序章:禁じられた森
未来とか言ってますが、基本はファンタジー路線だと思っております。続けて読んで頂ければ嬉しいです。
それは、いまから遥か未来のこと。
極度に発達した文明同士の衝突によっておこされた戦争によって、95%の生物が絶え、世界は破滅寸前の状態に陥っていた。
少なくとも、あの時誰もが、世界をあきらめていた。
しかし、その時現れた何者かが、世界を滅亡から救った。
彼は、その元兇なる人間たちに条件を出した。
現代文明を放棄する代わりに、世界に今いる生物の生存、繁栄手段を
「残して置く」ことを。
「残す」 …つまり、星の再繁栄が約束されたわけではなく、星の存亡はその先の生物 …殊に人間にかかっている、と言うことだ。
人類を代表する何者かはこれを承諾し、戦争は終わった。
その後、残った国々の首長の取り決めで、あらゆる文明機械は放棄されることとなる。 …世界は一次産業革命直後まで逆戻りした。
そして、更に長い年月が経った。 かつて使われていた、あらゆる技術が復活することはなかった。
欲深い人間たちとは言え、遠い過去のあまりにおぞましい記憶は代々伝えられていった上、
「何者か」がそれを封じていたからだ。
しかし、
やはり人間は欲深だった。
かつての技術がだめなら、と各国は近代文明とは別の新たな技術を探り始めていた…。
序章:禁じられた森
空は今日も青空で。
街は少し油断を感じさせるほどにのどかだった。 平和という言葉がぴったりな日常が今日もそこに流れていた。
こんな現実を目にすると…
あのおぞましい歴史の話なんて嘘のようだ。
今日、歴史の授業で先生が話したのは。いわゆる『近代』と呼ばれる時代の歴史で。
つまり、世界を破滅寸前にまでおいやった『あの戦争』のことだった。 そのもっと昔はいまより遥かに進んだ文明があったという。
遥かに進んだ文明…。
僕にはピンとこないんだ。
僕はいまの生活にことさらに不便は感じないし、この文明が遅れているようにも思わない。
これ以上便利な生活って、どんなものなんだろう?
興味がないわけではないけど、あの歴史の話を聞いた後では…。
まあ、平和な今で充分だよな…。
昼休みになると、いつものようにクラダハイムと一緒に昼食を取るため、大広間に行った。
「なあ、知ってるか? あの『禁じられた森』の噂。」
クラダハイムは会うなりそう話しかけて来た。いつになく、やたらと顔に好奇の色が浮かんでいる。
「『禁じられた森』? まあ、あそこは禁じられているだけあって、かなりいろんな噂がたつよな。 戦争で死んだ人の幽霊が出るとか、かつて誰か自殺したとか、あそこに入ると出てこられないとか…。」
禁じられた森 …それはこのチェルノーブルの東側にある森で、未成年は愚か、全ての人の立ち入りを禁じている、まさに『禁じられた森』だ。
今も言ったけど、禁じられた理由は一切知られていないせいで、様々な憶測を呼んでいる。
「…そう、それでよ、なんかあそこに政府の役人みたいなやつとか、研究者みたいなやつとかが密かに出入りしているらしいんだよ。」
…まあ、なにごとにも例外は存在するってわけだ。
「へえ、それはまたどうして?」
いつになくクラダハイムは真剣。そーゆーデマとかに簡単に飛び付く奴じゃないんだが。
「どうも、あの中には、国の偉い方が欲しがる何かがあるらしいんだ。でも、ほら、あの辺はもう国境近くだろ? 隣りの国にそれを取られるのを恐れているんじゃないかって話よ。」
「何か、って?」
「近代文明のヒントか、あるいはエネルギーみたいなものなんじゃないかって噂になってるぜ。」
「ばかな、だってあれは封印されたって… それに、そんなもの復活させたら、また戦争がおこるじゃないか?」
「まあ、そうだが、でもあの文明の力はすごいらしい。もし一国が独占できたら世界なんて簡単に支配できてしまうっていうからな。 …国が欲しがるのも、そして取られるのを恐れるのも当然ってわけだ。」
…そう、誰もが知っていたんだ。
それに手を出せば、再び世界が危険さらされることも…そして、それを独占できたら、世界を支配する程の強国になりうることも。
「でも、そういった文明は全て、『偉大なる者』によって封印されたんじゃないのか?」
これもまた僕らは、歴史的事実として教えられていることだった。
「…さあな、もちろん『文明』が残っているというのは噂にすぎない。だが、政府の研究者らしき奴が出入りしているのは嘘じゃないみたいだぜ?夜中にこっそりと入っていくのを何人もみてるってんだからな。どっちにしろ、あの『禁じられた森』にはなにかがあるらしいな。」
