第6話 憑く
朝。嫌な夢を見た。沢山の女に告白し、全員にフラれるという、この上ない悪夢。じっとりと汗を掻いていた。急いでパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えた。そして、一階に向かう。顔を洗って、口を濯いだ。既に母が起きていて、朝食を作っていた。
「あ、おはよう」
母が鷹端を見て挨拶する。しかし、鷹端は曖昧に頷いて、ソファーに倒れ込んだ。部活をする前に既に疲れていた。今からあのキツイ朝練なんて出来る気がしない。妹はまだ起きていない。鷹端が家を出る頃に妹は起きてくるのだろう。今日は何葉にも会いたくない、会っても何も話せそうに無いし、気まずいことになるだけだ。いつもより早く家を出よう。というか、皆美にも会いたくない。
朝食を食べ終わり、用を足し、鞄を持って急いで家を出た。まるで逃げるように。何葉は勿論家にいる。鷹端は疲れ切った体で通学路を走った。そして、学校に着いた。学校にはまだ誰もいなかった。宇良もいない。一体あいつはいつ学校に来ているのだろうか…そんなことを考えながら更衣室に入る。微妙に汗臭い。さっき着たばかりの制服を脱ぎ、練習着を着た。そして、更衣室を出て、ランニングシューズに履き替える。そういえば、皆美はもう学校にいるのだろうか。まだ暗い。きっと魔力退治に勤しんでいることだろう。勝手にやってくれ。そう考え、鷹端は走り始めた。ただ、ひたすらに。
朝練は終了した。まさに、死ぬほど疲れた。宇良は鷹端が学校に着いた五分後にやってきた。彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに普通に走り始めた。今日は砂塔を見ても、嬉しさを感じなかった。ただ、疲労感だけが残った。那賀乃と億之の会話を聞き流し、さっさと着替えて更衣室を出た。
そこで、ばったり砂塔に出会った。
「あ、おはよう。鷹端くん」
砂塔は笑顔で挨拶してきた。やがて。感情が戻ってきた。その笑顔を見て、元気にならない者はいないだろう。鷹端は思わずはにかんでしまった。
「おう…おはよう」
「今日は疲れたね、凄くきつかったな…」
「ああ、朝からこれはきついよな」
何故?何故彼女はここまで男子に話しかけてくる。他の女子は…皆美や何葉以外はそうそう男子には話しかけてこないのに。何故ここまで…これが自分にだけだったら嬉しいことだが、彼女は他の男子にも普通に話しかけている。彼女には『好きな人』というのがいないのか。いや、もしかして…
妙な妄想に走ってしまった。そう!砂塔は百合で…好きな人は女子で…男子には興味が無い!なんて…あるわけないか。最近、そういうアニメを見すぎだ。鷹端は頭を横に滅茶苦茶に振った。
教室に入る。既にいつもの物静かな女子、そして皆美がいた。鷹端は鞄を置き、席に座った。軽く皆美の方を見やる。すると、皆美が席から立ち上がり、軽くこちらに目配せして、教室を出た。仕方なく、鷹端も立ち上がり、教室を出る。そして、人目のつかない屋上への階段に向かい、腰掛けた。
「何だ、何の用だ」
「私の見てない所で既に憑かれた人がいる」
「何?」
「3年7組14番の身占夜汰。身長165m、体重55㎏。学校に忘れ物を取りに行っている間に魔力に憑かれた」
「7組って…俺のクラスじゃねぇか。つーか、何でわざわざ身長とかまで教えてきたんだ…」
「それはどうでもいいとして…同じクラスに魔力がいるというのはかなり危険。魔力の繁殖は分裂で行う。だから、身占さんに近づくと一瞬で魔力は人に憑き、どんどん憑いた人が増えてくる」
「そんな…危険すぎる!」
身占と鷹端はそこまで面識は無い。中学校で初めて一緒の学校になった。それに、クラスも今年初めて一緒になったので、まだ話してすらいない。だが、彼は結構色んな人と仲が良かった。即ちそれは。
「そう、危険すぎる。だから早く対処しないと」
「どうやってだよ。魔力は普通の人は見えないし、知らないんだろ?どうせ魔力のこと言っても信じて貰えないんだろ」
