第9話 部活に潜む闇
そう、それはまさに闇だった。見てしまったのだ。残っていた部の道具を片づける為に、部室に行った。その時に。四人の二年生男子が…入ってきたばかりの一年生男子を殴ったり蹴ったりしている惨状を。慌てて目を逸らす。そして、道具を持ったまま、部室からダッシュで離れた。そして、更衣室に避難した。
「はぁ…はぁ…はぁ…やべぇ…やべぇ…」
「おいおい、どうした。そんな痴漢に襲われた女みたいな顔して。いや、この場合は痴女に襲われた男、か?」
息を荒くする鷹端に、億之がふざけて言う。那賀乃もやって来て笑う。
「違う…はぁ…はぁ…違うんだ…違うんだよ…」
「どう違うんだ。じゃあホモに襲われて逃げてきたってわけだな」
「それも違ぇよ!」
鷹端は思い切り怒鳴る。すると、二人は黙り込んだ。そして、息を整えて、二人に顔を近付けて囁いた。
「この部活に…いじめが潜んでいるようだ」
生徒会に呼ばれてから一週間後。一年生が入学し、一週間の仮入部も終わって一年生が正式に入部した。その一日目に。いきなりいじめが始まった。その事実を鷹端は受け入れることが出来なかった。まさかこの部でいじめが…今までは全然そんなこと無かったのに。いや、それも思い込みで…昔からあった事なのかも知れない。
「いじめ?まじかよ、見間違いじゃねぇの?」
「いや…部室の中で、二年生四人が一年生を寄ってたかっていじめてたんだよ」
「おぉ?それはもしや、女同士の争いってやつかな~?ひぇっ、生々しいっ」
「違ぇよ。全員男だ。二年生はあの態度の悪い連中だ。鯵野、鯖田、鰹山、秋刀魚木だ。つまり魚四だ。魚四」
魚四とは、魚の名前が苗字に付いた二年生四人。部活では成績は中ぐらいだ。が、如何せん態度が悪い。陰で顧問の悪口を言ったり、顧問がいない時はまともに練習せずにふざけている。つまり、嫌われている。顧問にもそして、部員にも。ただ、彼らは他の部員に迷惑をかける事は無かった(遊んでいる時点で迷惑なのだが)。しかし、とうとう暴力を…
「ああ、魚四か。やりかねんな」
億之が納得した様子で頷く。しかし、那賀乃は納得していないような顔をしている。
「でも、あいつらは暴力とかしなかっただろ」
「いや、分かんねぇぞ。先輩になったから調子乗ったってこともある」
「成る程…あるかもな」
先輩になって、調子に乗る人は多々いる。魚四もそれの一つだったのだろう。早く止めないといけないのは間違いない。…あれ?どうして自分には関係ない事件を解決しようとしているんだ?
「じゃ…このいじめ、止めてみるか」
「うえっ?まじかよ、俺そんな面倒事に関わりたくねぇよ…」
「俺もだ。こっちは色々精一杯だし、そんなことやってられない」
彼らはすぐに断った。それは分かっていた。誰だってそんなことに首を突っ込む真似はしないだろう。鷹端も、正直あの四人と戦って勝てることは無い。だからせめてこの二人を巻き込もうとしたのだが…
「無理か。まあ…そりゃそうだよな。悪い…」
「おうおう、お前も止めるとか馬鹿な事は止めとけよな」
二人は制服に着替え、鷹端に軽く手を振って更衣室を出て行った。残された鷹端は拳を握りしめ、立ち尽くした。結局、部室にいた五人は更衣室には戻って来ず、鷹端も道具を片付けることは無かった。
「…止めてやるさ。そして…部活の闇を消した男として…砂塔に惚れられて…へっ…ぐははは、がははは!」
まるで悪者のような笑い方をして鷹端は更衣室を出て行った。彼の頭の中ではこの闇の解決策を必死に考えていた。
昼休み。鷹端は何となく屋上に向かった。普段は開放されていないが、屋上清掃の日だけは開く。屋上は風が気持ちいい。なびく髪の毛を押さえ、座り込む。さて、どうするか…ズボンのポケットに手を突っ込んで、メモ帳を取り出した。そこには今日の計画がびっしりと書かれていた。
「次は…二年生の教室に言って魚四の動向を調べる…か。よし」
メモ帳をパタンと閉じ、立ち上がる。そして、深呼吸をする。どうして空はこんなに青いのに、風はこんなに暖かいのに、太陽はこんなに明るいのに…
「俺の心はどうしてこんなに暗いんだろうか…」
