のもつそれは、火に照らされているわけでもなく、自ら青色に光っているようにみえた。
目の前がその青色の光一色になったかと思うと、急に景色が変わり、どこかの小屋のなかに僕らと女の3人は立っていた。 「…あれ?ここは…?」
「僕らは森のなかにいたはずなのに…?」 この女が何かしたのか?
「ふう。危なかった…って程でもないけど、まあ、もう安心して。ここは奴等には知られていないから、来れないはず。」
「…ここは?あなたの家ですか?」
「そう。まあ、禁じられた森の中であることは変わりないけど。さっきいた『ゼロ点』よりはもっと東側で、もうここはアルニカ領なんだ。」
やっぱり状況が飲込めていない僕らを見て、女は更に話を続けた。
「まあ、わけがわからないのも当然か…。まあ、順を追って説明するね。」
といってもどこから話せばよいやら…。と女がつぶやいたので、僕がとりあえず訊いてみた。
「とりあえず、どうやってあの穴から一瞬でここに来たんですか?」
「そうだよね。やっぱ最初はそこだよね。」
そう言って、女は、さっき光を放っていた石をポケットから取り出した。
「あれはこれを使ったんだよ。このレイディア・ストーンをね。」
「レイディアストーン…?」
女の手のひらのそれは、先ほどのような強い光はもう放っていなかった。
「これはね、世界のいくつかの場所の地底で発見される石でね、小さくても強力なエネルギーが詰まっているの。」
エネルギー…これが?
「そして、さらにすごいのは、触れている者の意思を感じとることで、その人が望む時にそのエネルギーを発することができるんだよ。その力で空間をまげて、ここに移動したわけ。まあ、宇宙が舞台の古典小説にでてくるワープみたいな感じね。」
「…ワープ…。つまり、君は、いきたい場所にいつでも行けるということか…。」
「そう。あ、ただし、具体的に行きたい場所の『風景』を頭に思い浮かべないと意思が伝わらないから、一度はいった場所でなければいけないって条件があるの。
…だから、さっき私は、やつらはここには来れないって言ったの。やつらはここにはきたことないから。」
「やっぱり、奴等もその石を持ってるのか。というか、これも…?」
「そう。あなたがさっきあの男に売ろうとしたそれもレイディアストーン。ただ私のとは採掘場所が違うから、少し種類が違うけれど。」
「と、言うと。」
「あなたの持っているのは熱吸収・放出型…石のエネルギー変換が任意に出来るから、周囲の熱を奪って石にためこんだり、逆にそのエネルギーを熱に変えて放ったりすることが容易なタイプ。何かの燃料がわりにするか、まあ、あとは、武器がわり使えるものだね。」
「武器…。」
「まあ、チェルノーブルのゼロ点で採れるのは、基本的にそのタイプなんだよね。あ、ゼロ点てのは、レイディアストーンの採掘場所のことを言うんだけど…。」
「つまり、あの大穴は、これの採掘場…てこと?」
「そう。チェルノーブルはこの石を少しまえから採掘し始めていて、少しずつ研究を重ねているみたい。燃料として…あるいは…。」
「武力として…。」
「そう」
「そうか、あのゼロ点が制限区域だったのは、この石のためだったのか…。」
「でも、あの穴、底の方には何もなかったぞ?見つけたのは本当にこの石くらいで…。」
「恐らく、それもまたこの石を利用した鍵装置かなにかがあるんだね。たぶんその石、鍵替わりだったのを誰かがおとしたりしたんじゃない?」
「鍵装置…。」
「石のエネルギーを応用すれば、それくらいは簡単だよ。
莫大なエネルギーを意のままに操れるのが、このレイディアストーンの、すばらしく、ただ、危険な特徴…。
わかる?大事な石を拾ったあなた達を無理やり掴まえず、あんな取引の真似ごとをしたわけ…。」
「…石を使われるのを、恐れたから…?」
「そう。なんてったって、あなたが強い敵意を奴等に向けただけで、エネルギーは放出してしまうから…。彼らもまだ、この石のことは研究中だから、恐れているのよ。その力を。」
「…それでも、なお、そのエネルギーを利用しようとする…。」
「まあ、仕方のないというか、必然なんだけれどね。国が他の国より繁栄しようと言うのは。」
「必然…?」
「実は、レイディアストーンが埋まっている『ゼロ点』は他にもあって、解っているだけで、世界で合わせて五つ。…この五つはいずれも、既に極秘でどこかの国が採掘、研究をしているみたい。」
「グランルーシも、それに乗り遅れるわけにはいかないってわけか…。」
そうやってまた、文明進歩が加速していくのだ…。
「なあ、それやばいんじゃないか?つまり、近代文明よりさらに進んだ文明が出来る…てことだろ。」
隣りにいたクラダハイムは、いままさに僕が思ったことを言った。
「また、戦争が起こったりはしないだろうか…。」
「たぶん研究している人達も、その不安をがないわけではないの。
…でも、人は元々進歩を求める、進歩してしまう動物だから、目の前にその進歩の源流がありながら、それを無視することなんて出来ないんだろうね…。」
人は、進歩を求める動物…。
『偉大な方』とやら。あなたは危険な文明を封印して、人間を救った。それは感謝するよ。
…でも、ダメみたいだ。人はまた新たな方法で、危険な進歩をしようとしてるよ。
…今度はあなたの厄介にならないですむと良いんだけれど…。
しかし、そのレイディアストーンの力に、僕は不安を感じざるを得なかった。