「そう。だから、彼を上手く誘導して魔力を彼から取り出して」
「だから、どうやってだよっ」
「とりあえず、彼と仲良くなって。魔力は昼は体に潜んでいるだけで特に暴動を起こすことは無い。ただ、繁殖するだけ」
「じゃあ夜は暴動を起こすってのか…」
「そう。だから、色々試して魔力を取り出してほしい。生憎私はそういうのは苦手だから、後は宜しく」
そう言うと、皆美は立ち上がり、階段を下りて行った。鷹端は取り残される。そして、頭を抱えた。
「色々試すって…何しろってんだよ…」
まず、仲良くなれって言うのが相当ハードルが高い。鷹端は割と人見知りな方だ。青春したい、と言う割に。皆美が自分でやればいいものを。神の使いなんだろ。あのフードを被って、見えなくなって取ればいいじゃないか。彼の口に銃口を押し付けて魔力を倒せばいいじゃないか。
チャイムの音が響く。鷹端も立ち上がる。皆美が、神の使いが任せてきたんだ。これはきっと自分にしか出来ないことなのだ。多分…
ホームルームが終わり、休み時間が始まった。やらねば。身占は既に机の上に座って、三人の男と大声で笑いながら話している。凄く入りにくい空間だ。あそこにいきなり今まで話したことも無い人が入ってきたらおかしいだろう。しかし、どう考えても魔力が憑いているようには見えない。鷹端は、周りの人が誰もこちらを見ていないのを確認し、少しだけ眼帯をずらした。そして、驚愕した。身占の身体から黒い煙…まさに負のオーラが染み出していたのだった。慌てて、眼帯を元に戻す。やはり、魔力が憑いているというのか。
「分かった?ぼうっとしてる場合じゃない。今にもあの三人に魔力が憑くかも知れないんだからね」
鷹端の後ろを皆美が横切り、呟く。あそこに突っ込めというのか。このSが。そこで、鷹端は何葉に目をつけた。何葉とはまだ今日一度も喋っていない。こんなことは久しぶりだ。正直、話しにくいが、仕方なく鷹端は何葉の元に向かう。
「あの…何葉さ~ん…少し相談したいことが…」
何葉は黙り込む。何故、こんなにも怒っているのか。皆言うように、女というのはよく分からない。だが、とりあえず謝っておけばいいだろう。幸いなことに、何葉とはかつて何度も喧嘩している。即ち、何度も仲直りした。全力で謝れば、何葉は許してくれるのだ。
「ああ…その…だな…昨日は悪かった!ごめん!本当にすまない!何でもするから許してくれ!」
「えっ?今、何でもするって…」
「いや…出来る範囲でだな…」
「じゃあ、好きって言って」
「へっ?」
別に、鷹端にとって何葉に「好き」というのに抵抗は無かった。いや、少しはあるのだが。長い付き合いの間、何度も「好き」と言ったことはあるし、「結婚しよう」と言ったこともある。別に、この程度の条件ならきついものでも無かった。ただ、ここは学校だ。人に聞かれたら流石にまずい。鷹端は何葉の耳元で囁くように言った。
「好きだ」
「え?本当?マジ?やった、嬉しい!その囁く感じも高得点かな」
さっきまで不機嫌だった何葉は、一瞬でかなり簡単に上機嫌になった。単純な奴だ。鷹端は呆れながら、不覚にも可愛いと思ってしまった。しかし、今そんな余裕は無い。
「お前、身占と話したことあるか?」
「ん?無いよ?」
これを骨折り損のくたびれ儲けと言うのだろうか。別に、骨が折れたわけじゃないが、心臓が折れた気がする。別に仲直りは出来たので無駄では無かったのだが。さて、何葉がダメだとなると、次は酢好あたりか。友達と話している酢好の方に向かう。
「なぁ、お前、身占と話したことあるか?」
「ん?あるけど。ていうか、結構仲いいんだけど」
「なんだ、そうなのか。あの…だな、俺な…あいつと話したいんだが…」
「へぇ?お前にしては珍しいこと言うじゃないか。いいぜ、協力してやる。あいつはな、ゲームが好きなんだ。ていうか、重度のゲームオタクだ。特にレトロゲームを好むらしい。俺はついていけないんだがな…お前は少しはやってただろ?だから、あいつの近くでそういうことを俺と出来るだけ身占に聞こえるように話すんだ。そしたら、食いついてくるぜ。あいつ」
