参 『強くなるべきは何か』
三度目だ。
俺は荒れ地に倒れていた。
そして、立ち上がる。
周りを見渡す。
やはり、四つの森がある。
「うおっ!?」
後ろにあった森、なんとなくだが先程挑んだ森だと思われる森が、音をたてて崩れていった。
「なる、ほど」
おそらく、クリアした森が崩れていくのだろう。
つまりは、あと、三回。
あの思いを三回もしなければいけないのだ。
「辛い、なぁ」
だけど、進まなければいけない。
さて、どれにするか。左と前と右にある。
「うーん……」
ふと思いつき、その場でくるくる回転した。人目がないからこそできることだ。
1回転、2回転、3回転、4回転……。
何度か回り、――急ストップをかける。
真ん中の森の前で止まった。
「真ん中、か」
迷うな。迷えば、怖くなる。
「おっしゃ行くぞ!」
そうして自分を鼓舞し、森の真っ暗な入り口を潜った。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
今まで通り、俺はそこで倒れていた。
人間とは順応の早いものだ。
すぐに立って周りを見渡す。
『よく来たな、挑戦者よ』
やはり、同じだ。
今回も試練を与えられ、そしてそれをクリアすることを求められるのだろう。
違うことといえば、この声が、前の森の奴に比べて狂気じみていないことだけだ。
『貴様は弱い。己に勝てず、過去に後悔をし続けた。あそこでこうしていれば、こうしていなければ、と。自分がもう少し努力をしていれば家族は自分に幻滅しなかったのではないかなどと、そこはかとなく思ってはいたのだろう?』
事実だ。
そんなことを言ってどうするつもりだろう?
後悔など皆する。逆にしない人がいるだろうか?
世の中で最善を送った人間だろうと、その最善よりもさらに最善があったのではないかと、仮に口では後悔はないと言っていても思っていただろう。
前回の、死の森の声の主はそんなことを言わなかったのに、この声の主は何を言いたい?
『私は、博識である。理知である。そして、私は私より強い。ひたすらに強くなり続ける。弱い私を殺し、昨日より今日、一時間前より今、今より一秒後へと! ……強くなり続けるのだ、そして!』
声の主は一度息継ぎをし、言う。
『貴様は貴様に勝てていない。愚かしくも昨日より今日が弱い場合が多々ありうる。だから、貴様へと与えられる試練は自らを殺すこと!今までの中で今のお前が最高となること!さあ、制限時間は無限だ!勝て!過去のお前に!』
そして、声は途切れた。
【おい、そこのお前】
声が途切れると、次は背後から声が聞こえた。
「……そのまんまかよ」
後ろを振り向き、そこにいたのは【俺】で、手にはナイフを持っていた。
そして、俺の手にも、いつのまにかナイフが握られていた。
【死ね!】
「くっ……!」
【俺】は俺を殺そうとナイフをふりかぶり、それを俺は避ける。
咄嗟に俺は【俺】を殴り付ける。
「なに!?」
だが、俺のパンチは【俺】をすり抜けた。
【喰らえ!】
「くそったれ!」
【俺】が再びナイフを俺に刺そうとした。
避けようとするも、俺が【俺】を殴ろうとしていたため、近距離で避けきれない。
肩を、やられた。
「なんなんだお前は!」
【お前こそなんだ!俺の姿をしやがって!この世に俺は一人だ!お前は死ね!】
「やめろ!なぜ俺と【お前】が争わないといけないんだ!」
【そんなもの知るか!お前は俺に劣っている。劣るお前は、【俺】は要らない!消え失せろ!】
そして、またしても【俺】が俺にナイフを突き刺そうとする。
「くっ……!」
避けて、避けて、避ける。
何度か攻撃を試みるも、【俺】にその攻撃は当たらない。
【くそっ!当たれ!】
【俺】がナイフを突き刺そうとし、それを避けた俺に蹴りを当てようとする。
俺はナイフを避けたが、今までにナイフでしか攻撃をしてこなかったため、次の蹴りを避けきれない。
「うっ……!」
腹に蹴りが飛んできて、俺の体に……当たらなかった。
「え?」
【なんだと?】
蹴りは俺の体をすり抜けたのだ。
一旦俺は【俺】と距離をとり、考える。
俺の殴りは【俺】に当たらなかった。
【俺】の蹴りは俺に当たらなかった。
【俺】のナイフは俺に当たった。
つまり、もとより少しは感づいていたことだが、生身での攻撃はお互いに効かず、物での攻撃のみ有効なのだろう。
だが、俺は【俺】にナイフを使うつもりはない。
なぜかって、俺は【俺】を傷つけたいわけではないから。
声の主はクリアの条件を“今までの中で今のお前が最高となること!”と言った。
だから、今俺が対峙しているこいつは、俺の中での最も強い【俺】なのだろう。
だが、その【俺】でさえこんなにも錯乱している。
弱い。俺は、弱い。
弱すぎる。
この【俺】よりも、武力で強いことを証明してどうなる?