せっかく青春を謳歌しようと思っていた矢先、皆美に出会い眼球と左腕を神の物にされ…何故かこんな事件も解決しようとして…何やってるんだ…最初は魔力とか学校の事件を倒していけば、砂塔が振り向いてくれるとか呑気な事を考えていたが、やはりそんなには甘くは無いのだろうか。なんて、思っていた時。
「ここにいたのね」
皆美だった。ここにたのね、とか言っているが、どうせ分かっていたのだろう。常に見られているのだ。彼女に。
「ああ、ここにいたよ。で、何の用だ」
「二年四組二番、鯵野彩斗」
「何?」
皆美の口から魚四の一人、鯵野の名前が出たことは予想外だった。そして、彼女がその名前を口にしたということは。
「つまり、そいつに魔力が憑いているというわけだな」
「そう。それに…これはあなたにも関わりがあること」
「ああ、知ってるさ。俺も丁度その事件に首を突っ込もうとしていた所だからな」
皆美が首を傾げる。彼女が手伝ってくれるのはかなり心強い。しかし、まさか魔力が関わっているとは。鯵野は魚四でも、リーダー格だ。彼を中心に残りの取り巻きが悪戯を働いているというわけだ。つまりリーダーの鯵野が憑かれたということは。魔力の無茶な命令も取り巻き達は遂行してしまう。
「厄介な相手。気を付けて行動しないと」
「そうだな、なら協力者を増やしておくか?」
「それは、誰?」
「それは…砂塔だ」
場所は変わり、教室。砂塔は席に着いて教科書を読んでいた。相変わらず真面目だ。そういえば、あまり女子と話していることが無い気がする。友達はいるのだと思うが…彼女はせっかくの学園生活をただ勉強する為だけに使うのだろうか。
「な、なあ…砂塔」
ごく自然に。凄く自然に、話しかけた。幸い周りに女子がいないので、あまり抵抗なく話しかけられた。いや、結構抵抗はあったが。何だか、話しかけにくい雰囲気を醸し出している。
「ん?何?」
砂塔は教科書をそっと机に置き、鷹端の方を見据える。真っ直ぐな視線。思わず視線を逸らしてしまった。しかし情けない。何葉と皆美以外の女子とまともに視線を合わせられない。何をやっているんだ。砂塔を彼女にする。それが最終目的だと言うのに、こんなことじゃ…
「あ…あのだな…少し相談事があって…屋上に行かないか?」
と…言ってから気付いたが、これじゃあまるで今から告白するような感じじゃないか。一瞬で赤面する。もう視線なんて合わせられない。くそ…失敗した…だが。
「うん、いいよ」
砂塔はあっさり承諾し、立ち上がった。慣れているのだろうか。噂だと一週間に一回のペースで告白されているらしいが、もしやそれと思われているのでは無かろうか。いっその事、どさまぎで告ってやろうか。いや、一週間に一回告られて彼氏がいないということは…皆、玉砕しているわけで…
廊下を二人で歩いていくのは結構辛い作業だったが、何とか屋上に辿り着いた。
「風…強いね…」
「ああ…そうだな」
「で、相談って何?」
肩まである黒髪が揺れている。やはり…美しい。これでモテないわけが無い。しかし、今はそんな考えは無しだ。まだ時は満ちていない。何の下心も無く、砂塔を真っ直ぐ見つめる。
「砂塔…お前、陸上部部長だよな。だったら…今、部で起こっている問題は知ってるか?」
「問題…?そんなことがあるの?」
砂塔は部長なのだ。成績もさることながら、その優秀さの為に選ばれた。まあ、誰もが彼女が部長になることは分かっていたし、決まり切っていた。
「ある。いじめ問題だ」
「えっ…ほんと?」
砂塔はさっきまでの笑顔から一変、驚いた顔になる。どうやら初耳だったらしい。
「魚四…って知ってるよな。あのいつもふざけている連中。そいつらが新しく入った一年生…鴨丞だっけ?あいつをいじめているんだ」
「え…嘘…」
砂塔が両手で口を覆い、目を見開く。えらく大袈裟な反応だ。何故かそこが妙に気になった。
「嘘じゃないんだよ、それが。今日の朝、見てしまったのだ!部室で魚四が鴨丞をいじめていたのだ!」
「へぇ…それは早急に対策しないといけないね…」
無駄にわざとらしい喋り方になってしまったが全然気にしていないようだ。