ここまで聞くと、次の彼の言葉は予測が付いた。
「どうだい。一つ、今日の夜中に、あそこに忍び込んで見ないか?」
…やっぱりな。
「…って言ったって、あそこは入れないようにバリケードが張られているんだろ?」
「なに、かつてなら監視に便利な機械があったらしいが、いまとなっては所詮監視は、人と番犬くらいのものだからな。それに昨日、正門からだいぶはなれたところでバリケードに穴が開いてるのを見つけたんだ。あそこなら、監視用の詰所もなかったみたいだし、入れるんじゃないかな?」
確かにそれは一理ある話だった。近代の電子機器なんかがなくなってしまた現代。監視カメラもセンサー付き警報器も電流の流れる金網も『過去の』ものだった。
当初は治安の悪化が心配されたけど、犯罪者のほうだってコンピュータやらなんやらは使えないから、古典的手法に頼らざるを得ないわけで、それ程犯罪が増えているわけでもないようだ。
…そんなわけで、半ば無理やり僕はクラダハイムと共に『禁じられた森』に潜入することになった。
…と、言っても正直僕にも興味がないわけではなかったし、確かに彼の言うとおり、森に潜入することがそれ程無謀のことのようには感じなかった。
時計塔がその日の終鐘 …つまり午後十時を知らせた。真夜中に鐘がなっても近所迷惑なだけだから、時計塔は朝6時〜夜10時の間だけ、一時間毎に鐘の音をチェルノーブルに響かせるのだった。
街の中心に行けば、まだ機関車もでているから、人がいないと言うこともないけれど、大きな都市チェルノーブルの東端にあたる森のあたりでは、見受けられるのは森の入口の監視員くらいだった。
僕らは森の正門から2キロ南にある運動場で待ち合わせた。
別に長旅に出るわけでもないから、お互い持っているのは懐中油灯と、少しのお金…。森を行くのに鞄なんて邪魔なだけだろう。
「懐中油灯はまだつけるなよ。たぶんみつかりっこないだろうが、ムダに目立ちたくないからな。」
運動場から森のバリケードへむかう途中クラダハイムが言った。 このあたりはチェルノーブルの中でも特に寂れているところでその間建物はほとんどない。もちろんすれちがう人も全くなかった。
三十分ほど歩いただろうか、目の前に『禁じられた森』とチェルノーブルを遮る金網が見えて来た。
それは高さ十数メートルまで張られた金網で、上の方には鉄条網も張られている。まあ、普通なら上るのは無理だろう。
近付いて来るに連れ、その根元の地面近くに隙間があるのが確かに見えて来た。
金網が破れたと言うよりは、長い間に金網のしたの地面が若干沈んだかのようになっていた。
まさに灯台下暗し…と言ったところか。
なるほど、確かにひとりずつなら人が通ることは出来そうだ。
禁じられた森…金網の向こうにはただ暗闇が広がっていて、そしてやはり真っ暗な木々が繁っていた…。
僕は一瞬その先を進むことにためらいを覚えたが、クラダハイムはもう既に金網をくぐる途中だった。
いやおうなしに僕も後を追った。
木々が繁っていて進み辛いかと思ったけれど、いざ中に入って見ると意外と木々の感覚は広く、進むことはそう難しくはなかった。
前を歩くクラダハイムは全くためらいなくずんずん進んでいくので、僕はただそれについていった。
「なあ、いったいなにを頼りに進んでるんだ?何の目印もない森だってのに…。」
と、言いかけたところで僕は彼が右手に羅針盤を持ってることに気付いた。
「なんだ、持ち物なんて懐中油灯くらいかと思ったが、ちゃんと持ってたんだな。」
「あたりまえだろ。これがなきゃ進めないどころか、帰れるかどうかも怪しくなるぜ?」
禁じられた森の広さは知らされていないけれど、東隣りの国まで行く時、僕らは汽車で数時間かけていくから、国境に広がる森も、ある程度の広さがあると思われていた。…まあ、冷静に考えれば、羅針盤は必需品だ。
「とりあえず、東へ進んでいるんだ。まさかこのままアルニカ帝国まで行っちゃうとは思わないけどな。まあ、着いてしまっても、財布に旅券は入ってるから、そこまで問題もないけど…おまえも財布くらいは持って来たよな?」
僕は当然のようにうなづいた。僕らの住む国、グランルーシ国と、東隣りのアルニカは比較的仲がよく、旅券さえあれば比較的自由に行き来出来る。
僕らの年齢になれば、しばしばアルニカまで出かけることもあるから、財布のなかに常に旅券をいれておくのは、常識のようになっていた。