それは、本当の意味の勝利ではない。
子供が喧嘩で勝ち自分の力を声高に叫ぶのに等しい。
最も強き自分への勝利を声の主は求めた。
しかし、それは、俺は心での勝利だと思う。
だから。
【なぜ!なぜ当たらない!俺は!強く!】
「強くなんかないよ」
最も強い【俺】も、俺も弱すぎる。
でも、【俺】は見えてないだけなんだ。
「お前は、俺は、自分が見えてないんだ。周囲がどれだけ努力してるのかわかっているのに、苦労しているのは自分だけじゃないって気づいているのに、自分の才能が足りないわけでもないってわかってるのに、見て見ぬふりをしてるんだ」
【そんなことはない!】
再び、【俺】は俺にナイフを刺す。
俺は、避けれない。
いや、避けなかった。
【な、なぜ……】
ナイフが刺さったままの状態で、俺は【俺】の胸に拳を当てる。
力を込めるのではない。力は弱く、ただし、心は強く込めて。
トンッ、と、小気味良い音が響いた。
【俺は、俺はぁぁ……】
「お前は決して強くない。だけど、けっして周囲が強いわけでもないんだ。誰しもが、悩み、苦しみ、この世知辛い世の中で生き残ろうとしていた。その中で、余裕がないにも関わらず手を差しのべてくれた人も、鼓舞してくれた人もいた。悪いのは、俺達だ。最後まで努力を怠り、現実から目を閉ざしてはいけなかったんだ」
……これは、ついさっき気づいたことだ。
惨めに叫ぶ【俺】を見て、俺に足りていなかったものを考えた。
そこで思ったのだ。
最も気付かないといけなかったのは、自分が弱さに甘んじていること自体なのではないかと。
必要だったのは無理だ無理だと喚くのではなく、あの暗い部屋から出て何かにチャレンジする勇気だったのではないかと。
……本当は気付いていたのに、ずっと認めたくなくて見てこなかったことだ。
【俺は、優れていたかった。一度劣ってからは、その分野から逃げた。一度でも負けてからは勝てない気がして、それで、自分が唯一平凡レベルだった物に頼って、そこで自分の下らない自尊心を満たして、全てにおいて最悪を突き進んだ】
それは、【俺】自身の独白。
俺と、【俺】の気持ちの独白。
「そうだ。だけど、だけど、まだ終わりじゃない。俺達は最悪を突き進んだけど、まだ終わっていない。最後までにそれに気がつけたなら、それは完敗じゃないんだ。だから、だから!」
喉が枯れて張り裂けそうだ。
それは俺達両方ともが一緒だけども、これは言わなければいけない。
絶対に、ここで言わなければ、後悔する。そう思った。
一拍を置いて、俺達は叫んだ。
【「もう、逃げない!」】
瞬間、【俺】の体がどろどろに溶けた。
【俺】は黒い液体に変わり、下へとこぼれ落ち……、地面に吸いとられた。
「……もう、逃げないよ」
目の前が眩み、意識が消えていく。
胸には、ナイフが突き刺さっている。
この痛みは、本物だ。
この痛みは、覚悟の印。
逃げないという誓いの証。
「ああ、わかってるよ」
一人呟き、そして、目の前は真っ暗になる。
そして、またしても、神の声は意識が途切れるギリギリに聞こえた。
『おめでとう。君は君を強くし、本当の意味で君は成長した、成し遂げた。その心を忘れずに、前へと突き進むがいい、挑戦者よ』
それは、前回とは違う、切実さが醸し出された、狂気とは反対の純粋なる賛美だった。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
『ハハハハハ!』
再び、天界である。
そこにいるのは変わらず、十无へと試練を投げかけた一柱の神。
彼は、口を大きく広げて笑っていた。
『十无くん、君はね、君は、僕にとっての最高の希望だね。無理ならば、最初からダメであってほしいのに。ここまで来ちゃったなら、殊更に君に期待して、君という希望が大きくなっちゃうじゃないか。……僕にもっと夢を見させてくれよ、鷲龍十无くん』
きっと、一人で十无の行方を見守る彼は気づかなかっただろう。
笑いながらも、自分の握り絞めている手は期待と不安で震えていることに。