酢好は立て続けに言う。彼はこういう時は積極的に協力してくれる。鷹端自身、良い友達を持ったと思う。
「なら、その作戦で行こう」
こうして、休み時間が終わった。作戦の実行は次の休み時間だ。鷹端はそう意気込み、席に着いた。
授業はあっという間に終わった。寝ていたからな!国語なんて寝る為にある授業だ。ただ、砂塔に醜態は晒したくないので、あたかもノートを取るような体勢で寝た。最近、眠い。疲れているのだろう。
「よし、作戦決行だ」
前の席の酢好が立ち上がり、鷹端の元に立つ。鷹端は眠い目を擦りながら、立ち上がる。そして、ニヤリと笑った。
「俺の話についてこれるかな?」
相変わらず、机の上に座って友達と話している身占。その近くに二人は移動する。そして、鷹端は軽く咳払いをし、話を始めた。
「な、なあなあお前、ファミコン持ってるか?」
「え?そ、そんなの持ってるわけ無いじゃん」
恐ろしいほどの棒読みだ。ただ、微妙に身占が反応しているのが横目に見えた。この調子だ。
「実は俺、持ってるんだよ。母親が昔使ってたヤツだ。今はもう使えないんだけどな。カセットは20コ持っている」
「へ、へぇ、どんなんだ?」
「買った順に数えると、『ドンキーコング』『ロードランナー』『ゼビウス』『アイスクライマー』『ドルアーガの塔』『スーパーマリオブラザーズ』『高橋名人の冒険島』『元祖西遊記スーパーモンキー大冒険』『トランスフォーマー コンボイの謎』『たけしの挑戦状』『ドラえもん』『ロックマン』『光神話パルテナの鏡』『スーパーマリオブラザーズ2』『ドラゴンクエストⅣ』『スーパーマリオブラザーズ3』『スーパーマリオブラザーズUSA』『ドラえもん ギガゾンビの逆襲』『星のカービィ 夢の泉の物語』『MOTHER』なんだよ。凄いだろ?
「へ、へぇ!ぜんっぜん分かんねぇや!」
酢好は冷や汗を掻きながら、大声で笑い飛ばす。一方の鷹端については、徐々に話に熱を帯びてきていた。実際、鷹端もレトロゲームマニアだった。
「でな、スーパーファミコンは『MOTHER2』『ウルトラマン』『スーパーマリオワールド』…」
「ちょっと待て!」
突然静止の声が響いた。いつの間にか鷹端の元に身占が立っていた。
「まさか、この年で俺以外にそういう趣味を持っている奴がいるとはな…今まで話せる奴がいなかったが、とうとう出会えたか!」
「お、おう…」
これは結構うまく行ったのではなかろうか。さて、ここから恐らくレトロゲームの猛者であろう人の会話に付いていかなくてはならない。何故か緊張する。
「お前、持っているハードは?」
「え、その…ファミコン、スーファミ、64、GC、Wii、WiiU、GB、GBA、DS…後妹の3DSかな…」
「成る程成る程、しかも任天堂ハードばかり!気に入ったよ」
「じゃ、じゃあさ、お前、好きなゲームソフトは?」
「俺はな…一番はやはり『MOTHER2』だな。あれは感動したよ」
「お、そうなのか。俺もそれは好きだ。2周はしたかな」
そこから延々、話が続いた。結局、鷹端と身占はとんでもなく気が合うことが分かった。今までの心配は杞憂に終わった。休み時間の終わりを告げるチャイムが響き、皆席に着く。すると、耳元に声が飛び込んできた。
「とりあえず上手く行ったようね」
皆美の声だった。しかし、皆美は自分の席に着いている。もしかして、これはテレパシー能力だろうか。やはり、神の使いは何でも出来るというのか。だとしたら、このテレパシーはこちらからも送信出来るのだろうか。試しにやってみよう。
「ああ、上手く行った。次はどうするんだ?」
とりあえず、心の中で呟いた。そして、暫くすると耳に振動が走った。
「放課後…少しばかり魔力が目覚める頃…上手く人目のつかない所に連れ込んで。そうすれば、後は私がする」
「そうなのか。その人目のつかない所って具体的にどこだ?」
「第三校舎」
「あんな所にどうやって連れ込むんだよ…」