「ああ、だが…砂塔。対策は俺に任せてくれ。あくまで俺は部長に部の現状を伝えただけだ。それに、魚四となると、部長の仕事もあるし手に負えないだろ。だから…任せてくれ」
精一杯の作り笑顔で恰好つける。この言い方だと、如何にも一人で解決するような感じだが、結局は皆美に手伝って貰う。場合によっては戦闘要員として酢好も参戦することになるだろうが。ていうか、無理矢理にでも参戦させる。砂塔には自分の活躍を見てもらうのだ。それだけ。
「分かった。じゃあ任せてもいいかな?」
「いいともー!」
砂塔を前にしているせいで変なキャラになっているが、それはもう気にしない。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。すぐに終わらせてやるさ。
「何、いや~嬉しいね~鷹端が俺に頼み事とはね~」
五時間目終了後、酢好に頼む。何を頼んだかと言うと…魚四の鯵野の取り巻きを誘導するということ。魔力に憑かれているのは鯵野だけ。つまり、他の人は普通の人間。皆美たちとのバトルに巻き込んではいけない…というわけ。
「場合によっては武力行使も良しとする。まあ、あいつらには散々迷惑かけられたし」
「でも…いいのか?俺、全然関係ねぇぞ。億之とかじゃダメなのか」
「あいつらはまるで付き合う気が無いからな…仕方なくお前にしたんだ」
「で、誘導ってどうやればいんだ?」
「まあ…どうにでもなるだろ。後は任せたからな」
「おいっ、そんな無責任な…」
「実行は今日の放課後だ。分かったな?」
「おいこら、お前!どうすればいいんだよっ!」
六時間目開始のチャイムが鳴る。鷹端は逃げるように席に戻った。と言っても一個後ろだが。とりあえず、今日も部活をサボらないといけないだろう。まあ、これは部活に関する問題だから、つまり部活には参加している…はず。
そして…いよいよ運命の放課後がやってきた。帰りの会を終え、酢好と顔を見合わせ、頷く。そして、酢好は猛ダッシュで二年生の教室に向かった。上手くやってくれればいいが…何てことを考えていると、砂塔が隣に立っていた。
「ほんとに任せてもいいの?」
「信用ないな…任せておけよ。そして、ついでに魚四の悪事を止めてやる…あ…そうだ、砂塔。お前は鴨丞を見ておいてくれ。ちょっとそこまでは管理出来ないからな…」
「…うん、分かった」
砂塔は微笑んで承諾し、教室を出て行った。さて、後は…
「皆美…行くぞ」
「分かってる」
いつの間にか鷹端の後ろにいた皆美に振り向かずに告げる。鷹端の方は鯵野を第三校舎に連れ込んで戦闘を開始する予定だ。いつも戦場にされている第三校舎には悪く思っているのだが、人目が付かないのでしょうがない。こうして、二人も教室を出た。
砂塔視点。一年生の教室に向かっている最中に、鴨丞の姿が見えた。一年生の新入部員は十五人。まだ一日目なので、全員覚えているわけでは無いが、何故か鴨丞は覚えていた。男子はいかにも陸上部員って感じの筋肉質な人、そうでなくても標準レベルの人が多いのだが、鴨丞は異常にヒョロヒョロしていた。走るのも極端に遅く、体力もまるで無く、運動神経は皆無と言って良かった。酷い言い草ではあるが…
「あ、鴨丞くん。ちょっと…いいかしら」
「え…あ…は、はい…何でしょう…」
体もかなり痩せている。態度も凄く小さい。敬語も使えないような人も多いが…今時珍しい。
「ちょっと付き合ってほしいことがあるんだけど…いいかな」
「ええ…僕なんかでいいんですか…?」
「う、うん。ていうか、鴨丞くんじゃ無いとダメかなって」
鴨丞は渋々承諾する。これでいいのだろうか…後は任せろとは言われたけど、一体どうするつもりだろう。そんな一抹の不安を覚えながら、鴨丞を連れて砂塔は歩き出した。
酢好視点。さて、どうするか。二年生教室付近に近付くと、魚四が廊下に居座って話している様子が見えた。後輩とは言っても、一歳年下…そして相手は四人。武力では絶対に勝てない。何とか話し合いで…
「えー…ちょっと君たち…いや、正確に言うと鯵野以外の三人!ちょっと用があるから来てくれないかい?」
「あ?誰、あんた」
