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終 『得るために失うものは』

広がる荒れ地。

どこまでもどこまでも広がっており、それに終わりは感じられなく、まさしく『無限』という言葉を体現していた。


この無限に広がる荒れ地の中で、俺にとって必要なものは一つのみ。


荒れ地の中に唯一の異端として存在している大きな森。


四つの中の三つは倒れ、己の願い、己の存在意義を証明するために乗り越えなければいけない試練はあとたったの一つ。


森は、俺の目の前にある。


逃げることも、遠ざかることもなく、俺の目の前に君臨している。


真っ暗な真っ暗な、底になにも見えないその門を。


乗り越えるために。


救うために。


証明するために。


俺は、くぐった。



◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆



門をくぐって意識が無くなっていたのは、今回は恐らく数瞬だった思う。


なぜなら、今回は地面に臥していることはなく、立っていたからだ。


地面に二本の足をつけて。


ただ、俺は立った状態のまま、暫く身動きが取れなかった。


「まじ、かよ」


なぜなら、俺が今立っている場所が、俺が最も見慣れた場所で、最も無駄な時間を浪費した場所……率直に言ってしまうならば、俺の部屋だったからだ。


「……十无?」


後ろから、声が聞こえた。

これはなにも今に始まったことではないから驚かなかった。

だが、その声音を聞き、声の方を向いた瞬間、またしても俺は驚愕することになる。


「お前……」


そこには、今までの『声の主』とは違い、確かに実体が存在していた。


ただし、驚くべきはそこじゃない。


そこにいたのは、俺が生きていた頃の親友。


「文達……?」


そう、親友の名は、亜越文達。


高校時代までずっと同じ学校に通い続け、そしてまた、俺が学校を休むようになってからもメールで励まし、俺に学校に来るように言ってきた友。


彼は、俺が携帯料金を払えなくなるまで、俺を励ましてくれた、最後まで俺に接してくれた無二の親友。


「そうだ、十无。勝手にお前の部屋に入ったのは悪かったな、すまない」


「え?俺鍵閉めてたはずなんだが……」


「まあその話については置いとくとして……」


「そうだな、この際その話はどうでもいいからな」


ふと、親友は表情を引き締めた。


「十无、お前、本当に死んだのか?」


何度も何度も驚かせれる。

ただ、答えは一つで、答えるべき答えも一つだけだ。


「……ああ」


「……そう、か」


彼は今度は遠くを見るような目をして、言葉を紡ぐ。


「おかしな話だと思うかもしれないが聞いてくれ。突然な、自分のことを神と名乗る奴が来て、お前が死んだって告げてきたんだ。考えてみればおかしいことは多かった。鍵を閉めてるはずなのに家に入ってきて、さらに、僕の名前を知ってたんだぜ?」


「……まともに考えればストーカーとか犯罪者だと思うよな」


俺の言葉を聞き彼は苦笑する。


「そうだよな、僕も最初はそう思ってたんだけど、色々説明されて目の前で超常現象まで起こされて、挙げ句の果てにはこの部屋、つまりはお前の部屋に瞬間移動ときた。もう信じるしかないわな」


そう言って、再び彼は苦笑した。


「んでさ、ソイツは僕をここに連れてきて言ったんだ。『じきにお前の知り合いが来る。そして、ソイツにはこう伝えてほしい。最もお前が恩義を感じ、最もお前が死んで欲しくない人、それを殺した時、道は開けるだろう。制限時間は三十分だ』だってさ」