「まあ…第三校舎の玄関辺りに連れてきたら、私が『人知を超越した匂い』で、ある部屋まで連れ込む。そして、身占の中の魔力を『人知を超越した音』で外に出す。そして、私の銃で倒す」
「何だ…そのインテリ何とかって…」
「人知を超越せし能力…つまり、人間には絶対に分からない、神と魔力しか確認できない力。勿論、不完全に神になっているあなたにも分からない」
「不完全に…神に」
そう言われて、鷹端はふと右目の事を思い出す。少し油断すると右目の事を忘れてしまう。そうだ、この目は神の目。いつの間にか神になってしまっていたのだった。
次の休み時間。放課後まではかなり時間がある。とりあえず、第三校舎に連れ込めるレベルの仲の良さになっておかなければならない。鷹端は勇気を振り絞って、身占の所に行った。身占も歓迎してくれた。それに、徐々に徐々に仲が良くなっていた。話も熱を帯びる。まだマリオ辺りの話なら付いて来れていた外野も、マニアックになっていく話にいよいよ付いて来られなくなっていった。まさか、ここまで趣味の合う人がいたとは。少しは皆美にも感謝しなくてはならない。
そんな休み時間が続き、そして、いつの間にか帰りの会が終わり、放課後になっていた。
「気を付け、さようなら」
その挨拶で、皆が教室から出ていく。鷹端も緊張の面持ちで、席を立ち、鞄を持つ。さて、どうするか。そう考えていると、皆美が後ろを横切った。
「私は第三校舎の一階、空き教室で待ってる。先にそこの魔力は殲滅しておく」
空き教室には鍵がかかっていない。だから、そこを選んだのだろうか。人の目につかないという利点もあるが。鷹端は軽く頷く。皆美が気付いたかどうかは分からない。そして、未だに机の上に座って話し続ける身占の所に行く。
「あの…身占。ちょっとお前に見せたい物があるんだが…不要物だからここでは見せられない。ちょっと第三校舎まで来てほしい」
「お、一体何を見せてくれるんだ?」
鷹端は声を潜め、身占の耳元で言った。
「オールナイトニッポン スーパーマリオブラザーズ」
「マジで!?あの激レアソフト!マジかよ、やべぇなおい!早く見ようぜ!」
身占は満面の笑みで興奮したように鷹端の背中をバンバン叩く。しかし、これは嘘だ。こんなに興奮していて、実は無いと知ったらどうなるだろう。途端に恐ろしくなる。そのまま、二人で第三校舎へと向かう。第一校舎と第三校舎を繋ぐ廊下をひたすら歩く。見せろ見せろ、という身占を何とか振り切り続ける。しかし、興奮する身占にも限界があった。
「おい、もう誰もいねぇだろ。いい加減見せろよ」
「いや、まあ落ち着け。第三校舎の空き教室まで我慢してくれ」
「いや、もう無理だ。実はお前、本当は持ってないんだろ。嘘吐いたんだろ」
「いや、違うって。本当に持ってきてるんだよ」
「じゃあ見せろ!」
身占が鷹端の鞄に飛び掛かる。まずい。鷹端は押し倒される。無防備に落ちた鞄が開けられる。そして、中に探りを入れる。
「おい、ちょっとやめろ…」
そう力無く静止したその時だった。突然、身占が立ち上がり、まるでゾンビのような体勢で第三校舎に向けて歩き出す。腕を前方に伸ばし、手首を曲げ、やや前傾に歩く、あれだ。最初はおかしくなったのかと思ったが、それは違った。
「人知を超越した匂い…か」
まるで雌のフェロモンに釣られる雄の虫のようだった。いや、実際にこれはフェロモンなのだろう。魔力を釣る為の。身占はどんどん突き進んでいく。呆気に取られていた鷹端も、立ち上がって鞄を持って、ついていく。今の身占は身占自身では無い。あくまで魔力が表に出ている。今、身占の人格はそこには存在しない。鷹端は二人以外誰もいないことを確認し、眼帯を外す。皆は部活に勤しんでいる。部活に遅れる事をどう言い訳すればいいのだろう。適当に勉強してたとでも言うか。
空き教室に近づく。鷹端には何も匂わないが、身占、いや、魔力はいよいよ走り出した。鷹端も追いかける。そして、魔力は空き教室の扉を思い切り開ける。ガンと鈍い音が響く。鷹端も続く。そこには、皆美が銃を持って立っていた。