「え…いや…俺は酢好耕哉だ…です。ちょっと用があるので来てくださいお願いします」
何故こちらが遜らなければならないのか。少し苛つくが…これも鷹端の為。しょうがないのだ。なかなか相手が動かないのでいよいよお辞儀に移った。流石に先輩にお辞儀されて居心地が悪くなったのか、仕方なく立ち上がって酢好の方に来た。
「ほんと何の用だよ…だりぃ」
鯖田が愚痴をこぼす。こっちだって用はねぇよ。鯵野も立ち上がった。
「俺は先に部活行っとくわ…後で来いよ。今日もやろうぜ、あれ」
「ああ、分かってる。ったく…酢好…先輩?さっさと用を済ませてくれよ」
あれ、が何かは分からない。が、それはどうでもいい。それよりも、先輩という割に思い切りため口なのが気に食わない。テニス部の後輩は、同じくため口だが、もっと…何か柔らかい。だが…こいつらは。しかし…鷹端は何故鯵野以外を指定したのだろうか。それだけが謎だ。まあ、いい。この糞生意気な連中を今から相手にせねばならないのだ。鯵野が部室に行くのを見送ってから、酢好たちは鯵野と真逆の方向に歩いて行った。あからさまに嫌そうな顔で舌打ちする後輩を連れ、歩いた。
そして、鷹端視点。
「酢好が三人を誘導している。やるなら…今」
皆美が突然、何の前触れも無く呟く。聞かせる気があるのかどうか分からない声だ。既に二人は第三校舎の空き教室にスタンバイしていた。後は…
「ああ…やるか」
鷹端は眼帯をおもむろに外す。そして、左腕の包帯を解く。それが終わった後、皆美は制服を脱ぎ捨て、マントを召喚して、着た。まだ少し下着姿には抵抗があるが、少しは慣れた気がする。鷹端は、背中の剣を手に取り、構える。
「…人知を超越した匂い」
皆美が唱える。すると…空き教室のドアをすり抜けて、大量の小さな魔力がやって来た。
「おいっ何でこいつらを呼んだんだよ!」
「いや、これは単に魔力を引き付ける為のフェロモンだから…範囲内の全ての魔力を呼ぶことになる」
「なんて欠陥能力だ…しょうがねぇ…俺が始末してやるさ」
そして、鷹端は金の剣を思い切り振った。魔力は一斉に粉砕される。汚い液が飛散する。どんどん湧いてくる魔力をぶった切りまくる。もうこの残虐、残酷な光景にも慣れてしまった。慣れとは怖いもので、恐ろしい物である。
「おい、どんだけ湧くんだよっ!」
「奴が来るまで。奴が来たら…止める」
「いつ…来るんだよっ…酢好はちゃんとやってるのか?」
もしかしたら…鯵野はフェロモンの範囲内にはいないのかも知れない。酢好にはそっちも頼んでおくべきだった。そんなことを思っていると。コツ…コツ…と足音が聞こえた。奴が来た。それと同時に小さな魔力はいつの間にかいなくなっていた。
「やっと魚四のリーダーさんのお出ましだな…」
そして、ガラガラと引き戸が開いた。そこにいたのは紛れもなく…鯵野であり…鯵野では無かった。紫の目。彼の目も偽りのそれだった。そして恐ろしいことに、彼の右手にはカッターナイフが握られていた。
「まあ…のこぎりよりはマシかな…」
「気を付けて。敵だって魔力の力を持っている。並の運動神経では無い。油断すれば…怪我をする」
「ああ、分かってるさ…来いよ…鯵野!いや、魔力!」
そして…無言で。カッターを振りかざしてきた。そして、剣で防いだ。即ち、防げなかったということ。鷹端の短所は忘れっぽい所で、その短所は致命傷となった。鯵野が手を振り下ろすと同時に、鷹端の右腕…つまり、偽りじゃない方の腕は切り裂かれて行き…そして、血が噴き出した。
「なっ…うわあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
あまりの痛さに剣を思い切り落とし、地面にぶっ倒れ、のたうち回る。噴き出る血を左手で押さえ込む。痛い。痛い。手で押さえても血が溢れ出てくる。カッターで脅してくる輩はたまにいるが、本当に切られたのは初めてだ。しかし、何故こうもたった数日で普通の人なら経験しない痛みを何度も味わっているのだ…
「ついこの前に注意した筈なんだけど…」
「う…うるさい!そんなことより助けてくれっ!」
