弐 『恐怖と痛みと終焉と』
俺は倒れていた。
空を見上げていた。
雨が空から落ちてきて、冷たい。
その冷たさが、これが現実だということを思い知らせてくる。
「ゲーム、ね」
立ち上がり、周りを見渡す。
…………荒れ地だ。
僅かなりとも草は生えておらず、辺りに命の雰囲気は感じられない。
そもそもの話、このゲームとやらのクリア条件がなんなのかさえわからない。
おそらく、それを探すのもゲームの中で課された試練の一つなのだろう。
「誰かいませんかー!」
なにはともあれ、人を探すのが先だ。
このゲームの場所が、創作物でよく出てくる異世界という場所なのか、それとも他のなにかなのか。
「ん?」
一瞬、物音が聞こえた気がした。
物音のありかを探そうと辺りを見回し、この荒れ地での唯一の特異点を見つける。
――なぜ、気づかなかったのだろう?
東西南北、いや、ここでは太陽が見当たらずどっちがどの方角かもわからないから四方と呼ぶべきだろうか。
そこに一つずつ森があった。
右に、左に、前に、後ろに、常に森がある。何れも少し遠い場所にあり、歩けば20分はかかりそうだ。
どこへ進むべきか。少なくとも、このゲームをクリアするためにはこの場に止まるっているだけではダメだろう。
音はどこから聞こえてきた?
ふと、背後を見る。
「うわっ!」
振り返ると、いつのまにかあんなに遠くにあった森がすぐ近くにあった。
訳がわからない。
が、進まなければ始まらない。
森は入り口が真っ暗でその分恐怖心が唆られるが、その恐怖心を押し殺し、俺は前へと進んだ。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
二度目だ。
俺は倒れていた。
軽い既視感を覚える。
森に潜ったのに、気がつけば意識を失っている?
顔を上げる。
やはり、荒れ地だ。
『よく来たな、挑戦者よ』
今までに驚くべきことが多すぎて既になれた。
『お前がこの森での試練を受けるのか?』
答えは勿論、
「ああ」
yesだ。
『アハハハハハ! この森は死の森。試練をクリアする以外でこの森から出ることは叶わん!死すことがクリアの条件だ。フフフ、我への質問は二度までだ。制限時間は我の気が向くまで。さあ、始めよ!ハハハハハハハハハ!』
さて、何度目かの意味不明。
どこからともなく聞こえてくる声の異様なテンションの高さはさておき、なんなんだこのクリア条件は。
俺が死ぬこと。それがクリアの方法。
だけど、難しすぎやしないか?
……質問をしよう。
「死んだあとはどうなるんですか?」
『ハハハハハ、一度目の質問だ。お前は再び健康体での生を受け、死の森から出ることになる』
なるほど。当然と言えば当然なのかもしれないがここで死んで終わりではないわけだ。
周りを見渡すが、下に固い地面があるだけで、今回は本当に何もない。
「ナイフもないのにどうやって死ねと………?」
つい、小声でごちる。
『ハハハハハ、二度目の質問だ!』
「なんだと?」
『自分で自分の首をへし折る、地面に何度も頭をぶつける、舌を噛み千切るなどの方法がある。これで質問権は全て使われた!』
「……くっそっ」
墓穴を掘った。
これで質問はもう使えない。
無意識に言うレベルの、地球で呟いても誰に聞こえないレベルの声なのに、それを聞かれて、質問と見なされた。
ならばもう、やはり、死ぬしかない。
いやいや、死ぬってどうやって?
いや、わかる。
死ぬ方法はわかる。
だけど、なんの動機もなくそれをするって、難易度高すぎないか?
動機があってする人でさえ、道具を使わなければ、または、飛び降りなどで一気に死ぬことができなければそれを、死に向かって走ることができないという。
なのに、それを俺が?
俺が?俺が?他でもない、この俺が?
「……やるしかねえだろ!」
制限時間があるかもしれない。
今この瞬間にも終わらせられるかもしれない。
ならば、一刻も早く。
そうだ、舌を噛み千切ろう。
これなら創作物とかでもよくやっている人がいるしいけるだろう。
全力で噛む。
「ッてェェッ!」
痛い、が、死にそうにない。
間違いなく全力だったはずなのにだ。
血は出ている。しかし、死にそうにない。
ならば、次は首を絞める。
強く。限界まで。
「ゲホッ!ゲホッ!」
無理だ。本能的に手を離してしまう。
辛い。辛い。
無理だ。
無理無理無理無理無理無理。
いや、諦めるな。
それが無理なら。
「う、うああああ!」
固い地面に、頭からダイブする。
勇気を振り絞って、成功。
頭と地面が重力に従いぶつかる。
「ああああああああ!」
痛い。痛すぎる。
意識が飛びそうだ。
頭から盛大に血が出ている。
ここで意識を失っても、きっと俺は死なない気がする。
致命傷ではないから。
だから、意識を失ってはならない。
時間の関係で、意識を失えばきっとこの試練を与えてきた声の主が試練を終わるだろう。失敗すれば、きっと、このゲームも失敗となる。
だから。
「うおおおおおお!」
もう一度立ち上がり、頭から落ちる。
この地面は固すぎる。
だが、好都合だろう。死ぬのには。
意識が消えそうで、痛みの感覚も消えてきた。
ある意味、チャンスだ。痛みがないのも。
目の前が真っ白になってきている中、何度繰り返したかさえわからないほど立ち上がり、地面に頭をぶつけた。
何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
もう、立ち上がれない。
痛みはないのに、体が限界だ。
だが、痛みはないから、最後まで最善を尽くす。ここで死ねなかったならば、俺は無駄死にだ。犬死にだ。
死ななければ、俺の生きてきた意味は消える。
うつ伏せの状態で、固すぎる地面に頭をぶつけ続けた。
「最後、まで。俺はァァ……」
続ける。最後まで。死ぬまで。
意識が途切れるその時まで。
目の前の色が変わっていく。
なにも見えない色は変わり、白は周辺から色が変わっていき、朱色の額縁は中へ中へと侵食してくる。
やがて、目の前は完全に真っ白から真っ赤に変わり、俺は目を閉じた。
『ハハハハハ! 最高だな! 最高の血だ! これなら成功だろうな! おめでとう! この先も頑張れよ!あー、この血、この血、いい味だ。旨すぎる………』
最後に、狂気じみた声が聞こえた。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
場所は天界。
座するは、彼、鷲龍十无に誘戦状を叩き付け、ゲームへの参加を誘った者。
『凄いね十无くん。並大抵の人なら自分をなにもない場所で死にたいとも願っていないのに死ぬことなんてできないよ。僕でも無理だ』
と、いうよりか彼は何をしても死ぬことができないのだが。神だから。
『それに十无くん、君が今引いたのは二番目に難しいやつだ。君は僕に希望という感情を抱かしてしまった』
十无と会った時は具現化していなかった神は、視るために人として具現化した状態で、笑う。
『頼むよ。人ならば普通はできないことを君は成し遂げた。だから、少しだけでも僕は希望を垣間見た。だから、だから……』
自分には、現時点で十无がいる世界へ介入できない。
なぜならば、そこは邪神が管轄する場所だから。
しかし、十无なら、入ることはできる。
だが、クリアするのは酷く難しい。
『僕に、もう少しだけ希望を見せてくれ……!』
神は祈る。
ささやかな楽しみをもっと見たいと願い。