「お前は…神の使いか…」
身占が低い声で喋る。彼の目は紫色に染まっていた。皆美はフードを被っている。つまり、その紫の目は神、魔力も見ることが出来るのだろう。
「大人しく身占さんの身体から退散しなさい。さもなくば、殺す。いや、出てきても殺す」
「はっ、神の使いの癖に…口の悪い女だ…」
「…人知を超越した音…」
そう、皆美が呟いた瞬間。身占が突然苦しそうな顔をし、呻く。耳を押さえて、地面に倒れ込み、のたうち回る。恐らく、彼には何かが聞こえているのだろう。人間には聞こえない超音波のようなものが。
やがて。身占は力無く眠ってしまった。いや、気絶しているのだろう。鷹端は皆美の元に近づく。
「やったのか」
「いえ、ただもう敵に身占さんに憑く力は残っていない」
その言葉通り、倒れている身占の口から魔力が飛び出してきた。今まで見てきた魔力よりも少しばかり大きい。魔力は地面を滑りながら、鷹端たちににじり寄る。そして、その時。魔力はその場で突然大きく飛び跳ね、鷹端の腹に突っ込んできた。
「がはっ!」
そのスライムのような体からは想像もつかない強烈な突進だった。鷹端は壁に吹っ飛ばされる。年季の入った木の壁がミシミシ軋む。鷹端は立ち上がろうとするが、背中と腹に激痛を覚え、立ち上がることが出来なかった。更に、魔力は仰向けで倒れ込む鷹端の腹をトランポリンのようにして飛び跳ね続ける。
「ぐはっ!があぁっ!」
鷹端は唾を大量に吐き散らし、しまいには血反吐まで吐いた。痛い。こんなに痛いのは初めてだった。昔から鷹端は面倒事は避けてきた。だから、激しい喧嘩はしたことが無い。唯一、親友と呼べるような酢好とすら、喧嘩はしない。少し叩き合う程度の事はあるが。何葉とは、流石に女なので、殴り合いはしていないが、口喧嘩は割と頻繁にしていた。どちらにしろ、暴力沙汰になったことは無い。
皆美の長い足のつま先が、魔力の体に突き刺さり、吹っ飛び、壁に激突する。しかし、魔力が離れても、鷹端から痛みは抜けていない。血の付いた口をハンカチで拭う。床は赤色に染まっていた。
「これを吐いたのか…俺は」
鷹端は立ち上がれなかった。全身に激痛が走り続ける。そんな中、皆美は銃を構え、魔力に撃つ。しかし、魔力は素早く、銃弾を避け続ける。
「…銃口が熱くなってきた…」
突然、皆美が呟く。神の特注品の銃でも熱くなるのか、と激痛に悶えながらも呑気に感心する。皆美はM4をマントの中にしまい、新たに金色の拳銃を取り出した。
「…S&W M500。世界最強の拳銃を神が対魔力用に改造した物」
女子が持つにはかなり大型な拳銃を構えながら、皆美は解説をする。鷹端が呆気に取られていると、轟音と共に、金色の銃弾が発射される。皆美は反動で少し後退する。一方、弾丸は魔力には当たらなかった。さっきよりも弾速が圧倒的に遅くなっている。
「おい…それじゃあ当たらねぇだろ…」
「いや、当たる。神の使いをなめて貰ったら困るな」
そう言うと、皆美は銃を構えたまま、目を閉じる。素早く逃げ続ける魔力。しかし、徐々に皆美を囲むように周囲を回って近づいていることが分かった。
「おい、このままだと…」
「…人知を超越した予知」
いつもの謎の技名を呟くと。瞬間、皆美は素早く後ろを振り向き、魔力のいない場所に銃弾を飛ばす。何故誰もいない所に…そう思った鷹端だったが、すぐその考えを打ち消した。その場所に、魔力が飛び出し、見事に銃弾が命中したのだった。そして、魔力は五体の小さな魔力に分裂した。
「あの威力の銃弾を分裂で済ますとは…なかなかやる…」
皆美は今持っている銃をマントの中にしまい、新たに金の銃を取り出した。
「…S&W M19…」
確かあの銃、どこかのアニメで見たような気がする。そんなことを朦朧とする意識の中考える。皆美は一瞬で五体の魔力を粉砕した。まさに華麗と呼ぶべきものだった。そして、空き教室に残ったのは三人だけ…正確に言うと、一人の人間と、一人の神の使いと、一人の一部だけが神の男だけが残っていた。




