どちらのコーヒーに仕掛けがあるのか?
開かずの扉。
1人の主が引きこもり、時に抗いながら、連ねて紡ぐ世界を構築していた。
人と呼ぶべき姿に反して、人としての行動を超越し、歪み禍々しく、男はプログラミングを記していく。
たった1人で、何のために?
面白いから。いや、オカシイからだ。狂っているから。
人が1つの人生で間違ったところにしろ、進んで、進んで、進んで、
「えげほぉっええはははぁ」
寿命を多く削ろうとして、進んだ先。辿り着くか分からないところに辿り着こうとする。ある意味、その男にとっては死も終着点。
宮野健太にとっては、思うが儘にいられることが全て。故に彼の超越した点には霞みがある。
同類がいないことを幸福とも思っているが、必ずいないわけでもないし。自分よりも超える奴もいる。
トントントン
「邪魔だ」
肩を叩かれても、振り払った。いつもの奴かと思ったが、違っていた。
「宮野。コーヒーを持ってきたわ」
「……酉か」
この女だ。俺を従えているのは……。
酉麗子。この女と出会っていなければ、今の自分はいない。それは感謝という言葉にしたくはないが、近くにイカれたのがいると心安らぐといったか。オカシイことを素直に讃えることに悪い気はしないから
「二つあるけど、どっちにする?」
お盆に熱々のコーヒーが二つ。眠気覚ましか?それとも、片側だけに塩でも入れているのか?一呼吸入れるだけで集中しまくっている脳はいくつかの可能性と、不安を淀みに変える思考を送る。
左右対称に思える。仕掛けがどっちかにあるより、どっちにも仕掛けたとも言える。チャカしに来た?さて、なにをしてきた?
「どーしたの?」
「眠くもなんともねぇ」
「そーいう気は、あなたには微塵にも思ってないわ」
飲まない選択肢をしたら、こいつはきっとコーヒーをひっくり返して俺に構ってもらおうとするか?フフンッ、ひっかかるかと自信満々に、
「左のコーヒーをもらう」
「そう」
勘で選んだ。選んですぐにそのコーヒーに手をかけようとしたが、酉の方が早くコーヒーを手に取って、おもむろに飲んだのだ。一瞬、仕組んでない方を飲んだのかと思ったが、こいつにそれはないと付き合って来た経験から察する。口に含む程度に飲んでからだった。
酉が、自分の口に、口を寄せたのは。口から、口へ渡されたコーヒー。
「口移し」
「…………」
「あら?ドキドキしてくれない?私なりに宮野を驚かせたかったんだけど」
「松代にでもやっとけ」
……味の濃いコーヒーでやんな
「お前の仕事をやってるからもう下がれ、休息は十分だ」
「あーあ、集中する前に訊いてもいいんじゃない?」
「黙れ。お前の味はどーでも良い」
「……そー」
片方のコーヒーも引っ提げて、つまらなそうな仕草と雰囲気。我儘にしては違う。もう一つはなんだって、
「右のコーヒーは?」
聞いてくれないと部屋から出ないって顔。ウンザリだ。粘り強いより性質悪い女だから、訊いたのさ。
「間接キスね」
「ならそっちを選べば良かった」
気持ちがちっと緩んだ気がした。部屋から出ようとする足取りがUターン。そして、コーヒーをテーブルに置くのだ。
「じゃあ、こっちのコーヒー。置いておくね」
「…………」
相変わらず、酉は……
「間接キスもしてなさい」
「お前が消えてからな」
来年は酉年だし、酉麗子の活躍が増えたらとも思っています。
今年度もお世話になりました。