「……は?」


体中に、悪寒が走った。

思わず呟く。


「な、そんなん、そんなこと……」


無理だ、そう言う前に、文達が問う。


「なあ十无、それって……僕か?」


「……ッ、それは…………」


そうだ。間違いない。

普通の人なら、もう少し悩むのかもしれない。

なぜなら、たくさんの人と出会い、話し合い、笑いあったはずだから。

自分が仲良くしていた友人の中から一人を選ぶなどそう容易ではないだろう。


だが、それに対して、俺の友人は一人だ。だから、答えは決まっている。


「……ああ、そうだ」


俺は、肯定した。


それを聞き、彼は、溜め息をつく。


「だよね。じゃなきゃ、あの自称神が僕をここに連れてきた理由なんてないもんね」


そこで一旦言葉を切ると、彼は目をこちらに向け、俺と目を合わせて、言った。


「十无、殺していいよ」


「……は?」


俺がその言葉を理解できなかった瞬間は刹那。さらに、理解してから出たその考えでさえ、疑問だった。


「何故かって聞きたそうな顔をしてるね。……唐突な話をしよう。君は死んでたそうだから知らないだろうけど、僕の両親と彼女が死んだんだ」


返す言葉は、なかった。

何故なら、俺は大切な人の存在が消えるという経験をしたことがないから。

今、もし俺が何を言っても、それが経験則ではない以上、それは欺瞞だ。


彼は続けた。


「悲しいよ。凄く、凄くね。両親が死んだと聞いて、僕はどうしようもない虚無感に襲われた。そこに、彼女の死が重なったんだ。もう、正直言って、何もかもがどうでもいい。それに、それにね…………」


そこまで言った彼は、突如顔に狂気の映る笑みを浮かべ、笑った。大きな声で。狂気としか形容のできない声で。


「彼女のほうはね、僕のせいで死んだんだ。おかしなことだよ。僕の運転が粗雑なせいで対向車とぶつかって、それが原因で、彼女は死んだ。僕には傷一つさえないのに!」


叫び、彼は笑った。

何がおかしいのか。今の会話の何が笑いをそそるというのか。

わからない。ただ、俺にわかるのは、唯一の友の心が壊れてしまったということだけだ。


「僕さぁ! 償いたいんだ。彼女を死なせてしまったし、親にはろくに親孝行もできなかった。だからさ………殺してくれよ、十无。ほら、ここにナイフだってある」


どこから持ってきたのか、彼は、俺にナイフを握らせ、死を願った。逃げることを願った。


「文達……」


それは、正しいことなのだろうか?


いや、断じよう。それは間違っている。

そんなことは死んだ彼女も親御さんも望まない、むしろ全力で止めるだろう。


そうだ、彼が死ぬことは間違っている。


……だが。


傷心し、我を見失った友と、地球にいる全員の命、どちらが大事なのだと問われたならば?


それは、前回の、俺の時と同じだ。


なにもしないならばその天秤は全員の命に傾く。


だが、ここで決定権を持つのは俺しかいない。傾けれるのは、俺だけだ。


正しいか、正しくないのか。

たとえ、俺の選んだ答えが間違っていたとしても、結果を決められるのは俺だけなのだ。


「十无、僕を殺してくれ……」


彼は、死を願い、人類は、生を望んでいる。


ならば、死にたい者は死なせ、生きたいものは生かすべきではないか?


なにより、彼が死を望むのは本当に間違っているのか?


永遠に苦しみ、悲しみ、罪の意識に悩まされるその生から逃げるのは、心の救済を望むことは、間違っているのか?


「…………クソッ……」


彼と再会してから、あと少しで三十分が経とうとしていた。


俺は、ゆっくりと歩を進め、文達に近づいていく。


「十无、頼むよ……」


彼は恐れることもなく、その場で止まっている。



―――そして、俺は、天秤を傾けた。



◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆



真っ白な真っ白な世界。俺はそこにいた。

そして、それは、今の俺の心を如実に表しているようだった。


罪悪感、哀愁、虚無感。


苦しい思いを噛み締めている俺に、声が響き渡る。


『……お疲れ、十无くん。これであとは君の魂を捧ぐだけで、未来は救われる。……やってくれるね?』


俺は、世界のために、文達を切り捨てた。その事実は変わらない。

だからこそ。


けじめは、つけなければならない。


「……ああ」


『……そうか』


神の呟きに続き、俺の手にはナイフが握られた。


『さあ、お別れの時間だ。鷲龍十无』


おもむろにナイフを胸に突き刺す。

特注品だろうか?

ビックリするほど綺麗に刃は貫通し、俺の胸から紅い液体がこぼれ落ちる。

不思議なことだが、痛いけれど、その痛みは今この瞬間に生きているという証で、だから、温かかった。


「…………じゃあな」


その温もりを感じる中、最期まで、自分の生を感じながら…………。


俺の魂は、未来のために消滅した。







◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆



鷲龍十无の父は、テレビを見ていた。


≪世界平均温度はだだいま急速に下がり続けており…………≫


そして、そのニュースは、地球の消滅が回避されたという内容だった。


「……ッ、おい!これ見てみろ!」


「なになに、どうしたの?」


――今も、この先も、十无の親を含め、知ることはない。


地球が、彼の手によって救われたことなど。



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