「言われなくてもするつもりだった。人知を超越した治癒」
皆美は唱えたと同時に、掌を右腕をかざす。すると、どんどん傷口が塞がっていて、いつの間にか完治していた。微妙に痛みは残っているが、そこはしょうがない。血痕だけが残る掌を見据え、剣を拾い、足を震わせて立ち上がる。
「人知を超越した音」
皆美が唱えると同時に、鯵野が苦しみ出す。耳を押さえ、膝を付く。よく聞くと、低い呻き声を上げていることが分かった。別にそれがどうしたというわけでも無いが。だが…敵は一枚上手だった。黄鳥の時とは違い、鯵野は立ち上がった。カッターナイフを握りしめて。
「これは…まずい」
「まさか…あの音が通用しないのか?」
「いや…確かに魔力には効いている。でも、鯵野自身がそれを拒んでいる」
「何っ…?」
「恐らく…鯵野は魔力の力を得たことを自覚していて…その力を利用している。鴨丞をいじめていたのも…魔力の力を示す為」
「へぇ…ならやりがいがありそうだ…なっ!」
鷹端は持っていた剣を背中に取り付け、代わりに持っていた鞄から筆箱を取り出し、そしてカッターナイフを取り出した。
「のこぎりにはのこぎりを。カッターにはカッターをっ!」
刃を出して、応戦態勢に入る。痛みは完全に引いた。やってやる。鷹端は唸りながら、カッターを振りかざす。それを、鯵野はカッターで弾く。そこから、刃と刃のぶつかり合いが始まる。徐々に刃こぼれしていく。そろそろ折れそうだ。折れてしまったら…今度は手じゃなく顔面が切り裂かれる。どうする、どうすればいい…そうだ。鯵野がカッターを振る。鷹端は一瞬で持ち手を敵に向ける態勢にする。敵の刃は持ち手に当たり、粉砕した。
「よしっ!一気に畳みかけるぞ!」
自棄になって敵が投げたカッターを避け、そのまま鯵野にタックルを仕掛ける。武器の無い敵は成すすべも無く、吹っ飛んだ。そして、更に敵の腕を掴み、二年生の時に体育で習った背負い投げを決めた。受け身も取らずに叩きつけられた衝撃で、鯵野の口から唾が飛散する。そして…それと同時に魔力も飛び出した。何だか後輩に柔道の技を決めて倒すのは気が引けたが、今はそれどころでは無い。
「よし、後は私に任せて」
皆美は告げ、おもむろにマントからM4を取り出した。そして、撃った。見事に魔力を打ち抜く。そして、四体に分裂する。そして、それを鷹端が剣で、切り裂いた。紫色の液体が飛散した。そして、この事件は終焉を迎えた。
それから。鯵野は保健室に運び込まれ、保健室を出て、部活には行かずに帰った。どうやら魔力の存在は知らなかったらしい。さっきまでの事は覚えていなかったから。鴨丞をいじめていた事実は砂塔も交えて結構粘って認めさせた。認めたには認めたが、何故かいじめていて、いつの間にかいじめていたらしい。やはり、魔力がやらせたのだろう。意識だけを乗っ取って。魚四は鴨丞に相当屈辱的な思いをしながら謝った。一年生相手に四人の二年生が頭を下げる光景はなかなか奇怪なものだった。そして…心なしか部内での悪戯も減った気がする。まだしてはいるのだが。
「で…どうやってあの鯵野を改心させたの?」
翌日。砂塔に教室で尋ねられた。どうやって…と言われても困るものだ。何せ魔力がらみの話は他言無用だ。どんなに好きな砂塔にだって告げられない。
「まあ…必死に説得させたよ」
「説得って…ほんと?顧問の先生ですら治せなかった悪戯を?」
砂塔は何か意味ありげな笑みをこぼす。何か知っているのだろうか。いや、何も知らない筈だ。知っていたらおかしい。それに、彼女は昔からこんな笑い方をする。癖と言うか、自然に出てくるのだろう。
「まあな…俺の華麗な話術で」
「へぇ…凄いね。尊敬しちゃう。ありがとね。解決してくれて」
そして砂塔は微笑みながら、鷹端の元から立ち去った。一方の鷹端はと言うと、さっきから興奮しっぱなしだった。砂塔に尊敬され、褒められ、感謝された。この三拍子がここまで早く揃うとは…魔力にも…いや、皆美との出会いにはやはり感謝せねばなるまい。人の為の青春と言うのも…悪くないかも知れない。
そんなことを呑気に考えながら…そんな鷹端を、何葉はずっと見つめていた。