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彼女を渡す旅に出る。

作者: ポイポイ

彼女が死んだ。僕は彼女の願いを叶えるために、一人彼女を渡す旅に出る。

     1

 彼女が死んだ。彼女はとても優しくて、誰からも好かれる女性だった。僕も彼女のことは好きだった。他人の気持ちを考えられる本当に素晴らしい女性だったからだ。僕は心から彼女を尊敬していた。

 でも、彼女は死んだ。彼女は最後に、僕に一つお願いをした。

「私が死んだら、私の体を必要な人たちに分けてください。」

これが彼女の最後の願いだった。僕はその願いを叶えることを約束した。そして、その約束をしてからすぐに、彼女は死んだ。

 だから僕は今、一人車を走らせている。彼女の遺体を車に乗せて。彼女の願いを叶えるために。僕は、病気や体の不自由な人を探して、一人夜の道を駆け出していった。


     2

 ある男がいた。その男はある一家の主だった。でも、その男は右腕がなかった。

男は最初、自分の給料で右腕を買おうとした。でも、それを妻に反対された。

「子どものためにお金は貯めていてほしい。」

 これが妻の言い分だった。結局男は妻の言い分を聞いて、右腕を買わなかった。

そして、今に至るのである。貯めたお金は妻の娯楽に消えていった。男は今、息子の大学費を稼ぐために働いている。右腕がなくても働いているのである。

僕はその男に出会って、右腕を欲しいですか、と尋ねた。男は欲しい、と答えた。僕は再度質問をした。

「なぜ、欲しいのですか。」

 男は答えた。

「息子の大学費のお金をもっと多く稼ぐためです。」

 僕はその男に、彼女の右腕を渡した。男は一言「ありがとう。」と言ってきた。僕は軽く頭を下げて、この場を後にした。


     3

 帰りを待つ女がいた。その女は五十年前、最愛の夫とこんな約束をした。

「戦いが終われば、俺は必ずこの家に帰ってくる。帰ってきて、お前の作った肉じゃがを早く食べたいからな。」

「わかりました。なら私は、毎日肉じゃがを作って、あなたの帰りを待ちましょう。」

 それから五十年間、女は毎日肉じゃがを作り続けた。そう、夫がいつでも帰ってこられるように。

 でも、女の舌は歳のせいか、だんだんと味覚を感じることができなくなっていった。今ではほとんど味がわからい。

 僕はその女に出会って、舌が欲しいですか、と尋ねた。女は、欲しい、と答えた。僕は、それはなぜですか、と質問した。女は答えた。

「毎日、肉じゃがを作るためです。」

 僕はその女に、彼女の舌を渡した。女は僕にお辞儀をしてきた。僕もその女にお辞儀をした。


     4

 ある少女がいた。少女には両親はいなかったが、弟と妹がいた。少女は弟と妹を食べさせるために働いていた。

 少女が働いている店に一人の男がやってきた。男は言った。

「この幼い女の髪の毛はとても美しい。どうだ、私と取引をしないか。この女の髪の毛を私に売ってくれ。金はいくらでも出そう。」

 男の出した金額は、一生遊んで暮らせるほどの金額だった。店長は自分のやろうとしていることを理解しながらも、少女に髪の毛を差し出すよう詰め寄った。

 少女には、髪の毛を差し出すしか道はなかった。ここで金を稼がなければ、弟と妹を食べさせる金がなくなってしまう。少女は、仕方なく自分の髪の毛を差し出そうとした。そんな時、僕はこの少女に出会った。

 僕は状況を理解した。そして僕はこの男に対して、今までにないほどの殺意を抱いた。でも、僕は男のスーツを見て、この男の地位の高さを理解した。僕程度の人間では歯が立たないことを悟った。でも、だからこそ僕はその男との取引を始めた。

「少しお待ちください。確かに、この少女の髪の毛は美しいですが、私はもっと美しい髪の毛を持っています。私の持っている髪の毛も、一度ご覧ください。」

 僕は、彼女の髪の毛を男に見せた。男は言った。

「確かに、この髪の毛はとても美しい。だが、私の求めている髪の毛は、その少女のような初々しい髪の毛なのだ。」

 僕はそれでも、口を開いた。

「ならば私は、女性の最も聖なる毛もお付けしましょう。これならどうですか。」

 男は少し考えたあと、それならと僕との取引に応じた。男はそれらの毛をかばんに入れて、僕に大金を渡して帰って行った。

 僕はその大金を、横で僕をにらんでいる店長ではなく、その横にいる少女に渡した。少女は僕に「ありがとう。」と言って、その大金を店長に渡した。

 僕はとても気分が悪かったが、少女には笑顔を見せてこの場を後にした。


     5

 僕はそのあとも、ずっと彼女の体を渡し続けた。そして僕は、最後に彼女の親友だという女性に出会った。その女性は僕にこう話してきた。

「彼女の体はまだ残っていますか。」

 僕は正直に答えた。

「もう何も残っていません。」

 彼女の体は、必要な人たちのためにすべて渡した。もはや、彼女の存在を示すようなものは何も残っていなかった。

それを聞いたこの女性は「そうですか。」と深くため息をつき、僕に一通の手紙を渡してきた。

「彼女が君に宛てた手紙です。私のすべてがなくなったとき、この手紙を君に渡してほしいと、彼女に頼まれました。」

 僕はその手紙を受け取り、この場を後にした。そして一人車の中で僕はその手紙をそっと開けた。

「私はたくさんの人に何かを残したいです。どんな形でもいいので、誰かに何かを渡せる人でありたいです。でも、私は死にます。もう私は、誰かに何かを渡すことができません。これで私にできることは最後でした。私の願いを叶えてくれて、ありがとう。」


     6

 彼女は本当に素晴らしい女性だった。彼女は多くの何かを、たくさんの人に渡して生きてきた。そして、死んでからも多くの物を託していった。僕も彼女のようでありたいと思った。たくさんの人に、何かを渡せる。そういう人間でありたいと思った。

 だから僕は今、一人車を走らせている。もう、彼女を渡す旅ではない。これからは、僕が誰かに何かを残しに行く旅だ。僕はまた、一人夜の道を駆け出していく。


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