…そう、アルニカとグランルーシは仲が良いのだ。それなのに、『現代文明』ともなると、取り合いになってしまったりするのだろうか。
…まあ、あり得ないことではない。何らかの権益の取り合いが、対外関係を悪化させるなんてのは、歴史上幾度となく起こっていることだ。
そんなことを考えていた時、急にクラダハイムが足を止めた。
「どうしたんだよ?」
僕はあやうくぶつかりそうになった。
「…ここ、道になってないか?」
「え?」
クラダハイムは懐中油灯を右、左、と照らした。
なるほど、確かに木々の切れ目が通っていて、馬車が通れるくらいの広さの道が南北に伸びているようだ。
「随分整備された道だな。ほとんど凸凹がない。」
「例の政府の役人が通る道かな。」
それは生い茂る木々とは若干不釣合いな舗装路だった。
悩んだ後、僕らは南へ進むことにした。
北西に正門があるはずだから、そこからこの道が伸びている、と踏んだからだった。
「これは如何にも怪しい道だな。チェルノーブル市街地の道と変わらないくらいきれいなんだから。」
「少なくとも、やはり人の出入りはあるみたいだな。ほら、道にタイヤの溝が着いている。」
僕らは自動車を使わない。石油動力もやはり放棄したからだ。しかし、ゴムタイヤがそれよりさらに昔の鉄輪にまで退化しはしなかった。
乗り心地は大事…ということ…か?
南へすすみながら、僕はさっきから気になっていることを尋ねた。
「ところで、どうするよ。もしこの先に何らかの発見があったとして…、新聞社にでも売り込むのか?」
実際、現代文明のありかなんて発見したら、間違いなく新聞のトップを飾るスクープになるだろう。
しかも国を揺るがすスキャンダルというおまけつきなんだから。
「…もちろん実際に見つけてから考える話だけど、何となくそう言うことはする気にならないな。」
「どうして?結構な金になるぜ?」
「興味ないね。別にそれ程使い道もないし、金には困ってないしな。」
ほんと、変わったヤツだよ。
こんな好奇心旺盛なやつだったっけ?ほんとにさ。
クラダハイムと僕が出会ったのはミドルスクールの二年生…つまり14歳の時だ。
夏休み明けに転校生として僕のクラスにクラダハイムがやってきたのが始まり。
たまたま席が近くになったりして、まあ、たまたま気が合ったのか、仲良くなったってわけだ。
それからもう五年近くが経つ…。進学やら就職やらで多くの友達と出会ったり疎遠になったりしているけど、こいつとの付きあいは変わらず、何となく続いてる。
とはいえ、クラダハイムはあまり素姓を多く語らない男だ。ここに来る前のこととかは知らないし、一人の時に何してるとか、そんなことも話さない。まあ、こっちもそれ程興味がないから、突っ込んで尋ねたりはしないんだけど。
ただ、彼には親がいない。
…というか、親が亡くなった為に、親戚のつてを頼って、この町に来たとのことだ。
もちろん親を亡くしたことは彼にとっての大きな不幸だけど、親戚たちはとてもいい人で、しっかりカレッジにも通わせてくれるし、独り暮らしをしているいまでも、多少の仕送りをしてくれているみたいだ。
これが彼の素姓について僕が知っている全てだ。
しばらく歩いて行くと、目の前の森が少しずつ開けていくことに気付いた。左右の幅は広く、前の森は遠く感じられた。
なにか広場のようなものが向こうにあるのだろうか?
すると道の向こうにフェンスがみえてきた。禁じられた森の入口にあるようなのではなく、人の高さくらいの、まあ道の行き止まりを示す程度のものだ。
遠くからでは、ただの行き止まりか、と思われたが…。
「穴だ。大きな穴が空いてる。」
フェンスから十数メートルのところで僕が気付いた。
夜闇でなかなかわからなかったが、それはかなり大きく、また深い穴で、直径は数十メートル。深さは、少なくとも上から油灯を照らしても底が解らないくらいはある。
しかも、明らかに人工的に掘削され、崩れないよう保護されているように見られた。
「下で何かやっているのか?」
少なくとも上からでは、中に人がいるかは分からなかった。
辺りを照らしてみると、細い道が穴を囲むようについていて、丁度今いるところの対岸から階段がついていた。
下におりれるのだろうか?
フェンスについていた扉には鍵がかかっていたが、フェンス自体別に乗り越えられない高さではなかった。
当然、僕らはフェンスを乗り越え、階段の前に立った。
穴の周囲をらせん状に下って伸びている階段で、やはりかなり深くまで続いてるようだ。
僕らはあたりに誰もいないのを確認して、階段を降り始めた。